*竜の願い
草原を進み、雨が降りそうだというシレアの言葉に、我らは雨をしのげる場所を探している。
「そういえば、吟遊詩人に歌われるエルドシータは、男だけとは限らぬな」
彼らは女が剣を学ぶことに抵抗がない。
彼らの集落では、性別に関係なく
しかれど、多くの女性は集落に残ることを選択する。
彼女たちは集落を守り抜くという選択をしたのだろう。我が子や親を護るための剣は、きっと誰よりも猛々しく鮮烈であろうな。
シレアがまだ幼少の頃、肉食の獣が群れで襲ってきたことがあったそうな。
もちろん、集落を守る選択をしたのは女性だけではないが、先頭に立って闘っていたのは紛れもなく彼女たちであったとか。
だからこそ、男たちは集落を彼女たちに任せていられるのだろう。そうはいえど、老人ですら強いのはエルドシータの集落ならではなのかもしれぬ。
シレアの育ての親は今は長老となっていれど、今でも剣を持ち戦えるほどの気概に満ちているとか。
「戦えぬ者は肩身が狭そうであるな」
「皆そうして思い違いをする」
「ぬ。違うのか」
「出来ることをしているだけだ。そうでなければ、この世の理を知る者とは言えない」
「うぬう。そうであった」
個々にはそれぞれの道筋がある。戦えぬ者、戦わぬ者を責める事は条理に反する。彼らはそういう意識であった。
「人間とはあい難解である」
「私たちにとっては、お前たちドラゴンの方が難解だ」
なんだって私などにつきまとうのか。そうつぶやいて溜息を吐くシレアに我は鼻を鳴らす。
「そなたは美しく聡明である」
それだけで理由は充分である。
「訳がわからん」
「安心せよ。そう長くはつきまとわぬゆえ」
いつまでもそなたの旅の邪魔はせぬ。
「ならいいが」
そうして降り始めた空を一瞥し、近くに見えた森を足早に目指した。
この者との旅はとても楽しくはある。しかれど、我とて長居は出来ぬ身だ。我の役割は、シレアと共に旅をする事ではないと理解しておる。
この旅は、ひとときの休息なのだ。人間をより深く理解する事にもつながっている。我にとって、たいへん満足のいくものとなった。
シレアという人間は、ほんに不思議な若者よ。
──我はひと月ほどをシレアと過ごし、また空に戻ろうと別れのときを告げた。
[さて。楽しき旅であった]
「いい経験をした」
[嬉しき言葉。また、どこかで会おうぞ]
「そうだな」
簡素なまでの返しであるが、それでよい。これは真の別れではなく、再び酒を酌み交わす日のための安息でもあるのだ。
久方ぶりに大きく翼を羽ばたかせ、小さくなるシレアの姿を見つめる。
「人間とは何か」
理解するのはまだまだ先のようである。
我が、それを求めているのかは解らぬが、彼らもこの世の一部である事は間違いはない。
──人間はこの世の縮図なのだ。
全てを受け入れ、内包し、次の時代に向かっている。そのとき、我にはどのような役割が担われるのか。
そのとき、我はまだ、この世界の空を駆けているのだろうか。小さきドラゴンに世界の先は見通せぬ。
この一瞬に出会ったシレアには、どんな役割があるのだろうかと、我の思考は止まることがない。
願わくば、願わくば。
彼の者の道の先に、幸在らぬ事を。我と再会せしがため、その命を無くさぬよう。
幾度も会い、幾度も語り、我は高らかに「親しき友」であると誰にでも述べるのだ。
おお、短き命の友よ。
その命は多くのものを育み、活かしてゆくだろう。そなたの想いはこの地に拡がり、輝く形と成していくであろう。
我はそう願い。そう信じている。
──そう思うておったに、そなたは長く語り継がれる偉業を成し遂げおったわ。
知りたいか?
その話は、またのちほどにしようではないか。
我の機嫌が良い時にでもな。
完
2018/06/05
◆シレアが何を成したのかを描いた作品は【穢れなき獣の涙】です。
ご興味を持たれた方は是非、読んでみてください。
白き竜の語り部 河野 る宇 @ruukouno
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます