おかえりなさい(五)
僕達親子三人は九年前のこの日、出かけた先で車同士の衝突事故に巻き込まれた。
時刻はちょうど僕がこの家に戻ってきたのと同じくらい、午後二時頃のことだ。
運転していた父さんと助手席にいた母さんは、即死。
後部座席にいた僕も、頭を強く打って意識不明の重体に陥った。一時は呼吸も停止し、医師によって死亡宣告までされたと聞いている。けれどその後すぐ、奇跡的に蘇生を果たした。
僕の目が『普通の人には見えないモノ』を捉えるようになったのは、その時からだ。
この力のせいで幾度となく怖い思いをした。生者への恨みの塊と化した死者に殺されかけたことだってある。それだけでなく、仲の良い友達や親切にしてくれた人にまで同じ苦しみを味あわせてしまった。
僕には、そのことが何より辛かった。両親に先立たれてひとりぼっちになり、誰よりも温もりに飢えていた。なのに近付けば、この力がその人を傷付けてしまう。
引き取ってくれたタダシ叔父さんの家で幾度となく怪異を引き起こし、親友だった子に大きな心の傷を負わせ、やっと『この力が周りの人にまで影響を与える』ということに気付いた僕は、誰かと親しくなるのを諦めた。
両親が亡くなってちょうど一年後の八月十五日。
初の命日となるその日、僕はタダシ叔父さんによって放り込まれた施設を抜け出し、この家を訪れた。思い出がたくさん詰まった場所で、両親の元へ逝こうと決意して。
ところが。
『おかえりなさい、リョウ!』
『おかえり。待ってたぞ、リョウ!』
驚いたことに、生前と変わらぬ父さんと母さんの姿に出迎えられたではないか。
二人の話によれば、お盆になると『あちらの世界』から『こちらの世界』へやってきて、家族と過ごすことが許されるらしい。
父さんと母さんは、その特殊な時期と命日が重なっているせいで、他のお盆帰省組の霊達よりも存在感が強くなるんだとか。
そこへ更に僕の『見える力』まで加わったためか、二人はオバケであるはずなのに、感触から香りまで生きている時と全く変わらなかった。
『あちらの世界のことはこちらの世界の者にあまり漏らしてはならない』というルールがあるそうで、詳しくは話してもらえなかったけれど――『八月十五日、死亡時刻になると二人はこの家に戻ってくる』ということだけは、幼い僕にも理解できた。
二人に再会したことでこれまで我慢していた気持ちの糸が切れた僕は、その勢いに任せて号泣した。
悲しくて寂しくて、なのに誰にもわかってもらえない、誰にも伝えられない辛さと苦しみを涙と共にぶち撒けた。何で一人にしたの、何で置いていったの、僕も連れて行ってよ、連れて行かないなら無理にでも付いていくと二人に泣きながら訴えた。
父さんと母さんは、ごめんねごめんねと何度も謝り、優しく僕を慰めてくれた。
『寂しい思いをさせて本当にごめんね。でも、お願いだから死のうなんて考えないで。どうか母さん達の分も生きて、あなたの人生を切り拓いて。苦しいこともあるだろうけれど、それ以上の喜びがきっと待ってる。どんな時だって、母さん達はいつもあなたのことを思っているわ』
『お前は優しくて良い子だ。だから必ず、お前を理解して受け入れてくれる素敵な人に出会えるよ。本当は父さん達だって、お前の側にいて大人になるのを見届けたかった。でも、それは叶わなくなった。けれど一年に一度、こうして会える。その時に、お前の成長した姿を見せてくれないか』
そこで僕は、死んじゃいけないと思い直した。
普段は見えなくても、父さんと母さんは僕を応援してくれている。僕が生きることを、心から願っている。僕のことを、変わらず愛してくれている。
一年に一度、両親に会う。そして我慢していた分、思う存分甘える。
それが孤独の淵に立たされた僕の生き甲斐となった。
食事を終えてからリビングのソファの定位置に二人が腰を下ろすのを待って、僕はボストンバッグから二つの包みを取り出した。
「はい、お土産。こっちが母さんのね」
「わあ、嬉しい〜! いつもありがとう、リョウ。開けてみていい?」
僕が頷くよりも早く、母さんはいそいそと包装紙を解いた。
「きゃあ、何コレ! かっわいい〜! こっちじゃこんなのが流行ってるの!? すっごーい!!」
お菓子が大好きな母さんのために選んだのは、今巷でSNS映えすると大人気の『なないろあんこもち』。
形はよく土産物屋に並んでる、たっぷりのあんこに包まれた十二個入のお餅と変わらない。大きく違うのは、そのあんこがカラフルなマーブル模様に着色されているという点だ。
見た目は可愛いけど、おかげで何味なのやらさっぱりわからない。でもハルカが絶賛してたから、これならお菓子の味にうるさい母さんも納得するだろうと考えて選んできたが、大正解だったようだ。
「はい、父さん。これでいいんだよね?」
対して、父さんの方のお土産選びは楽だった。
だって一週間前にこっそり夢に現れて、ほしいものを教えてくれたからね。
「お、おう。ありがとな」
父さんは素っ気なくお礼を述べると、さっと包みを自分の元に引き寄せた。
「あら、開けないの?」
「あ、いや……うん。後でな……」
「何? 怪しいわね。さては、えっちなものね!? 見せなさい!」
「あ、ああっ! やめてダメ、ダメだって!!」
父さんの抵抗も虚しく、母さんは包みを奪い取り、乱雑に包装を裂いて中身を取り出した。
「何よ、普通の本じゃない。どれどれ? 『全国ご当地ゆるキャラ大全集』に『月刊ゆるキャライフ』、『のいちごクマたん奮闘記』『えだまめっぷ親子のほのぼのデイズ』『むこわん&よめにゃん、密着ラブリィデート』『らぁめん魔神・ススールくんが行く!』『ペン太とペン子の狂愛乱舞絵巻』……」
書籍のタイトルを読み上げる母さんに、父さんは顔を両手で覆ったままか細い声で打ち明けた。
「だ、黙っててごめん……。実は俺、ゆるキャラが大好きなんだよぅ……」
とまあ、母さんに暴露された上に本人も白状したけれど、父さんにお願いされたのは、ゆるキャラ達の雑誌や写真集。
ちなみにペン太とペン子は僕の推しキャラだ。なので今回はオススメしようと購入してきた。
ていうか父さん、隠してたつもりだったの!?
小さい頃、僕をダシにしてあちこちのゆるキャラに会いに行ってはご機嫌で写真撮りまくってたじゃん。
あれで本人はバレてないと思ってたんだ……。
「い、いいのよ……。こ、これからは気兼ねなく、大好きなゆるキャラをたっぷり愛でてね……っ……!」
母さんの声が震えているのは、笑いを堪えているせいだ。もちろん僕も、懸命に口を押さえて吹き出すのを我慢していたよ。
バレバレだったとはいえ秘密をカミングアウトしてくれたんだもん、笑っちゃいけないよね。
それに僕だって、二人に隠し事がある。
実はまだ自分の口から、『普通の人には見えないモノが見える』この能力のことを話していないのだ。
母さん経由でタダシ叔父さんから何があったかは聞いているだろうし、薄々は勘付いているとは思うけど――――二人ともそのことについて、何も言わない。
父さんと母さんは、こんなおかしな能力を持つ僕をどう思っているんだろう?
息子がこんな能力を持ったのも、そのせいで孤独になってしまったのも、自分達のせいだと揃って己を責めているんじゃないだろうか?
そう思うと打ち明けられなくて――両親が悲しむ顔をもう見たくなくて、自分から言えないまま、ずるずるとタイミングを逃してきた。
だけど僕もいつか、ちゃんとカミングアウトしなきゃだよね。そして、二人のせいじゃないよって告げて安心させてあげたい。バレバレだったとはいえ、勇気を出して秘密を話してくれた父さんみたいに。
そうだなぁ……ハルカを初めてこの家に連れて来た時に、なんていいかもしれない。
おかしな能力も含めて僕を大切に想ってくれる人を紹介して、見守ってくれた二人への感謝の気持ちと共に打ち明ければ、きっと父さんも母さんも喜んでくれるだろう。
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