【大学生一年目】

四月の怪

歩きスマホにご用心(一)

 全ての講義を終えて大学を出ると、外は夕焼け色に染まっていた。


 一人で帰るのは久しぶりだ。


 いつもはハルカを家まで送るんだけど、彼女は一時間ほど前に例の新歓コンパに出かけた。そのため、珍しく授業後のお出迎えもなし。

 離れた時には恒例となっている超高速連絡ラリーが少し落ち着いているところを見ると、コンパはもう開始したのだろう。


 といっても、いつもは秒で打ち込んでくるトークが分単位になったくらいだけれども。


 返信が少しでも遅れると闇ハルカが出現するので、スマホをチェックしながら歩いていたら――うっかり人とぶつかってしまった。



「す、すみません! ごめんなさい!」



 僕は慌てて頭を下げた。地面に向けた視線の先には、白いスカートから伸びる赤いハイヒールの細い足。



「ええ……大丈夫です。ねえ……あなたも、お一人? なら私と、ご一緒しません……?」



 文句を言われるかと思いきや、その女の人は予想外の発言をぶちかましてきた。


 こ、これは……俗に言う『逆ナン』ってやつか……!?



「い、いえ、急いでいるので! 本当にすみませんでした!」



 顔も見ずにもう一度謝ると、僕はそそくさと逃げ出した。


 ひええ、びっくりしたあ! 逆ナンなんて、初めて経験しちゃったぞ!


 それにしても、僕みたいな陰湿カビ野郎に声かけるなんて、変わった人だ……ハルカがいたらどうなっていたことか。


 一緒にいる時にこんなことがあったら、『あの女ぁ、リョウくんの気を引こうとしてわざとぶつかってきたに決まってるよぉぉぉ……じゃなかったらぁ、あの女と知り合うきっかけを作るためにぃ、リョウくんの方からぶつかっていったとかぁ? もしかしてぇ、あたしの知らないところでもう付き合っててぇ、ぶつかるのがアイシテルのサインだったりしてぇぇぇ……?』などと誤解されて、抉るように深く追及されかねない。


 とそこに、『リョウくんが誰より愛してるハルカだよ! リョウくんを何より愛してるハルカだよ!』というハルカ特製の通知音が鳴る。


 僕は今度こそ立ち止まり、皆の通行の邪魔にならないよう電柱の影で『スマホ見ながら歩いてると事故に遭いそうだから少し待ってて! 急いで帰る!』と返信した。


 そして、一人暮らしを始めたばかりのアパートに向かって全速力で走り出す。


 ハルカが怖いからといって、歩きスマホは良くない。人に迷惑をかけないためにも、家でゆっくり会話しよう。そうしよう。



 その時の僕は、コンビニ寄る暇ないし夕飯どうしよう、と冷蔵庫の残り物のことばかり考えていて、全く気付かなかった。


 ――――自分の身に迫る、魔の手に。




 新歓コンパはとても盛り上がっているようで、参加メンバー達と一緒に撮影した写真が送信されたのを最後に、ハルカからの連絡は途絶えた。


 たまには僕に構わず、羽を伸ばして楽しんできてほしい……と思いながらも、やっぱり不安になってしまう。


 適当に作った夕飯を食べ終え、お風呂に入ると何もすることがなくなったので、僕はハルカから送られてきた写真を眺めた。


 どこかのお店を貸し切ったと思われる会場でも、広々としたカラオケルームでも、ハルカの隣には必ず高見先輩がいた。しかも、時間が経つ毎に二人の距離は縮まっている。


 最後の写真では、二人が一つのマイクを持ってデュエットまでしていた。


 不思議なことに、写真だと僕は変なものが見えなくなる。おかげで、爽やかな笑顔を向ける高見先輩はただのイケメンだ。


 顔を寄せて笑い合う二人は、美男美女お似合いのカップルって感じで――僕は少なからず落ち込んだ。


 付き合ってから欠かさず交わしていた、おやすみの挨拶にも返事はない。既読もつかない。



 明日、ハルカがよそよそしくなっていたらどうしよう?



 それどころか、深刻な顔で『話があるの』なんて切り出されて、申し訳なさそうに『他に好きな人ができちゃったの……さよなら、リョウくん』なんて言われたら……うわぁぁぁ! リアルに想像しちゃったよ!


 根が陰気なもんだから、悪い方向に関してはやたらリアルに妄想が膨らんでしまう。


 ハルカの表情の細やかな移り変わりまで見事に脳内再生できちゃったよ……何という才能の無駄遣い!


 こんな時は、さっさと寝るに限る。身も心も休めて、マイナス思考をリセットするんだ!


 何度もチェックしていたスマホを放り投げ、ベッドに転がって目を閉じると、僕はすぐに寝落ちた。寝付きが良いところは、僕の数少ない長所なのだ。

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