働く者、恋すべからず(七)
僕の隣に腰を下ろすと、副店長――髪の分け目が左側の方だと教えてもらいました――はドリンクと焼鳥数種をオーダーし、改めて乾杯してからポツポツと話してくれた。
「もう何年前になるかな……ある男の子が、カレルで働いていたんだ」
「拙者の記憶では、確か六年前でござる」
「名は
副店長の許可を得たおかげで、
「そうそう、臼井くん。その臼井くんっていう子は大人しくてあまり人と話すのが得意じゃなくて、ちょっと
「結城殿は、大人しくなどありませぬ! 影に生きる孤独の戦士なのでござる!」
「そうじゃそうじゃ! こう見えて、立派な厨二病の能力者であらせられるのですぞ!!」
もうホントやめて……お願いだから黙ってて!
話の腰をボキボキへし折らないで!
副店長はチョビ髭ごと軽く顔を引き攣らせ、無理矢理作りました感満載の笑顔を貼り付けた。
「ああ、そうなんだ……ごめんね、訂正するよ。結城くんに少しも全くちっとも全然似てないけど、とにかくそういう子がいたんだ」
副店長も、取ってつけたようなフォローしなくていいです! 余計凹みます!!
その臼井くんとやらは、存在感こそ希薄だったものの、勤務態度は真面目で、数ヶ月間は問題なく働いていたそうだ。
ところがある日、彼から思わぬお願いをされたのだという。
「私とニイやん……えっと、兄である店長に『キッチンからホールスタッフに変えてほしい』って頭を下げてきたんだ」
板垣さんと君枝さんの二人とソリが合わなかったのかと思ったら、そうではなかった。
「その日は忙しくてホールが回らなくてね。彼にお願いして、何度か客席に料理を運んでもらったんだ。ところが、そこで……お客様として来ていた女の子に、一目惚れしてしまったと打ち明けられて」
彼女に会いたい、彼女に近付きたい、彼女と話すきっかけが欲しい、彼女に存在を認識してもらいたい――身を焦がさんばかりに燃える熱い恋心に任せ、臼井くんは渋る店長と副店長を必死に説き伏せて、ホールスタッフとなった。
「でもやっぱり、彼にはホールなんて向いてなかった。人と接することが苦手なタイプの子に、ホールの仕事は酷だよ。最初はダメでも徐々に慣れていくパターンの子もいるけれど……臼井くんは、時間が経っても慣れられなくて、クレームをつけられた時もあった。本当に可哀想だったよ」
見兼ねてキッチンに戻るよう説いたこともあったが、彼は頑として聞き入れなかったそうだ。
「それで……例の女の子、とはどうなったんです?」
僕が尋ねると、副店長は大きく溜息をついた。
「常連さんというほど頻繁ではなかったようだけれど、何度か来店してくれて、会うことは叶ったようだ。しかし彼の性格じゃ、話しかけることもできなかったみたいでね……」
そこで、重い沈黙が落ちる。
副店長は溜息と共に、ゆっくりと言葉を吐いた。
「暫く経って……その彼女が、彼氏と一緒に店に来たんだそうだ。ホールにいたニイやんが言うに、間に入る隙などないくらいラブラブな雰囲気だったらしい。臼井くんはそれを一目見た瞬間、店を飛び出して……そして…………」
「…………その日の内に、亡くなったのでござる」
「…………自宅アパートで首を吊って、自殺したそうでござる」
言い淀む副店長に代わり、板垣さんと君枝さんが続ける。
そして、その日から、カレルではカップルが別れるという事案が頻発するようになった。
もしや臼井くんの霊が浮かばれず彷徨っているせいでは、と考え、お祓いもしたそうだ。
しかし効果はなく、何の対処もできないまま――今に至る。
「私達が思い当たることといったら、臼井くんのことだけなんだ。これまでにアルバイトを何人も雇ったけれど、お客様とトラブルを起こしたり、従業員同士で問題を起こしたりするような子はいなかった。土地に曰くがあるかもしれないと思って調べたこともあったよ。でも、何もなかった。私達だって、変な噂が流れてるのは理解している。しかし、お手上げなんだよ。私もニイやんも、正直参ってるんだ……」
副店長が、しょんぼり項垂れる。
臼井くんが亡くなった時期からカップル破局率が急上昇したというのなら――――やはり、無関係ではないように思う。
でもオバケが見える僕の目に、彼の姿は映らない。
何でなんだ?
非常に非常に非常に申し訳ない想像だけど、臼井くんは清らかな身のまま亡くなったがために、そのせいで僕にも捉えられないほどの高位の存在になることができた……とか?
だとしたら、まさにハルカの言った通り、正体は『恋の貧乏神』…………って、そんなわけあるかーい!
DTが死後の世界でそんなに高評価高待遇されるなら、僕だって神様になれちゃうよ! 貧乏神か疫病神だろうけど、僕がなれるくらいなら、この世界は神様だらけになっちゃうよ!!
となると臼井くんの死と事象が起こる時期が重なったのはただの偶然で、他に原因があるのかな?
う〜ん、せっかく情報いただいたのに、どうも微妙に噛み合わない。
はぁ……コビガ捜索の道は険しそうだ。ハルカと情報交換して、また方針を練らなきゃ。
「さ、暗い話はもうやめよう! 結城くん、お店のことを心配してくれてありがとうね。気持ちだけで嬉しいよ。今日は私の奢りだから、たくさん食べて。ここの焼鳥、美味しいんだよ〜。結城くんは、板垣くんや君枝くんと違って、これから彼女と会うかもしれないもんね。だったら、精力つけなきゃ!」
副店長の元気の良い声に僕は顔を上げ――たけれど、すぐにまた俯いた。せ、精力なんて……そんなそんなそんな!!
「そうじゃ! 今度は結城殿の奥方について、とくと語っていただこう! さあ、我らに聞かせるでござる!」
「どんな方なのじゃ? 一次元か? 四次元か? もしや……能力で生み出した脳内嫁というオチではあるまいな!?」
ひい! ここぞとばかりに痛いところ突いてきた!!
ま、まだ奥方でも嫁でもないし、そうなったらいいな〜とは思ってるけど思ってるだけだし、何より一次元でも四次元でもないんだけど…………しかし、残念ながら今は紹介するわけにはいかないのだ!
しかし懸命に話題を逸らそうとしても彼らは全然引いてくれず、挙句の果てに『実在するなら紹介してみせろ』とまで言ってくる始末。
なので僕は興奮する二人を説得することは諦め、副店長に勧められるがまま、ひたすら焼鳥を食べた。
小ぢんまりとしていて狭く、あまり綺麗なお店ではないけれど、カウンター席の向こうに見える厨房でニワトリさん――の霊達が、焼き上がる度に飛び跳ねながら喜んでいるだけあって、どの串もとても美味しかった。
歓迎会の後は、僕の家でハルカと本日の成果を発表し合った。
彼女の方は、ほとんど情報を得られなかったらしく、『こんなことなら、キッチンチームの歓迎会に行くんだった』とぼやいていた。
しかし代わりに、同じホールの女の子達から『カレルの常連さんに恋をしているのに、声をかけられない』だとか『彼氏がカレルに来たがっているけれど、断り続けているせいで、あらぬことを疑われて辛い』だとか、そういった恋愛禁止縛りによる悩みを打ち明けられたそうな。
おかげで元々燃え盛っていた心に、更に油を注がれたようで、
「コビガ、絶許! コビガ、絶命! コビガ、絶滅!」
と、討伐の決意を新たにしていた。
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