第2話 亜紀という女神(ヴィーナス)

 私には高校時代から付き合っている彼女、亜紀がいる。花屋で花に囲まれて育ったせいか、美意識についてはどうしても曲げられない信念みたいなものが私の中にあって、それは、人を見るときにもあてはめていて、目鼻立ちが良いとか、配置がどうとか、それも大切だけれども、それよりも、内面から出てくるちょっとした動作や、しぐさに美しさを感じるか、ということ。

 たとえば、食パンにバターを塗るその一連の指の動きが美しいかどうか、紅茶を飲む時のティーカップの持ち方。何か考え事をしているときの首のかしげかたが百合のように美しいとか、また、言葉使いや会話の中にキラッと光る美しさ、何気ない気の配り方、などなど、私のそういった美意識はここでは語りつくせないのだけれど、そう言うものがない限り私は美を見いだせない。

 亜紀にはそれがあったし高校一番の美人だった。亜紀と私は美的感覚が近い。なので話が合い必然的にひかれあった。私たちは高校時代、自分で言うのもおかしいけれど美男美女カップルと噂されていた。


 亜紀はこの四月から町からかなり離れた都会の大学に進学したので、私たちはきちんと別れ話などしていないけれども、このまま二人の関係がフェイドアウトしてもしかたがないかな。と私はある程度覚悟は決めていた。亜紀は美人だし性格も良い。世の中の男どもが彼女を放っておかないだろう。いつか「好きな人ができたの」と言われる時が来るのを予想していた。が、私の予想は外れた。亜紀は、大学が休みになるとこの町に帰省し、その際にはいつも手土産を持って私の花屋に来てくれて、たまに店を手伝ってくれる。母がバイト代を払おうとするのだけれども、亜紀は断固として受け取らなかった。

「代わりにお花を一輪下さい」

と言った。私はそんな亜紀が好きだった。ただ"好き"とういのではなく、リスペクトに近いものだった。

「亜紀ちゃん、本当にいい子だわね。よく気がついて品がよくて控えめで、べっぴんさんで。今どきあんな子いないわよ。弘二、しっかりね」

 と母は毎回私に言った。


 父が倒れる前まで、亜紀と私は同じ大学に進学することになっていたので、亜紀は私が大学進学を断念したことを少し残念に思ったようだけれど、

「私、一緒に大学生活を過ごせないのは残念だけど、事情が事情だけにコウちゃんの決心は偉いと思う。美しい物が好きなコウちゃんだから私はコウちゃんはいずれお花屋さんをすると思ってたから、それが少しはやく来ただけだと思ってる。私にできることがあれば何でも言ってね。力になるから。お父様、はやくよくなりますように」

 と応援してくれた。

 私がフラワーアレンジメントのコースを受講することになったのも亜紀の助言があったからだ。沖田フラワーアレンジメント教室も数ある中から亜紀が探して選んでくれた。

 私は、その教室がどのようなものであるか、神秘の森の湖縁に咲く植物のような美しい人が講師だということや、習ったフラワーアレンジメントのこと、クラスの人たちのことなど、亜紀がこの町に帰ってくるたびにこの町で起こった出来事を話した。


 亜紀は私の女神だった。キラキラしたすべてを包み込むやさしい微笑。太陽や月のように存在を誇示せずそれでいて、他の星よりは格段に明るく眩しいくらいに美しく神秘的に輝く星、明星。ヴィーナスだった。



 

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