*資格

 見事、鹿の角は旅の途中の商人に売りつける事が出来た。

 商人はレンジャーと錬金術師アルケミストの三人で旅をしていた。なるほど、薬の調合に長けた者の同行は心強い事であろう。

 アルケミストも貴重な植物を手に入れるためには旅に出る事が最良であり、戦える者もいるのであれば好都合である。

 レンジャーなればその腕を存分に活かせるのは町の外である。最も、レンジャーの仕事がそれだけではない事を我は知っておる。

 そして、レンジャーは武器の扱いだけでなく、エルドシータほどではないが天候を読む能力にも長けておる。

「エルドシータ? 初めて見た」

 レンジャーの男は驚いた様子でシレアを見つめている。

 それも当然やもしれぬ。一部のレンジャーは、伝え聞いたエルドシータの教えを心に刻み、良きレンジャーとなるべく心身を鍛える。

 それ故に、戦士と違って読み書きが出来、頭が良くなければならぬ。戦士のなかには頭の良い者もおるが、強さだけを求められ頭脳はさほど重要視はされぬ。

 当の商人は鹿の角よりもシレアの容姿に釘付けであったが、彼の者はさしたる事もなく淡々とやり取りをして終いである。

「もう行くのかい? 欲しいものがあったら割引するよ」

「今はない」

「そうかい。あんたらは目の保養になる。いやはや」

「機会があればまた頼む」

「あいよー。良き旅を」

 商人は別れを惜しむように、いつまでも我らの背中を眺めておった。

「そなたも罪作りよの」

「なんの話だ」

 それから、すれ違う旅人もおらず、我らはのんびりと草原を進んでおった。するとシレアが前方の空を見上げておる。

「いかがした」

 空に小さな影が見える。鷹であろうか。

「ワイバーンだ」

「ほほう。こんな所にもおるのか」

 ドラゴンの眷属であるワイバーンは人語を解すことは出来ぬが、飼い慣らす事は可能である。

 王都には十数匹のワイバーンがビーストテイマーに調教されておるという。その背に乗る者は風騎士ウィンドナイトと呼ばれ、誰からも尊敬される。

「乗った事は」

「無い」

「乗りたいか」

「毒が欲しい」

「そっちか」

 呆れたものだ。普通であればあの背に乗り、空を駆けたいと思うであろうに。

 ワイバーンの尾には毒の棘がある。毒の威力は麻痺させるだけものや、即座に死に至らしめるものまで棲んでいる地域によって異なる。

 強敵が現れたとき、あの毒は重宝するであろう。

 そういった意味でシレアが欲するのも理解はすれど、先に出た言葉がそれでは、なんとも夢がない。

「まあよい」

 我は馬から降り、元の姿に戻りてワイバーンを呼び寄せた。その通り、ワイバーンはこちらに近づいてくる。

「だめだ」

 シレアはそう発しカルクカンを左に走らせた。

 何が起こったのかと思いきや、ワイバーンが我に食らいつこうと牙を剥き、紙一重でそれをかわすとそやつはシレアに向かって飛んでいきおった。

[どういう事なのか]

 慌てて追いかけるも、そのワイバーンは我の言葉などまったく聞く耳を持たず執拗にシレアを噛み砕かんと幾度も口を開けては閉じておるではないか。

[シレア!]

「近くに巣がある!」

 なんと! このワイバーンは母であったか。

 これはまずい事になった。シレアを仔どもの餌にしようと目が血走っておる。この辺りは今は乾季なのか、餌となる獣が乏しい事に気付かなんだ。

[ええい、仕方なし!]

 我は意を決しワイバーンに飛びかかった。

 本来、ワイバーンはそれほどしつこい性格ではないのだが、よほど餌にありつけていないのか、我と取っ組み合いをしているにも関わらず視線はシレアから離れない。

 出来るならば、仔を思う母であるこやつを殺したくはない。

 どうすればよいのかと思いあぐねていると、シレアが袋の中から肉のかたまりを取りだして遠くに投げた。

 先日に狩った猪だと臭いで理解し、肉を追って遠ざかるワイバーンを眺める。

「やるなら状況を確認してからやれ」

[あい申し訳ない]

 まったく頭が上がらぬ。

 素早く気付いたシレアが我を制止する間もなく、我が呼び寄せてしまったがため、こんな事になってしもうた。

「そなたは根っからのエルドシータやもしれぬな」

 馬を呼び戻し、旅を再開した我は先ほどの出来事を思い起こした。

「一定の場所から離れようとはしなかった」

 あのワイバーンが母であった事など、普通なればそう簡単に解るものではない。しかれど、シレアはあの短時間のうちにそれに気付き、母であるという考えにまで至った。

「この世界に生を受けたことに理由はなくとも、生きている理由はそれぞれに存在する」

 エルドシータとは、部族などが持つ特技や特異なものではない。伝えられ引き継がれ、より良くあれと発展してきた「教え」そのものだ。

 その本流を汲み、活かし、貫き通す者こそが、そう呼ばれる資格があるのやもしれぬ。

 自然を友とする者。世界と共に歩む者──それがエルドシータだ。

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