山の幸フルコース、怪異風味(ニ)

 最後のレポートは、無事期限内に提出完了。


 ついに、僕の大学生初の夏休みが始まった!


 とはいえ、八月には夏期集中講義があるから完全に休みというわけではないんだけどね……。それでも今くらい、解放感に浸っても許されるだろう。


 参考文献を大学の構内にある図書館に返却して外に出ると、まだ午前八時過ぎだというのに熱を帯びた空気が全身を包む。今日も暑くなりそうだ。


 けれど、げんなりするどころかニヤニヤが止まらない。何たって、今日は久しぶりにハルカと出かける約束をしているのである。



「リョウくん!」



 ウキウキ気分で校門を出たところで、明るく華やいだ声が僕を呼び止めた。



「エヘッ、遅いから迎えに来ちゃった」



 恥ずかしそうに頬を染めて微笑むのは、天使のように可愛らしいマイスウィートハニー。




 ――――ではなく、仁王像のようにガタイの良い強面の男。




 凍り付いた僕の視線の先にいたのは、美少女な娘との類似点まるきりナッシングなハルカの父、芳埜よしの剛真ごうしんさんであった…………。




「えっと……ど、どういうこと、でしょう?」



 そのまま有無を言わさず停めてあった車に乗せられた僕は、隣でハンドルを握る剛真さんに恐る恐る尋ねた。



 ハルカの父である彼とは、高校生の時からの顔見知りである。しかし、最近になってやっと軽く挨拶を交わす程度にまで進展したものの、会話らしい会話など殆どしたことがない。


 もちろん、こうして二人きりになるのも初めてだ。


 僕のことを嫌っているわけではないらしいんだけど……見た目が怖すぎて怖すぎて。今なんてサングラスをかけたせいで、より一層強面に凄み増してるし。



「えっとね、ハルカちゃんはお弁当の支度で忙しいから、ボクが迎えに来たの。いつもはボクが用意するんだけど、今年は自分が作りたいって言って聞かなくて。野外じゃ、あまり大したものは作れないし、お魚釣りも成果次第じゃご飯が寂しくなっちゃうでしょ? だから、毎年お弁当係は大変なんだ。何を詰めるか考えるのももちろんだけど、多すぎず少なすぎずの量の加減が難しいんだよね」



 怯える僕とは裏腹に、剛真さんは凛々しく雄々しい口元に笑みを湛えながら、楽しそうに答えた。


 プロレスラーと力士を足して割らなかったみたいな外見なのに、娘をちゃん付けで呼んでるの? とか、一人称ボクだったの? とか、そんな可愛い口調でお話しになるんですね? とか、ツッコミどころは満載だったけれど――それ以上に、『野外』や『魚釣り』といった単語が気になり、僕はもう一度問いかけた。



「あの……どこかへ、お出かけされるんですか?」


「あれっ、ハルカちゃん、言ってなかった? ボクが持ってる山に遊びに行くんだよ。毎年の恒例行事なんだ。本当は海外旅行とか豪華客船の旅とかに連れて行ってあげたいんだけど、ボクもレイちゃんも仕事が忙しくて、そんな暇ないからさ……」



 レイちゃん、というのはハルカの母であり剛真さんの妻、芳埜レイさんのことだ。


 レイさんは僕も大ファンの有名なイラストレーターで、剛真さんは建設会社の社長。


 それぞれ仕事のせいですれ違いになることが多いため、朝夜の食事だけは皆で顔を合わせ、家族団欒の時間を取るようにしている……とハルカから聞いたことがある。



 このお出かけイベントは、多忙な二人が夫婦水入らずで過ごす大切なひとときなのだろう。



「そ、そうだったんですね。あの、ゆっくり楽しんできてください!」



 月並みだけれど、口下手な僕にとっては精一杯の言葉を吐くと――――剛真さんはこちらに全パーツがごっつい顔を向け、筋肉で太ましく彩られたごっつい首を不思議そうに傾げた。




「何言ってるの? リョウくんも来るんでしょ? お出かけのお誘いにオーケーしてくれたって、ハルカちゃんから聞いてるよ?」




 はい?

 はいぃぃぃぃ!?



 激しく混乱しながら、僕は昨夜の彼女との会話を思い出してみた。




『レポート終わったら、明日は一緒にお出かけしない? 実はね、すごーく良い場所があるの。あたしが小さい時からのお気に入りなんだ。景色も綺麗だし、自然とたくさん触れ合えて楽しいよ! リョウくんにも、気に入ってもらえたら嬉しいな』




 うん、確かに二人きりとは言ってなかったね。思いっ切り勘違いしてたね。ハルカの言い方もどうかと思うけどね。




「もしかしてリョウくん…………嫌なの……? 気が変わっちゃった、のかなぁぁぁ……?」




 剛真さんの声のトーンが、徐々に低くなる。



 え、待って待って待って? まさかの闇化?



 闇ハルカがいるなら、闇剛真さんがいてもおかしくないけど………無理無理無理!


 闇剛真さんなんて戦闘力計測不能、世界滅亡余裕の芳埜よしのな化物確定ですがな!!




「ちちち、違います! ごごご家族のダンダン団欒ランランに、僕なんかが混じって良いものかと……ふっ、ファンファンファン、不安で……っ! け、決して嫌なわけではないんですわっしゃい!!」




 恐怖のあまり死ぬほど噛み倒したけど、それどころじゃない! 本当に死ぬ! 生命の、いや魂の危機だ!!




「あっ、ごめんね、そんなこと気にしてたの? い、嫌じゃないんなら良かっ……」




 剛真さんの声のトーンが、元に戻る。しかし、ほっと安心したのも束の間。




「ぎゃあーー! ダメ無理死ぬ萌え殺される! カミカミリョウくんの尊みがえぐい! ドチャクソギャンカワーーーー!!」




 雄叫びを上げながら、剛真さんは思いっ切りアクセルを踏んだ。すると車は一気に加速、猛スピードで道を爆走し始めたではないか!


 障害物はしっかり避けてくれているけれど……怖い怖い怖い怖い! まるでカーアクションかジェットコースターだよ!!



 いやああああ! 生命の危機、リバイバーーーール!!


 忘れてた……この方、どうかしてるんだったよ。ハルカと同じで、僕のことが最高に可愛く見える呪われた目と思考回路の持ち主なんだった!!



 神様仏様、剛真様、どうかお願いです!


 せめて芳埜家に着くまでだけでも、僕の命をお守りください!!

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