誰が為に夜景は輝く(五)

「ペン太さん、また女の子にデレデレしてましたですの〜。許せませんですの〜。いつものように、ペン子の愛を思い知らせてやりますですの〜」



 無理矢理すぎる女言葉で話すのは、蛍光ピンクのきぐるみ・ペン田ペン子だ。


 低音の声を聞くまでもなく、明らかに中身は男性。だってきぐるみの厚みを考えても、はみ出た足の長さから見て中の人は身長ニメートル近くあるはずだもん。


 おかげで『ちょっぴりおっきめ♡彼女ペンギン』どころのデカさじゃない。全然ちょっぴりじゃないよ……近くで見ると、デカすぎて怖いくらいの迫力なんですけど!



「ペ、ペン子さん………できれば優しく、優しくね!?」



 ペン子よりふた周りほど小さいブルーのきぐるみが、『ちょっぴりちゃらめ★彼氏ペンギン』のペン山ペン太。哀れにも、既に腰が引けて声が震えている。


 そうだよね……いくら仕事でも辛いよね。怖いよね。無駄とわかっていても懇願したくなるよね。


 ペン太に早くも感情移入しながら、僕は最前列でぐっと拳を握った。彼らを見付けてすぐに追いかけたおかげで、最前列というこんな良い場所を取れたんだ。


 今こそ、念願だったペン太くんを応援する時だ!



「ペン子、やっちまえ! 浮気は絶対許すな! 二度と変な気起こさないように、芽生えた浮気心は根こそぎ摘み取って徹底的に叩き潰せぇぇぇ!!」



 僕がエールを送るより先に、隣のハルカが叫んだ。


 うわ、これ僕より感情移入しちゃってる感じじゃない? こっわぁぁぁ……。



「おや、心強い声援をいただきましたねですの。ありがとうございますですの。では、お嬢さんの気持ちにお応えすべく、今日はいつもより激しく厳しくいきますですの」


「えええええ!? ちょバカ、おま……嘘だろぉぉお!?」



 のんびりした口調とは裏腹に、ペン子はペン太の両手を掴むと、すごい勢いで回転し始めた。そしてジャイアントスイングの要領で、掛け声と共に空へと吹っ飛ばす。



「ペン太さんの浮気者〜」

「ぎゃぁあああ!」



 ペン太の身を切る悲鳴。


 デクレッシェンドで遠退いたそれが、落下と共にクレッシェンドで再び近付いてくる。落ちてきた彼を、ペン子は危なげなく受け止めた。

 しかしまた回転からの投擲! これが何度も繰り返される!!



「ペン太さんのえっち〜」

「うわぁあああ!」


「ペン太さんのドスケベ〜」

「いやぁあああ!」


「ペン太さんの女たらし〜」

「ひぃいいいい!」


「ペン太さんのすけこまし〜」

「ふぉおおおお!」


「ペン太さんのバカ〜」

「やめてぇえええ!」


「ペン太さんのアホ〜」

「もういいだろぉぉぉ!?」


「ペン太さんのマヌケ〜」

「ねえもう無理だからぁああ!」


「ペン太さんの……えっと、思い付きませんですの〜。もう何でもいいですの〜」

「良くねえええ! 理由もなく投げるなぁあああ!!」



 いつもよりたくさん投げられているのは、間違いなくハルカが鼓舞したせいだろう。ごめんよ、ペン太……僕の彼女のせいで!


 にしてもペン子、悪口の語彙力なさすぎじゃない?


 きっと普段は、こんな悪口なんて言わないタイプなんだろうな。話し方もどことなく上品だし、プロレスラーじゃなくて、ただ力持ちなだけの心優しい人なのかもしれない。仕事に容赦はないけど。



 ペン子の狂愛乱舞はその後も延々と続き、僕はペン太への申し訳なさに心を痛めつつも、彼らのパフォーマンスを存分に楽しんだ。




「…………では私達は仲直りのタマゴの時間なので、これにてお別れですの」



 足腰が立たなくなったペン太を押し倒し、ペン子が締めの台詞を吐く。すると観客から、嵐のような盛大な拍手が巻き起こった。


 もちろん僕も、精一杯手を叩いて二人の活躍を称えた。特に、大健闘したペン太に向けて。


 この後はいつもペン子がビラ配りを任され、ペン太は退場となる。動けないのだから致し方ない。

 それでも中には、スタッフに付き添われてやっと歩くペン太に『彼氏だけ先に休憩かよ』『浮気したくせに仕事は彼女任せなんて最低』『一人で最後まで頑張るペン子が可哀想』などと心ない言葉を浴びせる者もいた。皆ひどいや……濡れ衣なのに。ペン太が可哀想だよ。


 けれどそれも束の間で、皆の関心はすぐにペン子に移った。ビラを受け取るより握手や撮影目的で、彼女にどっと人が押し寄せる。


 もちろん、ハルカも例外ではない。



 だけど、ここだけは譲れない!



「ハルカ、ごめん! ちょっとトイレ行ってくるから、ここで待ってて!」


「え……リョウくん!?」


「本当にごめん! でも……っ、もう漏れそうなんだ!!」



 我ながら情けないけど、これくらいしかハルカを納得させられる言い訳が思い浮かばなかったのだ。


 僕は繋いでいたハルカの手を離し、人垣をかき分けて急いで目的の場所へと向かった――トイレではなく、スタッフの手を借りてこの場を後にしたペン太の元へ。




 デカいから目立つし、疲労してるから動きは鈍いしで、すぐにペン太には追い付いた。


 しかし声をかけるタイミングがうまく掴めず、僕はストーカーの尾行よろしく、男性スタッフと共に歩く彼と一定の距離を保ちながら、その後ろ姿を追うしかできなかった。


 イベントスタッフ専用ゾーンは、もう目の前だ。このままでは、せっかく来たのにペン太に応援の言葉を伝えることができなくなる。



 言うしかない! やるしかない!



「あ、あのっ! ペン太さん!」



 勇気と共に振り絞った声は裏返っていて、無様としか言いようがなかったけれど――ペン太は足を止め、ゆっくりと振り向いてくれた。


「僕、ペン太さんの大ファンなんです! ペン太さんにはいつも元気をもらってて……あの、僕もペン子そっくりな彼女がいるから、すごく励まされてます! えっと、これからも頑張ってください!」


 そこまで言い終えると、僕は頭を下げた。おかしな行動かもしれないけど、何とかしてペン太に敬意を示したかったのだ。


「え……俺? 俺のファン……? 本当に?」


 ペン太が震え声で問いかける。僕は顔を上げ、大きく頷いてみせた。


「はい! ご迷惑でなかったら、ずっと応援させてください!」


「マジかよ……! こんなこと言われたの、初めてだ……。ありがとう、嬉しいよ! やべどうしよ、涙が……!」


 涙を拭こうと羽だかヒレだかよくわからない手でゴシゴシするも、当然中の人の目には届かず、ペン太は暫くじたじたと身悶えた。そんなへんてこな姿も僕とそっくりだ。


「あの、ごめん。ちょっと待っててくれる?」


 ペン太は僕にそう言うと、イベントスタッフの男性と一緒に、とてとてとスタッフ専用ゾーンに入っていった。


 待つこと十分。ペン太は今度は付き添いなしで一人で……いや一匹で、とてとてと戻ってきた。


「これ、良かったらもらって」


 羽だかヒレだかわからない手で渡されたのは、小さな袋。


「限定のペン子とペン太のキーホルダーなんだ。他じゃ手に入らないプレミアもんだぜ!」


「えっ……そんなすごいもの、いただいていいんですか!?」


 驚いて尋ねると、ペン太はぶりんぶりんと羽だかヒレだかわからない手を振ってみせた。


「いいよいいよ。俺、本当言うとさ、こんな仕事ずっと辞めたかったんだ。知っての通り、俺らペアでやってんのに相方ばっかり人気じゃん? 同じきぐるみで何でこうも違うんだよって、正直腐ってたんだよね。でも君のおかげで、頑張ろうって思えた。俺のこと、ちゃんと見ててくれる人もいるんだなぁって、本当に嬉しくてさ。こちらこそありがとうな」



 ペン太さん……!

 何て優しい人……いや、ペンギンなんだ!!



「ありがとうございます! 大切にします! 今日はペン太さんに会えて本当に良かったです。僕もペン太さんを見習って頑張ります。必ずまた会いに来ますね。あ、では彼女を待たせてるので失礼します!」


「おうよ、またな!」


 僕はペコリともう一度頭を下げてお礼をし、後ろ髪を引かれる思いで憧れのペン太とお別れすると、ダッシュで元居た場所へと向かった。



「…………ペン子そっくりな彼女って、激デブスの化物じゃねえか。何でそんなのと付き合ってるんだか……まぁ、ショボい奴だったもんな。可哀想すぎて、らしくもなくつい親切にしちまったよ」



 ――ペン太が大きな誤解をしていることも、いただいたプレゼントが同情心からの施しであったことも知らずに。



 ――纏わり付いてるオバケにまで『バーカバーカ』『嫌われ者ー嫌われ者ー』とコケにされてるペン太を、逆に憐れみながら。

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