働く者、恋すべからず(結)
するとそこには――――爆音で流れるヴィジュアル系ロックバンドの音楽の中、激しく頭を振りたくりながら雄叫びを上げるツイン・コロボックル……いや、店長と副店長の姿が!
凍り付く僕とハルカに、二人は慌てて『仕事が一段落したから、休憩がてら歌って踊ってリフレッシュしていた』のだと説明した。
ああ、ビックリした……お店の悪評に悩むあまり、ついに変な儀式に手を染め始めちゃったのかと思ったよ。
そして、リズム音痴なとこまでそっくりなんですね……。
軽く気まずい空気になったけれど、気を取り直して僕達は勝手に侵入したことを詫び、事の経緯を話した。僕とハルカが付き合っていることも、含めて。
半信半疑といった感じではあったものの、二人は『これから一週間の間に、店でカップルが別れなかったら信じよう』と言ってくれた。
ついでに、僕達が恋人同士だということも、安全だとわかるまでは秘密にしておくことになった。
そして――――店長達の不安は杞憂に終わり、何事もなく一週間は過ぎた。
僕とハルカが恋人だと知った時の皆の反応は、それはそれは凄まじかった。
ショートヘア女子の
けれど、すんなりと受け止めてくれた人もいる。
「
「異能者と魔王というカップリングなど、今時はそう珍しくないでござるからな」
焼鳥を口に運びながら、
「でしょ? なのに皆、あんなにビックリするなんて……あたし、そんなにリョウくんに相応しくないのかな、って軽く落ち込んじゃった」
サラダを取り分けていたハルカが、形良い唇から溜息を漏らす。
いやいや! 逆ですよ、逆。
僕が魔王……じゃなくて、ハルカに相応しくなさすぎるから、その落差によって時空と次元に歪みが生じて、カレルに阿鼻叫喚地獄を召喚してしまったんですよ!!
「まあ、結城殿は能力者として稀有なる才能を持っておられるからな。よもや『イービル・サイト』を超える『セイント・イービル・サイト』の保持者とは……流石の拙者も気付かなかったでござる」
「落ち込むでない、芳埜殿。これから精進すれば良いのじゃ。『セイント・イービル・サイト』を持つ者には、恐らく過酷な宿命が待ち受けておる。伴侶となりたいのであれば、お主も鍛錬を怠るでないぞ」
やめて! 彼女の向上心を煽らないで!
これ以上魅力的になられたら、ますます肩身が狭くなるじゃないか!!
それに、これ以上強くなられても困る! 彼女を守りたいって思ってるのに、更に守られるばかりになっちゃうじゃん!!
ちなみに、一応といった感じだけれど……二人は僕の能力を信じてくれるようになった。
廃神社に置き去りにした件をぎゃんぎゃんと責め立てられたので、『虫を運んできたのは憑いてるデブカワ猫とブサカワ犬だ』と伝えたのだ。ついでに『あまり会いに来てくれないと寂しがってるから、近い内に墓参りに行ってあげてほしい』とも助言した。
やはり彼らにとって、その動物達はとても大切な存在であったらしい。
おかげでそれ以来、おかしな風に僕のことを崇めるようになってしまった。
でもその厨二病丸出しな命名は、どうにかしてほしい。厨二病じゃないのに、厨二病みたいなんだもん……。
現在、僕達四人は以前キッチンメンバーで歓迎会をした焼鳥屋さんに来ている。
大狂乱となった交際発表の後、僕から板垣さんと君枝さんの二人をお誘いしたのだ。
その目的は、二人にこれまでの非礼をお詫びすること。
できたら、これからも良き先輩として慕わせていただきたい、と頭を下げてお願いし、誘ったのはこちらだからと奢りを申し出た――のだけれども。
「否、我々が出すでござる。年下の『友』は初めて故、年上らしいことをしてみたいのでござる。慕うも何も、我らの仲ではないか。気にせず存分に甘えるが良い」
「そうじゃ、我らの間に堅苦しいことはナシでござる。結城殿は一人暮らしで色々と大変じゃろう? 食うに困ることなどあれば、いつでもこの『友』に頼りなされ」
二人はそう言って、ペラい胸とプヨった胸をそれぞれ張ってみせた。
二人の口から『友』という言葉を聞いたその瞬間――――僕は不覚にも泣きそうになってしまった。
ずっと諦めていた『友人』。
でも、ずっとほしかった『友人』。
友達とワイワイ他愛もないことで笑い合うという、皆にとっては当たり前の――けれど僕にとっては手の届かない憧れでしかなかった夢。
それが、今ここに叶った。
こんな嬉しいことが自分の身に起こるなんて、それこそ夢みたいで…………僕は涙を堪えながら『ありがとうございます』と答えるだけで精一杯だった。
この二人となら、きっと仲良くやっていける。
僕の力の影響を受けない、というだけじゃなく、心から尊敬できる素敵な人達だから。
それに。
「ちょっと芳埜殿! それは拙者のせせりでござる!」
「またオーダーすればいいでしょ。肝スモールな上に、器もスモールなの?」
「あー! 拙者のぼんじりまで! ひどいでござるーー!!」
「うるっさいなぁ。もうキッチンでゴキブリ出ても退治してやんない」
「おおっと、芳埜殿! 遠慮せず、どんどん食べてくだされ!」
「喜んで追加いたしますぞ! 何をお召し上がりになられるでござるか?」
「じゃ次は『串揚げ盛り合わせ』いってみよっか? 皆で食べよ!」
「御意ーー!!」
と、まあこんな感じで、彼女とも上手く付き合ってくれそうだし。
ハルカも、何だかんだ言いながら二人のことを気に入ってるみたいだからね。
今夜もその店の厨房では、ニワトリさんの霊達が楽しそうに踊っていた。
カレルの不本意な別名『レストラン・ワカレル』は、それからあっという間に消え去った。
代わりに『レストラン・スカレル』なんて呼ばれるようになり、パワースポットとして人気を集めつつある。
というのも、『恋が実る』『夢が叶う』という口コミが拡散したせいだ。
そういうのが好きなのって、大抵は女の子だよね?
しかし――――来店されるお客様には、男性も多かったりする。
どうやら『どんなショボ男でも可愛い彼女ができる』『趣味の合う友達ができる』『特にヒラメ顔にご利益がある』などといった、やたら具体的な噂が広まっているようで。
『レストラン・カレル』の御利益を信じるか信じないかは、あなた次第。
もし通りかかることがあれば、試しに一度来店してみてはいかがでしょう?
もちろん、カップルも大歓迎ですよ!
【働く者、恋すべからず】了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます