山の幸フルコース、怪異風味(十一)

 長である大天狗を守ろうと、妖怪達がさっと彼女らの前に立ち塞がる。



 だが、真・闇化を果たした二人に怖いものなどなかった。




「ペンは! 剣よりも! 強しぃぃぃぃ!!」




 レイさんが吠え、岩石のゴーレムみたいな妖怪に強烈な膝蹴りを見舞う。


 ウソ、あっさり砕けた!


 ていうか、ペン全く関係ない!!




「メイクどころか脱毛も手抜きのモサ面で、さりげなく調理器具持参して生意気にも料理上手アピってんじゃねぇぇぇぇ!!」




 ハルカが雄叫び、カマイタチと思われる動物の妖怪が振りかざした鎌の手に猛烈なパンチを連打する。


 マジか、グニャグニャに捻じ曲がった!


 でも普通は鎌を、料理には使わないと思うの……。



「ニョホホホ〜、やはり良い足ですな〜。この足で蹴られるなら本望ですな〜。是非とも踏みつけていただきたいですな〜」



 しかし、こんな時でも木の精霊だけはひたすらマイペースだ。


 エロ魂のおもむくままに、自らハルカの足に擦り寄っちゃうんだから、ある意味尊敬する。色ボケもここまでくれば、立派なもんだよね……。



「お前かぁぁぁぁ…………私の可愛い娘を、木から突き落としたのは!」



 ところがハルカに触れる寸前で、レイさん渾身のキックが奴の額に炸裂!


 元々空いていた穴から亀裂が走り、エロ精霊はそのまま霧散した。


 あの木に支障がなければいいけど……でも精霊だし、大丈夫だよね?



「オ、オイラは何もしてないよ!? そこの男の子を、水に沈めただけだからね!? 魚面のくせに生意気にも肺呼吸してたから、魚らしくエラ呼吸できるようになるまで押さえつけて訓練してあげただけだからね!?」



 ヤンチャ河童はよほど焦っていたのか、言わなくても良いことを言ってしまった。



「クソガッパぁぁぁぁ……てんめえ、この可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い無限大のリョウくんを水に沈めて、痛ぶりやがったのかぁぁぁぁ?」


「へえぇぇぇ……じゃあお前、潜水リョウくんを見たんだぁぁぁぁ…………? 彼女のあたしも見たことないのにぃぃぃぃ…………? 初対面のクソ・オブ・クソの分際で、あたしの知らないリョウくんを、見たんだぁぁぁぁ…………?」



 二人は顔を見合わせ、頷き合った。



「絶許!!」



 声を揃えて叫んだ母娘が、左右から蹴り飛ばしたのは――――奴にとって今、最大の弱点であるお尻。



 哀れ、河童は身を切るような絶叫を上げながら、遠いお空へ飛んで行った。



 自業自得とはいえ、お尻はやめてあげてほしかったな……。

 願わくば、彼の肛門がどれか一つでも無事でありますように。



「やだー、乱暴キラーイ。女の子なのに、そんなことして恥ずかしくないのー? そうだねー、そんな男と付き合ってるもんねー、お似合いだよねー」



 天狗の後ろからついに出てきたサトリちゃんは、嫌味で対抗するつもりらしい。おお、これは新しいタイプだ。



「えっ、お似合い……? あ、ありがとう。嬉しいな!」



 しかし、通じないーー!

 ハルカ、頬を染めて喜んじゃってますーー!


 闇が晴れて、天使が現れましたーー! 僕からも感謝ですーー!!



「は、バッカじゃないの? アンタは知らないかもしれないけどさ、そいつ、ドスケベのド変態だよ? アタシ、そいつの心読んで、ゾッとしたんだから。そんなキモい奴に、誰が夜這いするかっつうの。勘違いで散々乱暴したんだから、皆に謝ってよね!」



 負けず嫌いなタイプなのか、サトリちゃん、煽る煽る。ううむ、正論で攻めてくるとは……これには、ぐうの音も出ない!



 けれど――――残念ながら、ハルカには通用しなかったようだ。



 彼女はサトリちゃんの前髪部分をわしっと掴むと、現れ出たつぶらな瞳を至近距離から見据えて告げた。



「リョウくんのこと、知ったような口聞いてんじゃねぇよ、小娘ぇぇぇぇ……。リョウくんはただのドスケベじゃなくて、清らかムッツリ爽やかドスケベなんだよぉぉぉぉ……。おっぱい大好きなのに正面から見られない、でもチラチラ見ては悦に入って浸る、クソクソクソ可愛い生き物なんだよぉぉぉぉ……。そんな毛塗れバストをチラ見されたくらいで、調子ぶっこいてんじゃねえぞぉぉぉぉ……。あたしの胸の方が、リョウくん視線集中率も高けりゃ視認時間も長ぇんだからなぁぁぁぁ……?」


「それにリョウくんばかり、変態扱いしてんじゃねぇよぉぉぉぉ……。てめえの仲間だって、てめえのこと、やらしい目で見てるじゃねえかぁぁぁぁ……。仲間はいいのかよぉぉぉぉ……? それとも気付いてなかったのかぁぁぁぁ……? だとしたら、めでてぇ頭してやがるなぁぁぁぁ…………」



 ハルカに続き、レイさんもサトリちゃんに追撃する。


 サトリちゃんは、はっとして辺りに残った仲間達を見た。するとメンズ妖怪達が、さっと目を逸らす。



 あ、やっぱり僕だけじゃないよね? だって、裸だもんね? 気になるよね?



「ドスケベ目線に虫唾が走るのも理解できるがなぁぁ、だったらせめて服着ろやぁぁぁぁ……。素っ裸で彷徨き回って、天真爛漫なアテクシ気取りかぁぁぁぁ? んなもん、エロい目で見られても仕方ねぇし、最悪、誘ってると思われても文句言えねぇだろうがぁぁぁぁ……。人のことド変態やらキモいやら抜かす前に、てめえこそしっかり自衛しとけぁぁぁぁ…………」



 レイさんの言葉を聞くと、サトリちゃんは今更のように胸や下半身を手で押さえて恥ずかしそうに俯いた。



「中には自衛してもケダモノ魂のおもむくままに向かってくるクソもいるがなぁぁ、そんな奴は筋力腕力脚力胆力鍛えてシバいたりゃあいいんだよぉぉぉぉ……。何なら百戦錬磨の私が、手ほどきしてくれるわぁぁぁぁ…………」


「ついでにあたしが、お前に似合うファッション見繕ってやるわぁぁぁぁ……。でもまず、ムダ毛の処理くらいしとけぇぇぇぇ……。ありのままの姿でいたい気持ちもわかるけどなぁぁ、今のままじゃ素顔もわからねぇだろうがぁぁぁぁ……? せっかく可愛い顔してるのに、もったいねえぞぉぉぉぉ……」



 レイさんの後に、ハルカもアドバイスを付け加える。


 サトリちゃんは、弾かれたように顔を上げた。『可愛い』と言われたことに驚き――そして思いの外、嬉しかったみたいだ。


 両手を自分の頬に当てて暫し呆けていたサトリちゃんだったが、二人に向かってこくこくと何度も頷いてみせると、仲間の視線を振り切るようにして慌ただしく木々の中に逃げていった。




「あの……」


「……なぁにぃ? 皆、こんな夜中に何やってるのぉ?」




 何か言おうとした天狗の声に、剛真ごうしんさんの眠そうな声が重なる。


 止める間もなく、剛真さんは僕の真上からテントの外へ顔を出し――――叫んだ。




「…………テンちゃん! テンちゃんだよね!?」


「えっ……ゴウちゃん? 俺が、見えるのか?」




 天狗が紅の顔を強張らせ、目を見開く。




 剛真さんは靴も履かずに飛び出し、天狗に飛び付いた。



「テンちゃん、会いたかったーー! ボク、家がなくなってからもここに来てたんだよ。テンちゃんに会えないかなって、ずっと探してたんだ!」


「あ、ああ……知ってるよ。いつも見てたから」


「もーーっ! 見てたんなら、何かアクション起こしてよ! ボクのことなんて忘れちゃったのかと思ってたよっ!?」


「忘れるわけないよ……忘れたりなんかしない。ゴウちゃんは、いつまでも俺の大切な友だ」



 天狗の表情が、優しく解ける。


 どうやら二人は、幼馴染だったようだ。



 人と妖怪が親友になる、なんて夢物語みたいだけど、この山ならそういうことがあってもおかしくなさそうだ。麒麟きりんや龍までいるらしいからね。



「じゃ、改めて紹介するね。こちらがボクのお嫁さんのレイちゃん」


「は、初めまして。あの、夫のお知り合いの方とは知らず……大変失礼いたしました!」



 闇化を解かれたレイさんが、慌てて頭を下げる。



「こちらがボクの娘、ハルカちゃん」


「娘の、ハルカです。あたしも、その…………すみませんでした!」



 ハルカも同じく素に戻ったようで、レイさんに倣って深々と頭を下げ、非礼の数々を詫びた。



「それからぁ……こちらが、ハルカちゃんの彼氏のリョウくん!」



 まさか自分まで紹介されるとは思わなかったから、僕はあたふたとテントを出て、彼らの元に駆け寄った。



「ゆ、結城ゆうきリョウです。ごごごっ、剛真さんの娘さんであらせられれれれられます、ハルカさんとっ、とどどっ、どつきあいさせていただだだいとりんす!」



 まあ噛むよね……急だったからね。



 でも、どつきあい、はいくら何でもひどいよ……意味変わっちゃってるじゃん!



「ンフー、カミカミしちゃって、かっわいい〜! こんな感じで、すっごく可愛いんだよ〜。ね、テンちゃんも萌え萌えキュンキュンするでしょ?」



 ところが剛真さんは、笑顔で天狗に僕の押し売りをし始めた。


 お願いだから、やめてください!

 芳埜よしのの皆様の価値観はスペシャルに個性的なんだから、そんなの押し付けられたら人間妖怪問わず可哀想です!!



「なるほど、そうか……この者が」



 萌え萌えキュンキュンが伝わったかはさておき、天狗は僕の能力について気付いたようだ。




 いつから、剛真さんが彼の姿を見ることができなくなったのかは、わからない。



 それでも彼は、剛真さんが山に来る度に見守っていた。自分の姿を探し求める、大切な友人のことを。言葉を交わせず、側にいるのにそれを伝えられないままに。



 彼は、剛真さんより寂しい思いをしていたのかもしれない。



 天狗が剛真さんを見つめる目は、この上なく優しくて嬉しそうで――けれど、相手の表情を忘れまいと心に刻み付けようとするような必死さが滲んでいて――それが、何だか切なかった。

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