山の幸フルコース、怪異風味(三)

 何とか生きて目的地に到着したものの、魂が半分抜けかかったような状態で、僕は芳埜よしの家の前に降り立った。


 剛真ごうしんさんが門を開いてくれたので、背中をポンポンされ促されるがまま、ふらふらと中に入る。


 すると長いアプローチの突き当たり、スタイリッシュな豪邸の玄関の前で、ハルカと彼女の母であるレイさんが迷彩柄の大きな車に荷物を積み込んでいるのが目に映った。



「あ、リョウくん、おはよう! レポートお疲れ様、間に合って良かったね!」



 真夏の陽射しすら恥じ入りそうな眩しい笑顔で、ハルカが僕を出迎える。こんなスマイル見たら、何でちゃんと話してくれなかったの、なんて愚痴一つ言えませんよ。


 それにしても、芳埜家の車はどれもすごいなぁ。迎えに来てくれた剛真さんはコロンとしたフォルムの可愛い車だったけど、お出かけ用に使うと思われるこちらの方は軍用ジープみたいな感じで厳つくて大きい。


 車には詳しくないけど、どちらもお高そうだ。



「ねえ、ハルカ。僕、何の準備もしてないんだけど……」


「それなら、あたしが用意しといたよ。リョウくんの部屋から着替えと下着、適当に持って来た」



 恐る恐る尋ねてみたらば、ハルカはあっけらかんと答えた。



 下着って……おぱんつ、見られたの!?

 その白魚のような美しいおててで、僕のおぱんつに触れてしまったの!?


 ひょわー! そのおぱんつ、一生の宝物にしますっ!



 ……じゃなくて!!



「着替えってことは、泊まりになるの!? ダ、ダメだよ! だって僕がいると、夜は危なくなるかもしれないし……」



 そうなのだ。

 僕の『見える』能力は、他の人にも影響を与えて『見せてしまう』ことがある。


 ハルカはそれを知っているし『強力な守護霊』がいるから良いとしても、『彼ら』が剛真さんやレイさんまで守ってくれるとは限らない。

 たとえ守ってくれたとしても、僕の能力でおぞましいモノを見せて嫌な思いをさせかねない。


 どんな場所かわからない以上、霊の行動が活発になる『夜』を僕と共に過ごすのは、あまりにも危険だ。



「大丈夫だよ。心配しないで」



 けれどハルカはそう言って微笑み、そっと手を伸ばして僕の頭を撫でた。



「パパとママに、リョウくんの『力』のこと話したの。二人共、そんなの全然気にしないって。何かあれば、皆でリョウくんを守ろうって言ってくれたよ。パパもママも、あたしと同じでオバケなんて恐れてない。それにリョウくんこと、大事に思ってるのも同じ。だから、どんなすごいヤツが来ても、リョウくんを傷付けようとするなら、三人で迎撃要撃追撃して、全力かけて完膚なきまで叩きのめすよ」



 心強いハルカの言葉を聞いて、僕は思わず、荷物を運びながら談笑する剛真さんとレイさんを見た。



 二人は、そこまで知ってて僕を誘ってくれたんだ。嫌なモノを見るかもしれないし、怖い思いをするかもしれないのに。


 申し訳なさも感じたけれど、それを覆い尽くす勢いで嬉しさが胸いっぱいに広がった。


 仲睦まじく笑い合う剛真さんとレイさんの姿に、失った両親が重なる。父さんと母さんも、僕にこんなおかしな力があるとわかっても、気にしないよ、と笑ってくれただろうか。



『リョウ、行きましょう』

「リョウくん、行こうか」


 脳裏に蘇った母さんの声に、レイさんの言葉が被る。


「うん。行こ、母さん」


 と答えて、僕ははっとした。




 やっちまったーー!


 うっかり母さん呼びーー! これめっちゃ恥ずかしいやつーーーー!!




 ハルカによく似た美しい顔に、戸惑いの色が落ちる。けれどレイさんはすぐに形良い唇を柔らかに綻ばせ――――高らかに咆哮した。



「萌えぇぇぇぇ! 萌えっ萌えっ萌えっ、萌えぇぇぇぇ!! 何だこの可愛い生き物! 萌え殺すに飽き足らず、魂まで食らう気か!? ならば食らえ、存分に食らえ! 食えぇぇぇぇ! 食えっ食えっ食えっ、食えぇぇぇぇ!!」



 激しくのたうち回るレイさんを眺め、僕は溜息と共に肩を落とした。



 ああ……そうだった。この人も娘と旦那様と同じで、もれなく僕が可愛く見えるんだっけ……。



「いいなーいいなー! レイちゃんばっかり、ズルいんだー! ボクもリョウくんに父さんって呼ばれたいーー! ボクだってリョウくんのパパになりたいのに、おひとりさまズルっこだーー!!」


「うるせー! ゴウちゃんはリョウくんと、おふたりさまドライブしただろうがー! オラ、早くスケブ持って来いやー! ゴウちゃんのために、このマックス萌えパワーで最高に可愛いリョウくん描いてくれるわーー!!」


「レイちゃん、ありがとーー! 大好きーー!!」


「私もゴウちゃんが大好きじゃーー!!」



 荒ぶり猛り狂う両親を見て、ハルカもふぅ、と小さな吐息を漏らした。



「出かける前からこんなんじゃ、先が思いやられるね。ママのためにスケッチブック、百冊積んだんだけど足りるかなぁ?」



 百冊……う、うん、イラストレーターさんだもんね。きっと素敵な自然をスケッチするんだよね!


 僕はそう信じることにして、空笑いで応じた。



 とまあ、このように――――いろいろと何かおかしい芳埜家の皆様と共に、僕は人生初のキャンプに出かけることとなった。



 運転席にはレイさん、助手席には剛真さん、後部座席に僕とハルカ。


 聞けば家族の中で、レイさんが一番車の運転が上手いのだそうな。


 でも…………何となく嫌な予感はしてたんだよね。



「オッラァァァーー! ぶっ飛ばしていくぜぇぇぇぇ!!」



 ハンドルを握るや、レイさんは再び豹変した。



 ですよね、そうきますよね……。


 ハルカとドライブデートした時も、こうでしたから。血は争えないってことですね……。



「いけいけ、レイちゃーん!」


「ママ、今年こそタイム更新だよ!」


「はっはぁ、任せな! この『風神のレイ』が、お前らを光速の風してやんぜぇぇぇぇ!!」



 ハルカの運転も剛真さんの運転も怖かったけど、レイさんのスリルドライブはその比じゃなかった。


 剛真さんが所持しているという山まで、数時間。


 その間、休憩なしのノンストップでかっ飛ばすのが芳埜家の習いだそうだが――――幸運にも、僕は失禁する前に失神したため、芳埜の皆様の前で恥を披露することは回避できた。

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