山の幸フルコース、怪異風味(十二)

「そうそう、この山ね、今はボクが所有者なの。先代と同じように、誰にも売らないし誰にも渡さないよ。ずっと守ってくから、テンちゃんも安心して暮らして」



 天狗の気持ちを知ってか知らずか、剛真ごうしんさんが笑顔で伝える。


 天狗も微笑み返し、大きく頷いた。



「ありがとう、ゴウちゃん。俺も悪いモノからここを守り続けるよ。だから……また、遊びに来てくれるか?」


「もちろんだよ! おじいちゃんになっても死ぬまで、ううん、死んでもオバケになって毎年来るよ。テンちゃんに会えるの、楽しみにしてる!」



 そうして久々の再会を果たした二人は、互いの存在を確かめ合うかのように固く抱き合った。



 剛真さんとの抱擁を終えると、天狗は僕に向き直り、両膝を付いて頭を地面に落とした。



「リョウくん、とやら。この度はこちらの誤解で、大変申し訳ないことをした。謹んで、お詫び申し上げる」


「ひゃっ、ひゃめっ、ひゃめてくだひゃい! 全然気にしてましぇんからっ!」



 天狗に土下座されるという前代未聞の事態に、僕は狼狽えるあまり、手足を激しく動かして高速タコ踊りを披露した。


 残っていた妖怪達が、失笑を漏らす。


 いや、和ませようとしたんじゃないよ? どうしていいかわかんなかっただけなの!



「ほら、リョウくんが困ってます。お願いですから、どうか顔を上げてください」


「そうですよ。あたし達も、その……ちょっと頭に血が上って、いろいろやっちゃいましたし」



 ハルカとレイさんに両側から諭され、天狗はやっと体を起こした。



「ありがとう。それと……無礼な真似をした上で、こんなことを申すのは非常識だと重々承知しているが…………君も、良かったらまたここに来てくれないか? お詫びに、今度は最高のもてなしをさせていただきたい」



 お詫びをしたいというのは、本心なんだと思う。


 けれどそれ以上に、天狗の声と表情には、縋る思いが溢れていた。



 剛真さんが彼のことを認識できたのは、僕の力のおかげだ。


 天狗にはそれがわかっているから、一緒に来てほしい、どうかまた友に会わせてほしい、と必死に訴えているんだろう。こんな僕なんかに、頭を下げてまで。




「…………はい、また来ます。といっても、山の持ち主の剛真さんが許可してくだされば、ですけれど……」


「嫌なわけないよ! ボクもリョウくんが来てくれたら嬉しい!!」



 食い気味に、剛真さんが勢い良く言葉を被せてくる。



「テンちゃん、また一緒に遊ぼうね! かけっこ対決、今度は負けないんだから! 約束だよ!!」


「おう、また来いよ! ゴウちゃんの知らない穴場がたくさんあるんだ、今度案内してやるからな!!」



 片や仁王像の筋肉マシマシ、片や長鼻紅顔の人外と、どちらも強面の巨漢だけれど、咲かせた満面の笑みは無邪気であどけなくて――――まるで、子どもに還ったようだった。




 ウホォォーーーーイ!!




 これまで大人しくしていたゴリラ達が、一斉に猛々しい咆哮を放つ。これにて一件落着、の合図だ。



 そして、来ました…………恒例のゴリウンチの投擲です!


 彼らの『親愛行動』です!!



 けれど想いを込めたウンチは最愛のハルカに当たらず、彼女の周りに張られたバリアに弾かれ、キラキラと輝きながら消えていく。


 レイさんにも同じバリアがあるようで、母娘は忽ち美しい煌めきに包まれた。



 ふわぁ、綺麗……絵画を通り越して、本物の女神と天使が舞い降りたみたい! キラキラエフェクトの素材がウンチじゃなかったら、もっと心から感動できるんだけどなあ。




 そう――――このゴリラ霊達は、ハルカを守ると同時に、彼女を心から愛する同志でもある。




 ハルカの前世は、伝説と謳われるほど美しいメスゴリラだったのだそうだ。しかし彼女は、数多のオスゴリラから求愛されるも全て退け、人生……いやゴリ生をかけて報われぬ恋に身を投じたという。


 悲恋の末に亡くなった彼女を深く悼み、救えなかったことを激しく悔み――そして、彼女を愛したゴリラ達は決意した。



 次こそは彼女が幸せになれるよう守り支えよう、と。独占欲に満ちた利己的な愛は捨て、皆で彼女を慈しみ愛していこう、と。



 そうして人間に生まれ変わったハルカを、彼らはずっと見守り続けてきた。


 危険が迫ると本人に伝えるようだけど、零感の彼女はそれを『勘』として受け止めている。



 このように、彼らはハルカをアイドルのように崇拝する『愛の親衛隊』であり、決して存在を悟られぬよう隠密みたいに守護する『影の騎士団』でもあるのだ。




 だから普段は僕の目にも見えなくて、いるのかいないのかもわからないんだけど…………今みたいに、ハルカがマジギレすると必ず出てくる。


 一応は、高位霊として他のオバケに警告してやるって意味合いがあるんだと思う。


 でも僕には、大好きなアイドルのライブみたいなノリに見えるんだよなあ……ウンチ投げる時、すっごく生き生きしてるし。



 ちなみに剛真さんもバリア保持者らしく、燦然たるキラキラ・ウンチエフェクトに包まれていた。

 こちらは何というか……キレイな剛真さん、としか形容しようがない。



 芳埜よしの家の血には、ウンチバリアも受け継がれてるのかな?

 でなきゃ、剛真さんとレイさんも前世がゴリラだったのかも?


 うん、その可能性はありそうだ。剛真さんは見た目がそれっぽいし、レイさんは中身がいろいろとアレだもん。




 ところで、可哀想なのが天狗。


 こちらはベシベシとウンチが当たってる。



 ハルカとレイさんに挟まれるという最悪のポジションのせいで、地獄のウンチ攻めだ。


 一生懸命に団扇で応戦してるけど、まるきり効果なし。



「テンちゃん、どうしたの? 団扇バタバタしてるけど、暑い?」



 ゴリラもウンチも見えていないキレイな剛真さんが、不思議そうにキラキラを撒き散らしながら尋ねる。



「い、いや、虫がいるようで……んぐわっ!」



 うわぁ、口に入っちゃった。気の毒に……。



 僕はというと、雄叫びを聞いた時点でテントの影に避難していた。一度あのウンチの猛攻食らって、大変なことになったからね。



 天狗なら霊力で弾けるもんだと思ってたけど、それは不可能らしい。



 ん?


 ということは、ゴリラ霊達の力は天狗以上、ということなのかな?



 そういえば、と僕は改めてゴリラ達を眺めた。


 ウンチを投げて愛の儀式を終えた彼らは、頭に花冠を飾って喜んでいたり、手作り玩具で遊んでいたり、木の実をムシャムシャ食べていたりと、普段に比べてやたらゴキゲンだ。


 ンゴォォウ、とテントの中からおかしな音がしたため、中を覗いてみたら、遊び疲れたらしいニ頭がシュラフに潜り込んで大いびきをかいていた。




 もしや、彼らが姿を現し、ハルカだけでなく僕や剛真さんに付いて回っていたのって…………。




「単に…………羽目を外して遊びたかっただけ……?」




 小さく漏らした僕の声が聞こえたのだろう。


 大きな蛾を追いかけて前を通り過ぎたゴリラが立ち止まる。


 そしてこちらを向いて恥ずかしそうに頭を掻き、ペロリと舌を出して見せた。




 たがらそれ、女の子がやるから可愛いの!

 お前はオスの上に、ゴリラじゃないか!!


 剛真さんより悪条件なのに……ほんの少し可愛く見えてしまった自分に腹が立つったらない!!



 んもーー!


 あらぬことを考えて、不安になってた僕がバカみたい!!




 ウンチ塗れにされた天狗は、半泣きで剛真さんにお別れの言葉を告げると、ウンチ塗れの翼を広げて飛び去っていった。


 剛真さんは、来年まで会えないから寂しいんだろうな、としんみりしてたけど、多分それだけじゃないと思う……。



 ハルカとレイさんは、僕の寝顔を見られなかったことを激しく悔やんでいたものの、もう一度寝入るのを待っていたら睡眠時間がなくなると諦めて、名残惜しそうに自分達のテントへと戻っていった。



 テントに戻れば、ゴリラがシュラフを占領したまま大爆睡中。


 見えない剛真さんは平気でゴリラの上に乗っかって仲良く寝ていたけど、僕はそういうわけにいかない。揺すったり叩いたりしても起きないもんだから、僕は仕方なく僅かな隙間に入ってゴリラと寝た。



 いびきはうるさいし寝相は悪いし、暑いし狭いし、おまけにまだ外で遊び回ってる妖怪達とゴリラ達は騒々しいしで、結局その夜はほとんど眠れなかった。

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