誰が為に夜景は輝く(四)

 時刻は午後六時過ぎ。予定より早く目的地に着いたため、せっかくだからとあちこちを散策してから、お祭り会場である大きな公園へやって来た――のだけれども。



「わあ、結構人が多いね……リョウくん、大丈夫? 人混み、苦手だよね?」



 ハルカの言う通り、お祭りが開催されている公園にはたくさんの人が集い賑わっている。ゴールデンウィークだし、ある程度の混雑は予想していたけれど……大した目玉もないお祭りだから、と高を括ってたよ! ここまで人が多いなんて!


 駐車場から公園に向かうところからぞろぞろと歩く人の群れを目にした時点で、僕は軽く怖気づいてしまっていた。


 僕にとって、人混みは鬼門だ。


 人が多ければ多いほど、『そういうモノ』も釣られて寄ってくる。人と同じく、数が増えれば質の悪いモノに遭遇する確率も上がる。『見えるだけで何もできない』僕は、そんなモノ達には格好の餌食にされる。



「これだけ人がいたら、オバケもたくさんいる……かもしれないんだよね? リョウくん、無理しなくていいんだよ?」



 ハルカは、僕の能力のことを知っている。だから、おかしなモノに憑かれやすい僕を心配してくれている。


 うん、心配してることに違いはないんだけど、ちょっと方向性がおかしくて――。



「何たって、リョウくんはオバケにもモテモテなんだもん。人間の女だって面倒臭いのに、わからず屋ばっかりのオバケ相手にいちいちお断りしてたら、リョウくんの身が持たないよ。聞き分けない粘着クソ虫は問答無用でぶん殴ってやるけど、数が多いと一撃必殺の技巧が要求されるから、あたしもちょっと不安だなぁ……」



 まあ、ある意味モテてるのかもね。全く少しもちっとも嬉しくないけど。


 ……ねえ、一撃必殺って何? ちょっと不安って、ちょっとだけなの?


 いやいや、そんなことより!



「ぼ、僕はハルカがいてくれるなら……大丈夫、だけどさ。でも僕の側にいたら、ハルカにも『見えちゃう』かもしれないんだよ? 怖いモノとか、不気味なモノとか……」



 僕のこの力は、周りにも多少の影響を与えてしまう。

 霊が密集している場所でずっと側にいると、ハルカに嫌な思いをさせてしまう危険性が高い。


 ハルカは零感だからそれほど見えない……と信じたいけれど、この力は自分ではコントロール不可能なのだ。僕には、それが何より心配だった。


 しかしハルカは不思議そうに小首を傾げ、逆に問いかけてきた。



「うん、わかってるよ? 今までにも何回か見たし、それに見えなきゃ張り倒せないでしょ? それとも、何ぃ……? あたしが見えないならぁ、それをいいことにぃ……美人幽霊と浮気するつもりだった、とかぁ…………?」



 ひい! 闇ハルカのお出ましだ!!



「ちちち違うよ! 変なモノ見て、ハルカが怖がらないか心配だったんだよ! そのせいで、僕の側にいたくなくなっちゃうかもって……」



 慌てて説明すると出現しかけていた闇ハルカは消え、光ハルカが戻ってきてくれた。



「なぁんだ、そんなこと気にしてたの? あたし、オバケくらいなら全然平気だよ! 怖い姿で驚かせて、あたしっていうライバルを追い払おうとしてるんだろうけど、キレたママより怖いものなんて見たことないもん。あたしは恐怖とショックで熱出して寝込むくらいで済んだけど、パパは心身やられて一ヶ月くらい入院したなぁ。オバケ達も怖さ追求したいなら、ママ見習えばいいんだよ。キレさせた瞬間、見習う間もなく殺されると思うけどね」



 うわぁ……レイさんもキレたらすごいのか。血は争えないなぁ。


 にしても剛真ごうしんさんを一ヶ月入院させたって、どんだけーー!?



「リョウくん、あたしの心配なんてしなくていいからさ…………あたしだけを見てて?」



 僕達が立つ公園の入口からは、こうしている間にも続々と人々が入っていく。もちろん、人でないものも生きていないとわかるものも、たくさん。


 けれど僕を見つめながら、ぎゅっと手を握ったハルカにそう言われた瞬間、霊による陰の気を受けて重く澱みかけていた心が嘘みたいに晴れた。


 何を隠そう、ハルカには『強力な守護霊』が憑いている。


 本人にはまるで自覚がないけれど、僕の力でも見えないくらいの高レベルの霊に常に守られているのだ。だからハルカの側にいれば、変なモノに襲われる心配はない。



 でも心がこんなにも元気になったのは、その御加護バリアの影響じゃなくて、ハルカの気持ちがすごく嬉しかったからだ。



 って、待って。今のハルカの言葉、僕が考えた最強の決め台詞に似てない?


 やばい、パクりだと誤解されないよう直さなきゃ!

 いや、待てよ? 敢えてそのままにして『あの時の言葉に対するアンサーなのね』と思わせるのもクールかも?


 よし、インスパイアもしくはオマージュの方向で行こう!



 高速でそこまで考えると、僕はハルカの手を握り返して頷いた。



「うん、ハルカだけ見てる。僕はいつでも、ハルカしか見てないよ」



 やったーー! 噛まずにカッコ良く言えたーー!!



「やだ……リョウくん、いつもよりカッコイイ……! どうしよう、好きすぎて顔見られなくなっちゃったよぅ」



 今のドヤ顔も凄まじく不細工だっただろうに、彼女は恥ずかしそうに俯いて軽く身悶えした。頬が紅色に染まっているのは、沈みかけた夕陽だけのせいじゃないだろう。


 それを横目に見ながら、僕は鼻の穴をフンスフンスと膨らませ、湧き上がる興奮を抑えた。


 いける、いけるぞ……この調子ならいける!

 最終目標のロマンチックキス、何としても完遂してみせる!!




 ここで開催されているのは、お祭りといっても古くから続く伝統的なものではなく『ゴールデンウィークに皆で集まって楽しく騒ごうぜ』というエンターテイメント的なイベントだ。

 なので、物々しい雰囲気もなければお神輿や獅子舞のような祭りのシンボル的な催し物もない。


 代わりにイベント広場では、アーティストが曲を奏でたり、マジックショーが開催されたり、地元の子供達がダンスを披露したりと多様なプログラムが組まれていた。


 出店も多いので、お腹が空いていた僕達は適当に屋台を回っていくつかの食べ物を購入し、一先ず休憩することにした。



「リョウくんの力、すごく面白いね! どこのお店が美味しいか、すぐにわかっちゃうんだもん。あたしもちょっとだけ見えたけど、お店回ってるだけで楽しすぎて時間忘れそうになっちゃった!」



 空いていたベンチに座り、買ってきた食べ物を改めて眺めると、ハルカは思い出し笑いに頬を緩ませた。


 彼女があーんと僕に突き出してきたたこ焼きは、タコが楽しげに踊っている店で買ったものだ。店主のハゲ親父の頭に吸い付き、墨を吐き散らしてるお店はやめておいた。


 じゃがバターは幽霊が行列を作って並んでいる店で、チョコバナナはお猿さんのグループがウキキーウキキー(多分美味しいよと言ってたんだと思う)と元気に呼子をやってる店で、とオバケ達の行動を基準に選んだんだけど。


「面白い……かな? ずっとこんなだから、面白いなんて思ったことなかったよ」


 お、やっぱり美味しいぞ、このたこ焼き!

 表面はカリッとしているのに中はふんわり、タコも大きくて食べごたえがある。ソースも自家製なのか、甘辛のバランスが絶妙だ!



「そっか、リョウくんにはいつも見えてるんだもんね。でも、あたしは楽しかったよ? あたしが見たのは、リョウくんが見てるもののほんの一部なんだろうけど……それでもリョウくんと同じものを目に映して、リョウくんと同じ世界を共有してるんだなって、そう思ったらすごく嬉しかった」



 あはぁぁぁん! 何ですか、この可愛い生き物は!!


 けしからん! チョコバナナ食べる横顔も非常にけしからん!!


 昨夜観たえっち動画よりえっちじゃないか!!



「あ、リョウくん、ソース付いてる」



 ハルカが顔を寄せて舌でペロリと舐め取ったのは、僕のくちびるの端ギリギリのところ。


 こ、この天使の顔した小悪魔めーー! 何てことするんだーーーー!!


 スキンシップが多いハルカだけど、今日はいつになく大胆なように感じる。


 もしかして、ハルカも期待してる……のか?

 ハルカの方もキス待ちなのか? そうなのか!?



「リョウくん、どうしたの?」

『リョウくん……キスしたいの』



 彼女のくちびるを食い入るように見つめていたせいで妄想を空耳してしまい、たこ焼きを喉に詰まらせて噎せたその時だ。



「ねえ、リョウくん、あれ!」



 たこ焼きによる窒息で天に召されかけた僕を引き戻したのは、ハルカの切羽詰まったような声と――――彼女が指差す方向にいる、ピンクとブルーのバカでかいきぐるみの姿だった。

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