山の幸フルコース、怪異風味(十四)

 夜遅かったせいで、なかなか起きてこないレイさんとハルカのために、僕は剛真ごうしんさんに教わりながら飯盒はんごうでご飯を炊き、炭火で魚や山菜を焼いて簡単な朝食を作った。


 二人はすごく喜んでくれたけど、ちょっとオーバーすぎて軽く引いたよ……。


 ハルカは一口ごとに奇声を発するし、レイさんなんて感激のあまり泣いてたし。



 朝食を食べ終えると僕もテントを片付けを手伝い、荷物を持って山を後にした。



 寂しいな、と感傷に浸りかけたけど、僕以上に山から離れることを悲しんでる人がいて――。



「えぐっ、うえっ、ふええ……やだぁ、帰りたくないぃぃ……」


「もう、ゴウちゃんはいつもこうなんだから。また来年来るんでしょ?」


「そうだよ、パパ。テンちゃんさんも待っててくれるよ!」



 車を停めた麓までの山道を歩く途中、何度も立ち止まっては駄々をこねる剛真さんを、レイさんとハルカが懸命に宥める。どうやらこれも、芳埜家の夏のキャンプでは恒例行事の一つらしい。




 しかし――――剛真さん以上に、落ち込んでいるのが彼らだ。




 僕は顔を上げ、ハルカの背後に連なる行列を目で追った。


 ここからでは最後尾までは見えないけれど、そろそろ全員、元いた場所から出られただろうか?



 剛真さんと同じく、ゴリラ守護霊達も皆揃って、オッオッと声を上げて泣いていた。



 こんなのが百頭以上、ずらーっと並んでるんですよ? 辛気臭いったらありゃしないよ、もう!



「……来年も来るんだろ? ハルカだってここが好きなんだ、また一緒に遊ぼうよ」



 小声で隣のゴリラに話しかけたけど、彼はうんうん頷くだけで、オッオッは止まらなかった。



「ねー、リョウくん!」



 ハルカに呼びかけられ、僕は慌ててゴリラから前方にいる彼女に目を向けた。



「パパの説得、手伝って! このままじゃ、いつまで経っても帰れないよ〜」


「あ……うん」



 ゴリラと立ち話していたせいで、置いてかれちゃってたみたいだ。


 僕は転ばないように坂を走り、少し先にいた三人に合流した。レイさんは背中をぐいぐい押して下山させようと奮闘していたけど、相手はデカイ上に大量の荷物という重石があるため、全然進まない。


 これじゃ確かに、下に着く頃には日が暮れちゃうな。


 レイさんの申し訳なさそうな視線を通り過ぎると、僕は両手で顔を覆ってワンワン泣いている剛真さんの隣に立った。



「あの……帰りましょう、剛真さん。そ、そうだ、今度ハルカと僕がバイトしてるレストランに来てくださいよ。僕、キッチンなんで、剛真さんのためにご馳走したいな〜、なんて」



 料理上手な剛真さんを、マニュアル調理のファミレスの餌で釣ろうなんて、無理無茶無謀だよね……。


 でも、他に良い案が思い浮かばな……。



「えっ、リョウくんが作ってくれるの!? 行く行く、行くったら行くーー!!」



 あれっ、効いた!?


 けれど嬉しそうな顔をしたのも束の間、剛真さんはすぐ俯き、ボソリと零した。




「リョウくんが……手を繋いでくれるなら、下りる」




 くっ……そう来るか。


 でも背に腹は変えられないし、手繋ぎに腹括らないと帰れない!



 背後からグサグサ刺してくるレイさんとハルカの視線を振り切り、僕は剛真さんの大きな左手を握った。



「あの、これで……大丈夫ですか?」


「うっきゃあん! はいぃぃ、超絶大丈夫れすぅぅぅ!!」



 剛真さんが裏返った声で叫ぶ。



「ゴウちゃん、ズルい! 私もっ!!」



 そう言って、レイさんまでも僕の反対の手を取る。


 うわわ……左右の手が塞がっちゃった。これじゃハルカだけ、仲間外れになっちゃう!



「じゃ、あたしはこっちーー!」



 と思ったら、ハルカは後ろから僕の腰に抱きついてきた!



 クソッ……リュックを背負ってるせいで、ほよよんオパーイのムニョニョン感が楽しめない!


 オイコラ、リュック! 僕のために気を利かせて透過しろ!! お前ばっかりムニムニを楽しむんじゃない!!




「…………ドスケベ野郎」




 上から声がしたので振り仰ぐと、道に突き出した大きな木の枝に、白いワンピースを着たオカッパ頭の女の子が腰掛けていた。



 顔に見覚えはないけれど、その声には聞き覚えがあって――――え、サトリちゃん!?


 あのモジャモジャの下には、こんな可愛い子が隠れていたの!?



 見た目は人間でいうと中学生くらい、目鼻立ちがはっきりとした美少女だ。



 これからはこの姿で通すのかな?

 だとしたら、毛の処理が大変だよね?

 下も、ツルツルにしちゃったのかな?

 おぱんつ、ちゃんと履いてるのかな?



 残念ながら角度が悪くておぱんつは拝めなかったけれど、オパーイは僕の見立て通り、健やかに育っていた。


 おほっ、白ワンピをむんにゅり押し上げる胸元が眩しーっ!


 やはりノーブラですよね?


 こりゃ将来が楽しみですな! 来年の成長に期待しちゃおっ!!




「…………やっぱり、アンタってサイッテー!」




 汚物を見るような視線を僕に落とすと、サトリちゃんはさっと木の向こうへと消えてしまった。



 んもう! 気持ち悪いことはもうわかってるんだから、心読むのやめとけばいいでしょ!!



 はぁ……この感じだと、次に来た時も口聞いてくれなさそうだなぁ。


 でもあんまり仲良くするとハルカが怒るだろうし、オパーイの成長チェックするくらいで我慢しとこ……。




 こうして様々な思い出を胸に、僕達は元気になった剛真さんに引きずられるようにして夢のように楽しかった山を下り、現実の日常へと帰った。

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