山の幸フルコース、怪異風味(結)

 帰宅してすぐ、僕は板垣いたがきさんと君枝きみえださんに連絡を取り、会う約束を取り付けた。


 テスト期間中お休みをいただいていたバイトは、明日から出勤再開。二人はほとんど毎日出勤してるし、行けば会えるのはわかっているけれど――どうしても待ち切れなかったのだ。




結城ゆうき殿、ごきげんようでござるー!」


「久方ぶりに会えて嬉しいでござるー!」



 もう常連となった焼き鳥屋で待っていると、バイトを終えた二人が現れた。


 僕の姿を見付け、狭い通路を慌ただしく駆けてきたのはいいけれど、無駄に背の高い板垣さんはぶら下がっているライトにぶつかって眼鏡落として慌てふためいてるし、太っちょの君枝さんは座席の隙間に挟まって動けなくなって店員さんに救援されてるしで、早くも大騒ぎだ。



 何とか無事に席に辿り着くと、二人はニコニコ顔で僕を見つめた。



「結城殿、少し会わない間に逞しくなった気がするでござるな〜?」


「仄かに日に焼けたせいか、凛々しくなったように感じるでござる!」



 些細な変化にも気付いてくれたことが嬉しくて、僕は照れ笑いを浮かべた。



「リョウくん、どうしたの? 苦悶に顔を歪めて。久々にこいつらの気持ち悪い顔を間近に見たせいで、具合悪くなっちゃったのかな?」



 隣から、ハルカがそっと僕を気遣う。


 いや、歪めてないです……軽く微笑んだだけなんです……。



芳埜よしの殿、ひどいでござる! 我らは気持ち悪くなどないでござる! むしろ敵襲を疑うべき! 今の結城殿は、衝撃波をモロに受けたような顔だったでござる!」


「いや、結城殿は恐らく、宇宙と交信していたと思われるでござる! 魂が亜空間に吸い込まれたような、そんな感じの奇妙奇天烈複雑怪奇な顔だったでござる!」



 もうやめて、僕のスマイルライフはゼロよ……。



「具合悪くないし、衝撃波も受けてないし、宇宙とも交信してないから。僕は大丈夫、だから皆も落ち着いて、ね?」



 ナチュラルに笑顔をディスられた悲しみを堪え、やっとのことでそれだけ言うと、僕はバッグから二つの箱を取り出した。



「昨日から、ハルカの家族と一緒にキャンプに行ってたんだ。それで、二人にお土産を渡したくて」


「ギニョッ!? よよよ、良いのでござるか!?」

「ドゥボッ!? わわわ、我らにでござるか!?」



 飼い猫と飼い犬の鳴き声そっくりの声を上げ、板垣さんと君枝さんはせーので箱を開けた。



「あの……結城殿、これは……?」



 板垣さんが、恐る恐るといった感じで尋ねる。



「山で拾った石だよ。そっちは、オカッパの感じとか眼鏡の感じとか、まさに板垣さんの顔そのものだな〜と思って。君枝さんの方は、全身の形が似てるでしょ? ボヨンとした丸みがあって、体の前で組もうとしてもお肉に阻まれて組めない腕の感じとか、そっくりじゃない?」



 僕は得意気に答えた。


 拳ほどの人面石と人型石を前に、二人の友人は無言で震えている。



 ウフフ、言葉も出ないくらい喜んでくれてる! 頑張って探した甲斐があったぞ!



 石の入った箱を閉じて溜息をつき、君枝さんは真顔で問いかけてきた。



「……結城殿、キャンプは地獄で開催されたのでござるか?」


「失礼なこと言わないでくれる? 普通の山だよ!」



 僕の代わりに異を唱えたのは、ハルカだ。大好きな山を地獄扱いされたんじゃ、黙ってらんないよね……。



 ブチ切れるかと思ったけれどそんなことはなく、彼女もまた紙袋から何やら大きな箱を取り出して、二人の前に置いた。



「まさか、芳埜殿からもお土産があるのでござるか!?」


「ひぃええ! 女子からの贈り物など、初めてでござる!」



 二人が歓喜に湧く。


 何か、僕の時よりテンション高くない? 軽く凹むんですけど。



「ちょっと、勘違いしないでよね。これは、エリザベスとアンジェリーナへのお土産だよ」



 懐かしい愛猫と愛犬の名を聞くと、二人がポカンとした顔で固まった。



「リョウくんのこと、ずっと心配してくれてたんだよね? 連絡もしないで、バイトで会うあたしにも何も言わないで……リョウくんに負担かけないように、リョウくんが勉強に集中できるように、頑張ってくれてたんでしょ? でも、本当は会って話したかったんだよね? そんなあなた達の代わりに、二匹が様子を見に来てくれたんだよ。だから、これはそのお礼」



 ハルカは焼き鳥の皿をずらし、箱を二人の前に押し出した。



「リョウくんを大切に思ってくれて、ありがとう。正直言うとね……ちょっと、リョウくんが羨ましいって思ったの。あたし、友達はたくさんいるけど、ここまで思ってくれる『親友』っていないんだ。いつも勝手に変なイメージ持たれて、なかなか素を出せないから」



 僕ははっとした。



 何でこんなことに、今までずっと気付かなかったんだろう。



 ハルカは人当たりが良い。ハルカは皆に平等に優しい。ハルカはいつも人気者で老若男女誰しもに好かれて――だけど、孤独だった。


 ありのままの自分でいられる場所は、僕の前だけだったんだ。



 そう、これまでは。


 ――――この二人に出会うまでは。



「不思議なんだけど、あなた達の前では何故か素でいられるんだよね。三次元の女に興味ないってわかってるからか、気楽に話せるし、何だかんだノリも良いし、あたしの悪い面も受け入れてくれるし。だから……」



 ハルカはそこで俯き、すぅっと息を吸い込んでから、再び顔を上げて言葉を吐き出した。



「だから…………あたしも『友達』にしてくれないかな? 友達の彼女じゃなくて、ちゃんとした『友達』になってほしいの。あなた達が三次元の女が嫌いだってことは、わかってる。けど……でもそれでも、あたしは『友達』になりたい」



 父親と天狗の再会を目の当たりにして、ハルカはずっと心の奥に押し込めてきた『友』への渇望に気付いてしまったのだろう。



 僕もあのシーンを見た時は、真っ先にこの二人の顔が浮かんだ。二人に会いたくて、居ても立ってもいられなくなった。



 そんな相手がいることすら、彼女の目には眩しく見えたのかもしれない。



 板垣さんと君枝さんは大きく溜息をつき、それからうんざりしたような口調で告げた。



「やれやれ……結城殿もそうであったが、芳埜殿までおかしなことを言うでござる。芳埜殿は、とっくに我らの『友』であろう。何を今更、改まって宣言しておるのやら。全くもって、意味がわからぬでござる」


「板垣殿の言う通りじゃ。そちらこそ勘違いするでないぞ? 我らは友を、性別で選ぶような下衆ではござらぬ。もちろん、次元も関係ない。『友』というものは、姿形でなく心で繋がり合うものじゃろう?」



 僕は隣のハルカを見た。そして彼女の潤んだ目に、大きく頷いてみせた。


 心配しなくても、この人達は受け入れてくれてる。

 ハルカも彼らにとって、大切な友達の一人なんだよ――――口下手でうまく言葉にできないから、目で伝えたつもりだけど……きっとわかってくれたと思う。



 彼女の弾ける笑顔が、何よりの証拠だ。



「よし、ではエリーへの土産を開封しよう」

「うむ、アンジーも喜ぶものだと良いがな」



 板垣さんと君枝さんは二人で箱の蓋に手をかけ、呼吸を合わせて持ち上げた。




 しかし、次の瞬間。






「ぎゃあああああ!!」






 狭い店内に、二人の悲鳴が轟いた。




「よよよ芳埜殿! こここっこれは何でござる!?」


「何って……見ての通り、蝉の抜け殻だけど」


「ありえぬ! このようなサイズの蝉などいるはずがない!!」


「いるよ、普通に。見たことないの?」




 箱からニリットルペットボトルほどの大きさの抜け殻を取り出すと、ハルカはそれを持って椅子ごとひっくり返った二人に近付いた。



「いやぁあああ! 来ないでーー! 作り物でも無理ぃぃーーーー!!」


「作り物じゃないって。本物だよ」


「やめてやめてやめてぇぇぇ!! 本物ならもっと無理でござるーーーー!!」


「こんなのまだ小さい方だよ。人間の子どもくらいのもいるんだから。今度一緒に行く? 見せてあげるよ」




 二人は泣きながら床で抱き合い、叫んだ。




「やっぱり、地獄帰りだったでござるかーーーー!!」



「あぁぁん? 地獄じゃねえよ、殺すぞ。何なら本物の地獄に行って、確かめて来い!」



 闇化したハルカが、身を寄せ合って一個となった二人の頭に抜け殻を乗せた瞬間――――彼らは失神した。



 僕はその間、苦情を言いに来た店員さんにしどろもどろで謝り倒していました。



 ちなみにデブカワ猫・エリザベスとブサカワ犬・アンジェリーナは、巨大な蝉の抜け殻も抜け殻と化したご主人様二人も無視して、店内で踊っていたニワトリの霊達を追いかけ回して遊んでました。


 今度お土産を贈る時は、どんなものが好きなのか、彼女達とご主人様にちゃんと聞いてからにしようと思います。








 空気も食物も美味しく、遊びどころもたくさん、そこに生ける者達との交流も楽しめ、苦手だった人とも打ち解け合えて、友人へのお土産も充実――――山は最高です。


 皆様も夏の休暇は、山で過ごしてみてはいかがでしょうか?


 もしかしたら、素敵な出会いが待っているかもしれません。






【山の幸フルコース、怪異風味】了



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