誰が為に夜景は輝く(三)

 目的地は、予め二人で決めておいた。


 メインは、とある場所で開催されているお祭り。

 何故そこを選んだのかというと、ペン子とペン太が活躍の場の中心にしている地域だからだ。


 ペン子ペン太カップルは神出鬼没で、どのイベントに登場するかわからない。けれど彼らの地元の大きなお祭りなら、出現する可能性が高いと考え、期待を込めて行ってみようということになった。


 本物に会えたら嬉しいけれど、見られなくたってお祭りを楽しめばいい。それに、地元ではグッズも売っていると聞いたから、そこで記念にお土産を買おうと思ってる。


 ルートやその他に立ち寄るところについては、僕が入念に下調べをして計画を立てた。


 通過するサービスエリア全ての名物をチェックし、SNSをやっているハルカのために写真映えしそうな景色が見られるポイントもおさえ、お祭り会場近くの駐車場もしっかり確認しておいた。


 ラストは、美しい夜景が見られる場所。


 ここが一番難しくて、人気スポットだとカップルが多くて興醒めしてしまうだろうから、秘密の穴場を必死になって探した。



 僕がどうしてここまで夜景に拘ったのかというと――――キスがしたいのである。



 ファーストキスは、先月済ませた。

 ハルカはすごく喜んでくれていたけれど…………でも僕にとっては、非常に不本意な形となってしまった。


 なので!

 どうしても!

 リベンジしたいのだ!!



 もう一度言う。僕はこのデートで、ハルカとキスがしたい。



 今日のデートの最大の目的は、ペン子ペン太に会うことではなく、キスだ。

 僕が導いたロマンチックなムードの中で、僕の考えた言葉でハルカに愛を囁き、僕の目で彼女のオッケイの意志を確認し、僕の方から彼女にキスをするのだ!


 ちなみに、この夜景調査については、履歴の残らない検索機能を使用させていただいた。ハルカを騙すみたいで申し訳なかったけれど、これもロマンチックなキスのためだ。ついでに、ちょっとえっちな動画も観ちゃったけど……そ、それも健全な男子の嗜みですから!


 キスへの流れはこう。


 お祭り会場を出たら、僕がナビに近道と偽り、夜景へのルートを入力。何も知らないハルカを誘導する。


 ちょっと山道を上ることになるけど、ビューを見た限りでは舗装もきちんとされていて道幅も広く、初心者でも大丈夫そうだった。


 で、ある程度まで来たら降りてみないかと誘い、夜景ポイントへ。


 うっとり見惚れる彼女。ここで出るのが、僕が三日かけて考えた決め台詞!



『この夜景は、僕からのプレゼント。お返しに、夜景よりも美しい貴女の瞳がほしい。その瞳で、僕だけを見つめていてくれないかい?』



 溢れるロマンチックパワーに心蕩けたハルカが頬を赤らめ恥ずかしげに頷き、感激と感動で潤んだ瞳をそっと閉じたところで…………キーーーース!!



 問題は、この長台詞を噛めずに言えるかということだ。昨夜は睡眠時間を削り、ハルカの写真を前にして一生懸命練習したんだけど、本物相手だと緊張して成功率がかなり下がると予想される。トイレで一人になった時にでも、しっかり予習しとかなきゃならない。



 しかし。



「リョウくんのオススメ、買ってきたよ! 本当にこのソフトクリーム、すっごく大きくてビックリしちゃった! 一人一個限定だったから、一緒に食べよ?」


 ハルカのスリルドライブのせいで腰が抜けた僕は、サービスエリアに着いても名物である『ビッグビックリ・ソークルソフト』を求める人々の行列に並ぶこともできなかった。

 そんなヘロヘロの僕をベンチで休ませ、ハルカが一人で並んで買ってきてくれたのである。


 運転で疲れてるのはハルカの方なのに。こんなはずじゃなかったのに。


 僕って本当にダメ彼氏だ……腰が砕けてトイレにも行けなかったから、台詞の練習もし損ねたし。半分気絶してたおかげで、飲み物を全く口にしていなかったことだけが幸いだったよ。


「リョウくん、ソフトクリームと写真撮ろ! あたし、思い出いっぱい残したいんだ!」


 こんなダメ彼氏でも、ハルカ呆れたりがっかりしたりしない。どこまでも明るく優しい。


 彼女のためにも、写真くらいはとびきりの笑顔でキメよう。デートが終わってもこの時のことを二人で思い出し、その時にもまた笑い合えるように。


 体を寄せ合い、巨大なソフトクリームを二人で持ったらハルカのスマホでパシャリ。


 よし、顔面の筋肉を総動員して、最高の笑顔を作ったぞ!


 てことで、ハルカにお願いして、僕も自分のスマホにその写真を送信してもらった。



 ところが!



 三十センチ以上もあるソフトクリームを間に挟み、極上のエンジェルスマイルを咲かせたエンジェル美少女の隣に――――恨み言を呟くかのように口元を引き攣らせ、細く開いた瞼の間から白目を剥いた、青白いヒラメ顔の怨霊が映っているではないか!!




 …………と思ったら、僕だった。




 自分の笑った顔がここまで気持ち悪いとは……自信の笑顔だったのに!


 がっつり落ち込む僕とは裏腹に、ハルカは可愛い可愛いと興奮気味に連呼して、両親にまで写真を送信していた。




 数時間走ると、僕もハルカの運転に慣れてきた。スピードこそ早いものの車間距離はきちんと開けているし、無茶な追い越しもしない。高校三年生の時、一緒に免許を取りに行ったけれど、それからずっとペーパーだった僕なんかより確実に運転が上手だ。


 おまけに生まれて初めての高級車は乗り心地が素晴らしくて、ランチを予定していたサービスエリアに着く頃には、スマホに用意してきたドライブミュージックセレクションを披露する余裕も出てきた。

 ハルカはセンスが良いと褒めてくれて、知ってる歌は二人で歌い、彼女のオラつきを鎮めるためにお喋りも頑張った。


 おかげで、何だか二人の親密度がぐっと上がったような気がする。いいぞ、リョウ! この調子だ!


 到着したサービスエリアでは数量限定という海鮮三昧ランチを食べることに成功し、海が臨めると評判のパーキングエリアでは綺麗な景色と共に写真を何枚も撮り――顔色がマシになっても、僕は相変わらずオバケみたいに不気味な面で映ってたけど――とまあ、とにかく楽しい道程を経て、僕達二人はついにペン子の聖地である某市内に入った。

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