おかえりなさい(六)
お土産を渡した後は、恒例の質問攻めの開始。
二人は一人息子の一年間の成果を、こと細かに聞きたがる。今年は環境が大きく変化したから、僕の方も話したいことがたくさんあった。
「まああ、大学に合格できたのね! しかも、アルバイトしながら一人暮らししてるなんて。立派よ、リョウ!」
母さんに手放しで褒められ、僕はえへへと照れ笑いした。喜んでくれて良かった。頑張った甲斐があったよ。
「おまけに、お友達までできるとはなぁ。で、どんな方なんだ? おかしな奴じゃないだろうな? お金をせびられたり、嫌なことを押し付けられたりしてないよな? 疑うわけじゃないが……ほら、世の中には下心があって近付いてくる悪い奴もいるし」
対して父さんの方は、心配性を炸裂させて不安げに問い質す。昔は父さんのこういうところが嫌いだったけど、今は僕のことを思って言ってくれるんだとわかるから、逆に嬉しい。
でも……どうしよう? 何て言おう?
小学校以来やっとできた二人の友達は、はっきりいって『おかしな奴』のレベルを振り切っている。
オカッパ眼鏡の
お金については、せびられるどころか年上だからと何かにつけて奢ってくれる。しかし、嫌なことを押し付けられてはいないか、と問われればノーとは言えない。
だって、時間も興味もないって何度も訴えてるのに、二人の最推しの萌えアニメ『キュンプリ』をしつこく布教してくるんだもん!
キュンプリ信者ほしさに、僕と友達になったわけじゃないのはわかってる。だけど、毎回会う度にDVD全巻セット持ってきては各話の説明始めたり、カラオケ行ったらエンドレスで主題歌熱唱されたり、こっそり僕の持ち物にキュンプリステッカー貼り付けられたりするから、微妙に困ってるんだよなぁ。
とはいえ、父さんが心配しているような悪い人達ではない。そこで僕は、彼らの良い部分だけを抽出して伝えた。
「え、えっとね……二人共とっても頭が良くて、僕が通ってる学校より三ランクも上の大学院生なんだ。板垣エイジさんって方はお父様が大手飲食チェーンの社長さんで、君枝スグルさんって方のお家は世界的にも有名な高級ホテルを経営してるって聞いた。でも二人は家の仕事を継ぐ気はなくて、大学を卒業したら修行して、今僕がバイトしてるレストランを継いで皆により美味しいものを食べさせたいって夢があるんだって。僕なんかには理解できない突飛なところもあるけど、すごく尊敬できる人達だよ」
話を聞き終えた父さんと母さんは、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。あまりのスペックの高さに度肝を抜かれたようだ。
肝心要は隠しちゃったけど、嘘は言ってないもんね!
本当にあの二人、外見と性格以外はとんでもなくハイスペックなんだよなぁ……外見と性格で一気にマイナス無限大に傾いちゃうけど。
「いやあ、素晴らしいお友達に恵まれたんだなぁ。父さん、安心したよ」
「良かったわね、リョウ。ええと、イタイさんとキモイさんだっけ? これからも仲良くするのよ」
母さん、いきなり名前間違ってます!
二人がイタくてキモいなんて知らないはずだよね!?
あの二人、もしかして存在を語るだけで『さよう、我ら二人揃ってイタキモなのでござる!』って訴えかけてくるくらい生命力と精神力が強いのかなぁ。だとしたら、軽々しく名前も口にできないよ……まるで祟り神じゃん。
「それより、ハルカちゃんとはうまくやってるの? そろそろ付き合って三年くらいになるわよねぇ?」
脳内で祟り神と化した二人の姿を妄想して身震いしていたら、いきなり母さんが意地悪い笑みを浮かべて話題を急転換してきた。
覚悟はしてたけど、やっぱり来たか!
僕にとって初めての彼女だもん、そりゃ気になって仕方ないよね……。
「そうそう、愛しの
父さん、逆です、逆。何故かショボ側の僕が心配されすぎて、常に捕縛され監視されてるんです。ついでに彼女の名字で変な韻を踏むのやめてください……。
「大学生になってから少しは進展した? 一人暮らしだから、お部屋にも来てるのよね? 二人っきりで何してるの!?」
「で、どこまで進んだんだ? Aか? Bか? それとも、スゥィィィ〜までやっちゃったのか!?」
このがっつきよう……我が親ながら好奇心剥き出しすぎて引くって!
「ハ、ハルカとは相変わらずだよ。喧嘩も殆どないし、仲良くしてる。ゴールデンウィークにハルカの家の車を借りて、ちょっと遠出したくらいかな。あ、あと夏休み入ってすぐに、ハルカのご両親と一緒に山へキャンプに行ったんだ。アウトドアって初めてだったけど、すごく楽しかったよ」
二人に促されるがまま、僕はハルカとの出来事を話した。とはいえ何度経験しても、親と恋バナするなんて恥ずかしいったらありゃしない!
「まあ、向こうのご両親にも良くしていただいているのね。で、どこまでいったの?」
「デートスポットの範囲のことを聞いてるんじゃないぞ? AとかBとかスゥィィィ〜とかの話だぞ?」
だから! 父さんは何でCだけそんな発音するの!
爛々と輝く二人の目から逃げられないと悟った僕は、俯いて正直に答えた。
「こ……こないだ、は、初めてキス、した…………」
一瞬、静寂が落ちる。しかしすぐに、二人は高らかに歓声を上げた。
「きゃあああ、キス! キスしちゃったんですって! キスよ、キス! キスなのよ!!」
「キスだぞ、キス! 唇と唇を触れ合わせて、愛を伝え合い確かめ合いしちゃったか!!」
「ちょっ……お、大騒ぎしないでよ! まだ一回、いや二回……? とにかく、そんなにしてないし!!」
「ええ、会う度してるんじゃないの!? ダメな子ね、もっと積極的にいきなさいよ! チューチュチュッチュチュチュウっと!!」
「お前は考えすぎなんだ、ガツンと行動しろ! 男ならチューチュチュッチュチュチュウっとぶちかませ、リョウ!」
「何だよ、二人してチューチュチュッチュチュチュウっとって! そんな音痴な鳥みたいに変なキスしたら、今度こそ嫌われちゃうよ!!」
と、両親と共に狂乱していたら――――不意に、家のインターフォンが鳴った。
ここを訪れる者なんていない。
今はお盆だ。セールスや勧誘だって来るはずがない。
だとしたら、一体誰が――。
身を固くして息を詰め、殆ど恐怖に近い眼差しを玄関に向けた僕に、母さんが微笑んだ。
「ごめんなさい、言い忘れていたわ。今日はお客様がいらっしゃるの」
慌ただしく玄関に向かった母さんに代わり、父さんがそのお客様とやらについて教えてくれた。
「父さん達と『あちらの世界』で仲良くしてる方なんだ。お盆の間は暇だというから、それなら遊びに来てみないかとお誘いしたんだよ。自慢の息子も紹介したかったし」
よくわからないけど、『あちらの世界』にもご近所付き合いみたいなものがあるらしい。
「亡くなってからも『こちらの世界』で長らく徳を積んでたそうで、素晴らしい方なんだ。おかげであっという間に出世して、父さんも置いてかれちゃったよ」
「ええと、出世って?」
「おっと、それは秘密だ。『あちらの世界のことはあまり深く話しちゃいけない』ってルールだからな」
ううん……ご近所付き合いだけじゃなくて、会社みたいなのもあるとか? だとしたら父さんはまだ平社員で、その人は出世街道まっしぐらって感じ?
あの世の社会も、実はこちらとそんなに変わらないのかも。
とにかく、お呼びしたお客様は徳が高く素晴らしい人であるらしい。なので、仙人みたいな老熟した人物をイメージしていた――――のだが。
「押忍! 自分、ベリンゲイ
ところが予想を大きく裏切り、母さんに連れられ現れたのは、全身迷彩服の見るからに体育会系といったオッサンだった……。
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