おかえりなさい(七)


 郡山こおりやまさんというそのお方、声もでかいが体もでかい。身長はニメートル近く、服を押し上げる筋肉はムッキムキのガッチガチだ。


 ベリンゲイ郡山……って本名なのかな? だとしたら、ハーフか何かなんだろうか?


 確かに彫りの深い、日本人離れした顔立ちだ。ついでに、素晴らしく毛深い。

 ぐっと張り出したおでこに深い陰影を作る重い瞼、その境目に乗った眉毛は太く濃く、繋がって一本になっている。

 頭はさっぱりと角刈りにしているものの、こちらも眉毛と同じく、もみあげと顎髭がドッキングして一体化し、輪郭の縁取りをクレヨンで太く描いたみたいな状態になっていた。



 ええええ、こうくる……?



 想像とのあまりの落差に呆然としていたら、郡山さんとやらは荒々しい彫刻を思わせる額の影の下でつぶらに輝く瞳を僕に向けた。そして、とんでもなく吸引力が高そうなビッグな鼻の穴を膨らませ、ニカッと笑いかけてくる。


 ううむ、顔まで見事にでかいから笑顔も迫力あるなあ。



「リョウくん、今日はよろしくっす! 会えるのを楽しみにしてたっす!」



 きっと、父さんと母さんからいろいろ聞いていたんだろう。何だかんだで親バカだからね。



「え、あ、はじめまして、結城ゆうきリョウです」



 圧倒されつつ、僕は差し出された大きな手に恐る恐る自分の手を伸ばした。手の甲はふっさりとした毛に包まれているけれど、指や手のひらには毛が生えてないんだな……などと、どうでも良いことを考えながら握手した次の瞬間!



「いでだどだでだど! おぅだだだだだだっ!!」


「あっ、サーセン! つい力こもっちゃいました! サッセン、本当にサーァッセン!!」



 ものすごい力で手を握られ激しく悶絶する僕から手を離し、郡山さんはペコペコ頭を下げた。ふええ……危うく手を握り潰されるところだったよ。



 ところで彼が頭を下げた時に、角刈りの後頭部だけ白髪だということを発見した。オシャレカラーなのか、それとも実は意外と高齢なのか……全くもって謎な人だ。




 郡山さんには、家族も縁のある者もいなければお墓もないのだという。


 そのため『あちらの世界』の皆様がお盆の帰省ラッシュに湧く中、一人取り残されていたところに父さんと母さんに声をかけられ、お言葉に甘えてやって来たのだそうな。



「へえ、リョウくん、すごいっすね! 頑張ってるっすね!」



 現在、僕が大学に通いながらアルバイトして生活していることを聞いた郡山さんは、心底感心したようにビッグな鼻の穴からビッグな吐息を噴出した。



「しかもね……何と最近、ハルカちゃんとキスしたそうなのよ!」


「ラブのメソッド、Aに踏み出したんだぞ! すごいだろう!」



 んなあああ!?


 ねえ、どうして他の人にまでそういうこと言っちゃうの!? っていうか、ハルカのことまで話してたの!?



 ひぃやぁぁぁ…………これは! 恥ずかしい!!



 恥ずか死しそうになりながら、そっと自分の隣のソファに座っている郡山さんの様子を伺うと――何故か彼の目からは、大粒の涙が流れ落ちていた。


 わあ、仰向けになったら目の窪みに涙溜まってセルフ水中体験できそう。



 じゃなくて! 何で泣いてるの、この人!?



「えっ、どうしたんですか? 筋肉痛ですか!? ストレッチして解しますか!?」



 焦るあまり訳のわからないことを口走る僕に、郡山さんは迷彩服の袖で目を拭いつつ、嗚咽に震える声を零した。



「か、感激しちゃって……。リョウくんの成長が、嬉しくて嬉しくて……!」



 初対面の相手がキスしたことに成長を感じる意味も、泣くほど感動する理由もわからないんだけど……。


 体がでかいと、感情の揺れ幅まで大きくなるものなの? それとも徳が高いと感受性が強くなるのかな?


 はたまた父さんと母さんに息子自慢を聞かされてる内に感化されて、僕のことを本物の家族みたいに思うようになったとか?



 それはあるかもしれない。


 郡山さんは、お盆でも会いにいける人がいないと言っていた。だったら、家族の愛情に飢えていたっておかしくない。昔の僕と同じように。



 そう思うと、オッオッと声を上げて男泣きしてる郡山さんが何だか不憫になってきて――僕は勇気を出してそっと隣の彼に近付き、背中を撫でてあげた。



「あの、ありがとうございます。郡山さんにこんなに喜んでいただけて、僕も嬉しいです。でもまだ自分でも未熟だと思うから、その……そんなに泣かないでください、ね?」



 郡山さんは頷いたものの、オッオッは止まらなかった。


 真正面のソファから眺めていた父さんと母さんに助けを求めようと視線を送ってみれば――二人もうるうる目になってるし!



「郡山さんったら……こちらこそ、ありがとうございます。リョウのことを気にかけてくださって、リョウの成長を喜んでくださって」


「郡山さんもこれからも俺達と一緒に、見守っていきましょう。そうだな、リョウの兄貴的な感じで!」



 兄貴って!


 いや、こんなごっついオッサンが僕の兄なんて…………いやいや、悪くないかも?



 一人っ子の僕は、ずっと『きょうだい』という存在に憧れていた。しかも弟や妹じゃなくて、年上の兄や姉が欲しかった。クリスマスや誕生日に欲しいものを聞かれた時も、『お兄ちゃんかお姉ちゃん!』と無茶な要求をしては両親を困らせていたものだ。


 大きくてしっかりしてそうに見えるけど、ちょっと抜けてるところもある優しいお兄ちゃん。郡山さんは、そんな僕の理想にピッタリ……な気がする。



「ぼ、僕も……郡山さんみたいな頼り甲斐のある兄がいると思うと、心強いです」



 そこで恐る恐る、オッオッが落ち着いてンフッンフッへと嗚咽が移り変わった郡山さんに『お兄さんだと思っても良いですか?』と暗に訴えてみたところ。



「じっ、自分がリョウくんのお兄さんに!? こっこここ光栄ですっ!!」



 風圧で僕を吹っ飛ばしそうな勢いで顔を上げると、郡山さんは喜んで了承してくれた。



 こうして僕に、念願の『お兄ちゃん』ができた。



 とはいえ、父さんと大して年齢変わらなさそうなんだけど……何なら年上の可能性もあるんだけど……ま、まあ、細かいことは気にしないでおこう!

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