働く者、恋すべからず(六)

「お疲れでござったな、結城ゆうき殿」

「ようやったでござる、結城殿」

「ありがとうございます……」

「では乾杯でござる!」

「乾杯でござーーる!」

「か、乾杯、で、ござる、です……」



 木製のテーブルの上で、僕は目の前に座る板垣いたがきさんと君枝きみえださんに促されるがまま、グラスを打ち付けた。


 三つのグラスの中身は、お酒ではなく烏龍茶。僕は未成年だし、二人共あまりお酒が好きではないそうなので。


 本日の勤務が終わると、僕は板垣さんと君枝さんの三人で、近所の焼鳥屋さんに来ていた。

 歓迎会を開いてくれると言われて、断り切れなかったのだ。


 ちなみにハルカも、現在歓迎会に出席中。ホールはホールスタッフで、キッチンはキッチンスタッフで別々に開催するんだって。


 その理由は、僕にもわからなくない。


 ディナータイムのキッチンスタッフは、メインがこの二人。対してホールの方は、イマドキ風のイケメンやキラキラ系の女の子ばかりなんだもん。


 どちらも『職場で恋人を作る気はありません』という点は同じ。


 でも、あちらは『恋人います&いないけれど今はいいかなって感じ』グループ。

 こちらは『恋人できません&できないけれど二次元があるから一生いいかなって感じ』グループ。


 挨拶や仕事に関する内容以外で言葉を交わしているのを見たことないし、タイプが違いすぎて相容れないんだろう。



 店長と副店長は、まだ仕事が残っているということで遅れて合流するそうだ。店長はホールグループの方へ、副店長はこちらのキッチングループの方に来てくれるらしい。



 それまでに、やらなくてはならないことがある。



 ハルカがすんなり僕と別々の歓迎会に行ったのは、『コビガに関する情報収集』のためだ。


 僕が『期間が限られているんだから、別行動で調べた方が効率的だ』と伝えたところ、彼女は素直に頷いてくれた。多分、今日のあの出来事が相当堪えたんだと思う。


 僕がホールに出た時は既に姿がなかったけれど、あの男性の彼女さんはこの世の終わりのような顔で号泣しながら出て行ったそうだ。それを間近に見ていれば、いたたまれない気持ちになるのも仕方ない。ハルカは本当に純粋で優しい子だから……純粋すぎて、行き過ぎるところもあるけど。



 聞けば、板垣さんと君枝さんの二人は、今いるスタッフの中で最も長く勤めている古参だという。


 それならきっと、有益な情報が聞き出せるに違いない…………のだけれど。



「結城殿は十九になるのでしたかな? ならば神アニメ『マジカルサムライっ☆キュンプリうぉーりあ』は、ちょうど世代でござるな? お主の推しはどなたじゃ?」


「板垣殿、何たる愚問! 『キュンプリ』の推しは、ヒロイン『輝夜てるやはあと』嬢以外にあるまいて。『キラメキ所以ゆえん、トキメキ支援しえん、斬り捨て御免ごめん、マジカルミラクルオラクルのもと、サムライうぉーりあが成敗いたすでござるん!』の決め台詞を超える作品にはなかなか出会えませぬな〜」



 …………どうしよう。怒涛の勢いで推しアニメの話が始まってしまった。


 二人のおかしな言葉遣いは、その『キュンプリ』とかいうアニメに影響されてるんだってことは何となく理解できた。



 でも欲しいのは、そんな情報じゃないの!



「あ、あの、僕、アニメって殆ど知らないんです。ウチにはテレビもないので……すみません……」



 仕方なく謝って、この話を終わりにしようとしたけれど、そうは問屋も板垣さんも君枝さんも卸さない。



「何故でござる! さては貴様、壮絶なまでに厳格な家庭で育ったのか!? テレビは害悪だと言い聞かされ、その思想に身も心も染まってしまったのか!?」


「ならば、板垣殿と同じでござるな! だが板垣殿は決して屈することはなかったのじゃ! 拙者と共に、初等部の頃から『うぉーりあ』への道を極めんと、日々切磋琢磨したのじゃ!」



 更に二人は、長い付き合いである幼馴染だということもわかった。



 だーかーらー! そういう情報はいらないんだってば!!



「…………あの、お二人はおいくつなんですか?」



 とにかく話題を変えようと、今度は僕の方から質問してみた。



「二十ニでござる」



 二つの声が、見事に重なる。


 え、ウソ……僕と四つほどしか違わないの!? 老けて見え……じゃなくて、大人っぽく見えるから、もっと年上だと思ってた!!



「え、えっと……お二人は毎日シフトに入っていらっしゃいますけれど……カレルで社員になる、予定はないんですか?」



 驚きを隠しつつ、また質問を繰り出す。


 ちょっと不躾なこと聞いちゃったかな? 怒られちゃうかな? とビクビクしていたら。



「なりたいのでござるが、残念ながらまだ学生の身なのでな。おっと、留年したのではないぞ? 拙者、大学院生なのでござる」


 と、板垣さん。


「拙者も同じく。だが調理師免許を取得した上で、カレルに心血を注ぎたいと思うておる。なので大学院卒業後は、専門学校に通うつもりなのでござる」


 と、君枝さん。



 …………フリーターじゃなかったの!?

 何て失礼なことを言ってしまったんだ!!



「すすす、すみません! すごく仕事ができるから、つい勘違いしてしまって!」



 慌てて頭を下げたけれど、二人はからりと笑い飛ばした。



「良き良き。苦しゅうない、面を上げい」


「そうじゃ。我らと結城殿の仲ではないか」



 本当に良い人達だ。


 けれど……その仲とやらが進展する予定はない。



 そうだ、どうせなら――――ここでしっかり、釘を刺しておこう。




「…………実は僕、小学生の時に両親を事故で亡くしてるんです」




 突然の暗い告白に、二人の笑い声が止まる。



「一緒に乗っていた車で……僕だけ助かったんです。身寄りがなかったから、その後は施設に引き取られました。でも、そこで馴染めなくて、いつも一人で部屋に篭ってたんです。テレビは皆との共用スペースにしかなかったから、殆ど観たことありません。そのせいで、アニメも全然知らないんですよ」



 よし、うまくドン引いてくれたようだ。


 しかーし、まだまだこれから!

 更にドンドドドーンと引いていただきますよ!




「それと…………僕、オバケが見えるんです」




 はい、ここで大爆弾投下ーー!!




「両親を失ったショックなのか、事故の後遺症なのかはわかりません。けど病院で目が覚めてから、見たくなくても見えてしまうようになったんです。しかもね、この能力……僕の近くにいるだけでも影響されちゃうんですよ」




 二人は唖然とした顔で固まっている。



 うん、そうなるよね……。



 って、バカ! 何を落ち込んでるんだ?

 引いてくれなきゃ困るんだろ!?



 自分を叱咤して、僕は言葉を続けた。



「中には酷い姿のものもいます。二度と忘れられないほどの恐怖を味わうことも。そんな思いをしたくないなら……もう、僕に近付かないでください」



 僕の言ったことを二人が信じようと信じまいと、どちらでも構わない。


 信じるならば『いたずらに恐怖を振り撒く迷惑な奴』、信じないならば『イタい妄言を吐く不気味な奴』というレッテルを僕に貼って、これからは関わらないようにするだろう。




 ――――しかし。




「…………なるほど、結城殿は『そちら方面』だったでござるか」



 暫しの沈黙の後に、君枝さんが漏らした言葉は、僕にとって全く理解不能なものだった。


 けれど板垣さんはピンときたようで、眼鏡の奥の細い目を見開く。



「バカな……『能力者』、だと? 邪を見通す瞳の持ち主、『イービル・サイト』がよもや我らの前に現れるとは……!!」


「落ち着くのじゃ、板垣殿。奴はまだ、人の心の狭間で揺れ動いておる。しかも、我らに助言までした。奴ほどの能力者なら、滅する気であれば、とうに始末されていたであろう」


「ふむ、それをせずに己が正体を明かした…………ということは、つまりっ! 彼は、孤独の淵から我らに救いを求めているのでござるな!?」



 えっ?

 え……ええっ!?



「あの、イービル……何でしたっけ? いや、それはいいんですけど、何か誤解して……」



 向かい側で盛り上がる二人に、僕は恐る恐る声をかけた。



「結城殿、恥じることはない! 老若男女、人類平等、皆誰しも心に『特別な力』への渇望を宿しておるのじゃ!」


「そうとも! そして、厨二病は永遠! 中二を過ぎても、いくつになろうとも、厨二病は常に心に在るものなのでござる!!」




 ちゅう、に……?


 厨二病ぉぉぉぉぉぉ!?




「ちょ、待っ……違……」


「いやぁ、結城殿との共通の話題がやっとできましたな!」


「しかし『能力者』で攻めてくるとは……なかなかレベルが高い!」



 違うってば!

 何でそんな変な方向にぶっ飛んじゃうの!? 



「厨二病じゃないです! 本当のことなんです! そのせいで困ってるんですっ!!」



 必死に弁明すると、二人はこちらを向き、急に真顔になった。



「その慌てっぷりから窺うに……何やら重大な危機が迫っておるのでござるな?」


「是非聞かせてくれ。我らも『うぉーりあ』の一員、出来る限り助太刀いたす!」



 ねえ、まだ『能力者ごっこ』のつもりだよね?



 もういいや…………誤解は後で解くことにして、必要なことを優先しよう。




「ずっと聞きたかったんですけれど……カレルでは、何故カップルが別れてしまうんですか? ちょっと、偶然にしては多すぎるって噂を聞いたんです」




 途端に、二人の表情がわかりやすいくらいに強張った。思い当たることがある証拠だ。


 あまり口にしたくなさそうな雰囲気だけど……ええい、気にせず突っ込んでしまえ!



「『おかしなモノが見える』僕の目でも、原因は全く掴めませんでした。けれど今日、そのカップルを間近にした時、得体の知れない異常な空気を感じたんです」



 板垣さんと君枝さんは、互いに視線を送り合いながら逡巡している。



「お二人は長く働いていると聞いています。何か知っているなら、どうか教えてください! 僕はそれを解決して、悪評に悩むお店を助けたいんです!」



 さっきまであんなにノリノリで喋ってたのに、どちらの唇も固く閉ざされたまま、開かれることはなくて――。




「…………わかったよ。私が教えよう」




 静かな声に振り向くと、そこにいたのはシャツとデニムに身を包んだ、チョビ髭の可愛い――――副店長? それとも、店長?


 ああもう!

 ユニフォームで区別してたのに、私服になるとどっちがどっちだか区別つかないよ!


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