働く者、恋すべからず(結)

 臼井うすいくんを見送った後、僕とハルカは事務室に向かった。



 するとそこには――――爆音で流れるヴィジュアル系ロックバンドの音楽の中、激しく頭を振りたくりながら雄叫びを上げるツイン・コロボックル……いや、店長と副店長の姿が!



 凍り付く僕とハルカに、二人は慌てて『仕事が一段落したから、休憩がてら歌って踊ってリフレッシュしていた』のだと説明した。



 ああ、ビックリした……お店の悪評に悩むあまり、ついに変な儀式に手を染め始めちゃったのかと思ったよ。


 そして、リズム音痴なとこまでそっくりなんですね……。



 軽く気まずい空気になったけれど、気を取り直して僕達は勝手に侵入したことを詫び、事の経緯を話した。僕とハルカが付き合っていることも、含めて。



 半信半疑といった感じではあったものの、二人は『これから一週間の間に、店でカップルが別れなかったら信じよう』と言ってくれた。


 ついでに、僕達が恋人同士だということも、安全だとわかるまでは秘密にしておくことになった。




 そして――――店長達の不安は杞憂に終わり、何事もなく一週間は過ぎた。




 僕とハルカが恋人だと知った時の皆の反応は、それはそれは凄まじかった。


 ショートヘア女子の真木まきさんは失神し、チャラ男バイトリーダーの森崎もりさきくんの顎が外れ、ニコイチギャルの二上ふたがみさんと一之瀬いちのせさんは揃って号泣し――――カオス・オブ・カレルのカレル・オブ・カオスだった。




 けれど、すんなりと受け止めてくれた人もいる。




結城ゆうき殿と芳埜よしの殿なら、お似合いのカップルでござるよ」


「異能者と魔王というカップリングなど、今時はそう珍しくないでござるからな」



 焼鳥を口に運びながら、板垣いたがきさんと君枝きみえださんは頷き合った。



「でしょ? なのに皆、あんなにビックリするなんて……あたし、そんなにリョウくんに相応しくないのかな、って軽く落ち込んじゃった」



 サラダを取り分けていたハルカが、形良い唇から溜息を漏らす。


 いやいや! 逆ですよ、逆。

 僕が魔王……じゃなくて、ハルカに相応しくなさすぎるから、その落差によって時空と次元に歪みが生じて、カレルに阿鼻叫喚地獄を召喚してしまったんですよ!!



「まあ、結城殿は能力者として稀有なる才能を持っておられるからな。よもや『イービル・サイト』を超える『セイント・イービル・サイト』の保持者とは……流石の拙者も気付かなかったでござる」


「落ち込むでない、芳埜殿。これから精進すれば良いのじゃ。『セイント・イービル・サイト』を持つ者には、恐らく過酷な宿命が待ち受けておる。伴侶となりたいのであれば、お主も鍛錬を怠るでないぞ」



 やめて! 彼女の向上心を煽らないで!


 これ以上魅力的になられたら、ますます肩身が狭くなるじゃないか!!


 それに、これ以上強くなられても困る! 彼女を守りたいって思ってるのに、更に守られるばかりになっちゃうじゃん!!



 ちなみに、一応といった感じだけれど……二人は僕の能力を信じてくれるようになった。



 廃神社に置き去りにした件をぎゃんぎゃんと責め立てられたので、『虫を運んできたのは憑いてるデブカワ猫とブサカワ犬だ』と伝えたのだ。ついでに『あまり会いに来てくれないと寂しがってるから、近い内に墓参りに行ってあげてほしい』とも助言した。


 やはり彼らにとって、その動物達はとても大切な存在であったらしい。


 おかげでそれ以来、おかしな風に僕のことを崇めるようになってしまった。



 でもその厨二病丸出しな命名は、どうにかしてほしい。厨二病じゃないのに、厨二病みたいなんだもん……。



 現在、僕達四人は以前キッチンメンバーで歓迎会をした焼鳥屋さんに来ている。


 大狂乱となった交際発表の後、僕から板垣さんと君枝さんの二人をお誘いしたのだ。



 その目的は、二人にこれまでの非礼をお詫びすること。


 できたら、これからも良き先輩として慕わせていただきたい、と頭を下げてお願いし、誘ったのはこちらだからと奢りを申し出た――のだけれども。



「否、我々が出すでござる。年下の『友』は初めて故、年上らしいことをしてみたいのでござる。慕うも何も、我らの仲ではないか。気にせず存分に甘えるが良い」


「そうじゃ、我らの間に堅苦しいことはナシでござる。結城殿は一人暮らしで色々と大変じゃろう? 食うに困ることなどあれば、いつでもこの『友』に頼りなされ」



 二人はそう言って、ペラい胸とプヨった胸をそれぞれ張ってみせた。




 二人の口から『友』という言葉を聞いたその瞬間――――僕は不覚にも泣きそうになってしまった。




 ずっと諦めていた『友人』。

 でも、ずっとほしかった『友人』。




 友達とワイワイ他愛もないことで笑い合うという、皆にとっては当たり前の――けれど僕にとっては手の届かない憧れでしかなかった夢。


 それが、今ここに叶った。


 こんな嬉しいことが自分の身に起こるなんて、それこそ夢みたいで…………僕は涙を堪えながら『ありがとうございます』と答えるだけで精一杯だった。



 この二人となら、きっと仲良くやっていける。



 僕の力の影響を受けない、というだけじゃなく、心から尊敬できる素敵な人達だから。



 それに。



「ちょっと芳埜殿! それは拙者のせせりでござる!」


「またオーダーすればいいでしょ。肝スモールな上に、器もスモールなの?」


「あー! 拙者のぼんじりまで! ひどいでござるーー!!」


「うるっさいなぁ。もうキッチンでゴキブリ出ても退治してやんない」


「おおっと、芳埜殿! 遠慮せず、どんどん食べてくだされ!」


「喜んで追加いたしますぞ! 何をお召し上がりになられるでござるか?」


「じゃ次は『串揚げ盛り合わせ』いってみよっか? 皆で食べよ!」


「御意ーー!!」



 と、まあこんな感じで、彼女とも上手く付き合ってくれそうだし。


 ハルカも、何だかんだ言いながら二人のことを気に入ってるみたいだからね。




 今夜もその店の厨房では、ニワトリさんの霊達が楽しそうに踊っていた。






 カレルの不本意な別名『レストラン・ワカレル』は、それからあっという間に消え去った。


 代わりに『レストラン・スカレル』なんて呼ばれるようになり、パワースポットとして人気を集めつつある。



 というのも、『恋が実る』『夢が叶う』という口コミが拡散したせいだ。



 そういうのが好きなのって、大抵は女の子だよね?


 しかし――――来店されるお客様には、男性も多かったりする。



 どうやら『どんなショボ男でも可愛い彼女ができる』『趣味の合う友達ができる』『特にヒラメ顔にご利益がある』などといった、やたら具体的な噂が広まっているようで。




 『レストラン・カレル』の御利益を信じるか信じないかは、あなた次第。


 もし通りかかることがあれば、試しに一度来店してみてはいかがでしょう?



 もちろん、カップルも大歓迎ですよ!






【働く者、恋すべからず】了



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