山の幸フルコース、怪異風味(十)

 ゴリラに眠気を削がれたせいで、僕はそれからなかなか寝付けなかった。


 スマホも置いてきてるから暇を潰すものがないし、かといってこんな暗い山中を歩き回るのも怖い。



 困ったなぁ……剛真ごうしんさんに子守唄を歌ってもらうべきだったかも。



 何度も寝返りを打っては溜息をつき、流れが全くわからない時間を無為に消費して――――どのくらい経っただろうか。




「もぅし……」




 やっと微睡みかけた頭の中に、低い幻聴が落ちる。




「もぅし……」




 いや、幻聴じゃない。


 目は覚めたけれど、のしかかる疲労感のせいで、意識は靄がかかったようにフワフワとしていた。



「はぁい……何ですかぁ……?」



 なので愚かにも僕は寝ぼけたまま返事をし、更にはテントのシートを開いて外に顔を出してしまった。




「私の仲間が、君に痛い目に遭わされたと聞いてね…………」




 テントから首だけ出した僕の前に立ちはだかっていたのは――――背後に様々な妖怪を従えた、真紅のいかめしい顔立ちに長い鼻が特徴の大男。



 わざわざ正体を尋ねるまでもない。


 山の妖怪を統べるという、大天狗だ!




「ワシはこいつのせいで、額に穴が空きました!」



 木から抜け出てきたのだろう、首だけの人魂の形態となったエロジジイ精霊が、ぽっかり抉られた自分のオデコを見せつけて喚く。



「オイラはこいつのせいで、痔になりました!」



 立つこともままならないようで、左右から河童仲間に支えられながらヤンチャ河童が半泣きで訴える。



「アタシはこいつのせいで、心に深い傷を負いました!」



 僕の顔も見たくないらしく、サトリガールは天狗の後ろに隠れたまま涙声で叫んだ。



 他にも、顔が見えないくらいでかい奴やら一つ目の奴やら、人型以外にも動物みたいなのから岩みたいなのまで、たくさんの妖怪が僕に憎々しげな視線を向けている。



 えええええ!? 僕のせい!?


 いやいやいやいや、どれも正当防衛だよ!



 木の精霊はハルカにえっちなことしようとしたのが悪いんだし、河童に関しては悪戯にしちゃ度が過ぎてたし、サトリちゃんだって勝手に心を読んだんじゃん!!


 おまけに僕は暴力的なことなんて、一切してないよ!?



 す、と一歩進み出て、天狗は僕を見つめて口を開いた。



「昔はどの地でも、人間と我らは共存し、助け合いながら仲良くやっていた。しかし、お前のように悪辣な者が現れ、我らの魂の根源である自然を蹂躙するようになった。数々の仲間を失い、今ではこの地だけが我らの拠り所。この地は、我らが守る!」



 彼がそう宣言するや、凄まじい圧が放たれた。


 鳥肌どころか髪まで逆立ちそうな、圧倒的な霊気。その辺の悪霊などとは、比べ物にならない。



 それを浴びただけで、僕は瞬きすらできなくなった。湧き上がる根源的な恐怖が、細胞レベルで僕の身を金縛る。



 これが、古来から生きる妖怪。人間の本能に刻まれた『恐れ』と『畏れ』を呼び覚ますモノ。


 神と崇められることもあったほど、大いなる力を有する『人を超越した存在』――――それが彼らなのだ。



「お前には、相応の罰を受けてもらう。我らの存在を脅かした罪を、その身で贖うが良い!」


「ち、違います! 僕は……」



 縺れる舌と震える唇を懸命に動かし、必死に弁明しようとしたけれど、それは叶わなかった。



「問答無用!」



 そう告げて天狗が、手にしていた大きな羽団扇を構える。


 確かあの団扇は、大風を起こしたり大雨を振らせたり火を点けたり人の心を操ったり、いろんな事象を起こせるという神器だ。



 こんな場所でそんなものを振り回されたら、僕だけじゃなく、ハルカ達にまで危害が及んでしまう!



 お願いだから皆を巻き込むのはやめて、と叫びかけたその時――――ポコ、と何とも間の抜けた音が、辺りに響いた。




 ポコポコポコポコ。

 ボコボコボコボコ。

 ボムボムボムボム。

 ドムドムドムドムドムドムドムドムドムドム!




 固まりかけていた首を巡らせてみると――――暗闇の中、百を超えるゴリラ達が勢揃いして、胸を叩き、激しくドラミングしている。



 ハルカの守護しゅゴリラ軍団、大集結だ!



 このドラミングは『このまま退いてくれませんか? 戦うのはやめておきましょう?』という和平の申し込みなんだけど……きっと意味がわかったとしても、この妖怪達は受け入れてくれないだろう。




 ドラミングが、止まる。




 同時に、テントの側からサクリ、と草を踏む足音がして――――その人は現れた。



 その人、ではない。

 その人達、だ。






「皆様ぁぁ……お揃いで、楽しそうですねぇぇぇぇ…………? ところでぇぇ、人の彼氏の寝床の前で、何してんのかなぁぁぁぁ? もしかしなくてもぉぉ、これぇぇ、夜這いってやつかなぁぁぁぁ…………?」






 夜の帳よりも深く濃く重い暗黒色のオーラをまとい、妖怪の肝すら握り潰すほどの恐ろしい声で問いかけたのは――――『彼氏を寝取ろうとした』ように見える者達を前にして、憤怒と憎悪と怨嗟の化学変化で闇ハルカから覚醒進化を遂げた、真・闇ハルカ。




 更に。




「オイぃぃぃぃ…………てめえらのせいで、リョウくん起きちゃったじゃねえかよぉぉぉぉ……。生寝顔スケッチする予定だったのによぉぉぉぉ……。てめえら全員、覚悟はできてんだろうなぁぁぁぁ…………私の萌えを邪魔した罪は、プレオン星の中心核よりも重いぞぉぉぉぉ……………?」




 レイさんもまた、真・闇レイさんに覚醒進化なさっていた…………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る