山の幸フルコース、怪異風味(六)

「びっくりしたよ〜。事故に遭ったら、時間の流れがやけにゆっくりに感じるって本当なんだね。でも、リョウくんが抱き止めてくれたんだよ。おかげで、怪我も何にもなかったの。しかも、お姫様抱っこしてもらったんだから!」


「もう、これからは気を付けなさいよ? あなたにもリョウくんにも、何かあったら私、発狂するからね? あと、お姫様抱っこについて詳しく」


「そうだよ。発狂したレイちゃんは何するかわからないから、危ないことはしちゃダメだよ? 約束ね? ボクもお姫様抱っこの詳細を求む」



 元いた場所に戻ると、剛真ごうしんさんとレイさんは二つのテントの間の空間に、バーベキューコンロやテーブルセットなどを準備し昼食の支度を始めていた。



 さて、気になる山の幸ですが、それが非常に問題で……。



「あの……この紫色の触手みたいなの、何ですか?」


「名前は知らないけど、多分山菜よ。マスタードをちょっと付けて食べると美味しいの」



 レイさんがそれをトングで焼きながら答える。


 ひえっ! 熱でウネウネ伸び縮みして、本当に触手みたいなんだけど!!



「それから……この七色に輝くキノコ、これ観賞用じゃないんですか?」


「ううん、食用だよ。これは包み焼きにして、バター醤油で味付けするの。ボクの大好物なんだ〜」



 剛真さんがそれを手早くホイルで包みながら答える。


 ひいっ! 一緒に包んだ緑やら青やら赤やらの物体は何!? 明らかに食用とは思えない色してますが!?



 その他にも、赤身肉みたいな花だとか、黒と白の格子柄の芋だとか、一粒一メートルほどもある巨大豆だとか……この山の幸は、僕がこれまで見たことないものの目白押しだった。


 ここ……もしかしたら、新種植物の宝庫なんじゃないの? それとも僕が無知なだけで、山では普通の食材なのかな?



「さ、焼けたわ。リョウくん、食べて食べて」

「こっちもできたよ。リョウくん、食べて食べて」



 食物らしき食物のような食物であってほしい食物であってくれと願いたい物体をどんどん皿に乗せ、レイさんと剛真さんが迫ってくる。


 本音言うと、ハルカが作ったお弁当だけで済ませたい気持ちでいっぱいだったけど…………こんなにオススメされたら、口にしないわけにはいかない。



 結城ゆうきリョウ、頑張れ!

 お前が亡き両親から受け継いだ名字は飾りか!?


 結城が勇気を出さずしてどうする!



「い、いただきます……」



 恐る恐る、僕はまず紫の触手……ではなく山菜だというものを箸で摘んだ。


 ねえ……まだウネウネ動いてるよ……。怖いよぉぉぉ……。


 覚悟を決めて目を閉じ、僕はそれを一気に口に放り込んだ。



「…………おいしい!」



 歯応えはキクラゲ、味は昆布に近く、山菜特有の鼻に抜ける芳香があるものの嫌味に感じない。


 続いて、包み焼きを開く。恐ろしいことに、熱が通ってもキノコは七色のままだった。


 しかし、こちらも見た目と違って美味! 滑らかな舌触りとシャキッとした食感のコンビが見事で、香り高く優しい味わいにバター醤油が良く合う。


 うん、食わず嫌いは良くないね!


 お肉と主食は、ハルカが作ってきてくれたミートボールと唐揚げ、それに梅ごはん。どれも美味しくて、僕は三人に勧められるがままにたくさん食べた。


 デザートはハルカと採ってきた、あの果実だ。


 それがもう、絶品! ハルカの言う通り、桃みたいに甘くて梨みたいに瑞々しくて苺みたいな爽やかな酸味もあって、まさに新感覚のデリシャステイストだった。



 僕は隙を見て、お弁当の隅っこに入っていたウサギ型のリンゴを紙皿に取り、こっそり腕を回して座っている椅子の後ろに差し出した。


 ささやかだけれど、ハルカを助けてくれた『彼』にお礼がしたかったのだ。


 すぐにリンゴは消え、続いて背後から大きな手で頭をポンポンされた。良かった、ちゃんと『彼』に届いたみたい。



 代わりに、自分だっていいところを見せたかった、リンゴ食べたかったとでも言いたげな溜息や呻き声があちこちから上がってきたけれど、僕は聞こえないフリをした。




 食休みをしてから、僕は剛真さんに連れられて川へ釣りに出かけた。レイさんとハルカは、お風呂に使えそうな薪を探しに行っている。


 何でも、組み立て式のお風呂キットというのがあって、それを持ってきたのだとか。


 便利なものがあるんだなぁ……アウトドアなんて全くやったことないから、何にも知らなかったよ。


 釣りだけでなく水汲みもやるそうなので、剛真さんは大きなポリタンクを四つ抱えている。僕は一つだけだけど、これに水をいっぱいにした状態で歩けるのか、今から心配だ。かなり傾斜の厳しいところを進んできたし。


 そこそこの距離を上り下りして辿り着いたのは――想像していた広く緩やかな河原とはまるで違う、まさに渓谷といった木々に囲まれた急流だった。



「わぁ……綺麗なとこですね」



 鮮やかな緑が光と影で濃淡を織り成す中、澄んだ水が軽やかな音を立てて流れていく。


 その景色に見惚れた僕は、溜息と共に素直な感想を吐き出した。



「エヘヘ、リョウくんに気に入ってもらえたなら嬉しいな。ボクも、大好きな場所の一つなんだ」



 ポリタンクを下ろすと、剛真さんは角刈り頭を掻いて照れ笑いした。


 ハルカとは似ても似つかない顔立ちなのに、その笑顔にはどこか彼女に通じる可愛らしさがある。


 いつのまにか、こんな風に感じられるくらい、僕は剛真さんのことが怖くなくなっていた。



「それじゃ、魚捕ろっか」


「そういえば、釣り竿はどうするんですか? もしかして、枝か何かで手作りされるとか?」



 なので僕は、ずっと疑問に思っていたことを素直に尋ねた。


 ポリタンクの他に剛真さんが持ってきたのは、ウエストポーチと肩から斜め掛けしたクーラーボックスのみ。


 釣りに使う道具が、全く見当たらなかったのだ。



「釣り竿なんて作らないし使わないよ? 見てて!」



 そう告げると剛真さんはウエストポーチを外して靴を脱ぎ、立っていた岩場から躊躇いなく川に飛び込んだ。



 え…………まさか!?



「オルァァ! 待てやぁぁぁ! 逃げんなぁぁぁ! ……ほら、捕れたよ! これなら道具も要らないでしょ?」



 腰程の深さの流れから、素手で鷲掴みにした魚を掲げて剛真さんが笑う。




 …………あ、な、た、は、ク、マ、で、す、か!!




「オラァァ! リョウくん、泳ぎは得意? シャアァァ! でも、流れが急だから危ないかも……グルァァ! 怖いならそこで待ってて。ドルァァ! あ、せっかくだから足だけでも浸かったら? ゴリャァァ! 水が冷たくて気持ち良いよ?」



 水の流れよりも、あなたの方が怖いですけれどね! 


 今の会話の中だけで五匹の魚を捕獲するとか、どんだけ魚獲り名人なんですか……クマもびっくり、クマったな〜ですよ!



 というかこれ、明らかに釣りじゃないよね?

 ああ、ネット用語の方の釣りだったのかな?


 だとしたら僕、盛大に釣られちゃったね!



 釣られ仲間が入ったクーラーボックスと共に、オススメに従って岩に座り足を清流に浸しながら、剛真さんのクマ超え魚捕獲超絶テクを眺めていたら――ふと、水面に黒い影が漂っているのに気付いた。



 大きな魚かな? と目を凝らすより先に、影は素早い速度でこちらにやってきて――――ものすごい力で僕の足首を掴み、水中に引きずり込んだ。



 悲鳴を上げる間などなかった。


 一瞬のことだったから、魚捕りに夢中な剛真さんも気付いていないだろう。



 やめて、助けて! 僕、泳げないんだよ!



 救いを求める声は、ガボガボと吐き出す泡と化して言葉にならず、僕は苦しさに藻掻いた。


 一メートルもない深さとはいえ、流れは早い。

 しかも、上に何かがのしかかっていて、起き上がることもできない。



 闇雲に振り回していた手が、そいつに触れた。



 ぬるり、とした奇妙な感触に目を開けて見ると――それは粘液質な苔色の表皮に皿のように平たい頭、そして離れた小さな目と短く横広の嘴を携えた生物……いや、妖怪だった。




 これは――――河童だ!




 相手の体を掴もうとしても、手がぬるぬると滑ってしまう。幼子くらいの体格なのに、力が強くて引き剥がせない。


 無駄に暴れたせいで、すぐに息が続かなくなってきた。



 苦しい、誰か助けて。


 このままハルカに会えなくなるなんて……そんなの嫌だ!!



 死を覚悟したその時――――唐突に、僕を押し倒す力が緩んだ。



 目の前にある河童の顔が、苦悶に歪んだまま固まっている。



 その隙に、僕は何者かによって、奴の下から引きずり出された。


 水中から顔を出すと、新鮮な空気が一気に流れてくる。噎せながら呼吸し、助けてくれた恩人を振り向いて――――僕も固まった。




 ゴリラがいた。




 恩人ではなく、恩ゴリラ。


 剛真さんを見間違えたんじゃなくて、れっきとしたゴリラだ。




 しかも、一頭じゃない。二頭、三頭、四頭……いや、五頭いる。




 ゴリラ1は、川から抱き起こした僕の背中を撫でてくれている。


 ゴリラ2は、奥で剛真さんのお手伝いをしている。どうやら自分の体で魚の逃げ道を塞ぎ、捕まえやすいようサポートをしているようだ。


 ゴリラ3とゴリラ4は、温泉よろしく肩まで水に浸かって、のんびりと涼んでいる。


 そしてゴリラ5は――――河童の真後ろから、ぶっとい指でカンチョーを食らわせていた。




 これは!

 極悪妖怪相手でも!

 同情せざるをえない!!




 気を失ったのか、河童はそのまま魂が抜けたようにふよふよと流れていった。


 これが河童の川流れってやつか……。ちょっと意味は違うかもだけど、まさか諺の実物を拝める日が来るとはね。



 これからの生活に支障をきたすんじゃないかと軽く心配だけど、河童には肛門が三つあるって聞いたことなくもなくもなくもないし、きっと大丈夫……と信じよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る