*不可思議なもの

 ──太陽が真上をやや過ぎた頃、我は剣の手入れをするシレアの様子を眺めておった。

 細長い研石といしに水を落とし、湿らせたのちに刃を滑らせる。二枚の異なる荒さのものを貼り合わせた研石はエルドシータが愛用している品だろう。

 持ち運び用にやや小さめであることも注目したい。

 先ほどの戦いにおける切れ味といい。使い込まれた研石と手慣れた研ぎ様に、武器や刃物を大事にしていることがよく解る。

 とりわけ、目を惹くのが今まさに研がれている剣だ。

「その剣を見せてもらえまいか」

 手入れされた剣は、なんとも見事な輝きを放ち人に化けた我の姿を映しておる。戦士が持つには短めではあるけれども、シレアには丁度良い長さなのだろう。

「不利と感じたことは」

「ない」

「そなたの動きならそうであろう」

 武器の長さはおおよそ、有利不利の判断材料になる。飛翔武器ならば、さらに有利さは増す。

 されど、それは決定的な勝利を導くものではない。

 長ければそれだけ重くなり、重さを減らせば威力は下がる。敵が間近に迫れば不利ともなる。

 飛翔武器は当たらなければ意味もなく、装填する時間に接近されては反撃は難しい。まさに、使う者によって結果は大きく異なる。

 シレアの言葉は、多くの武器を熟知したもののそれである。まだ若きエルドシータはこれまで、どれほどの闘いをしてきたのだろうか。

 先日の件を考えれば、他の者より闘っている数は多いのかもしれぬ。

「あんなことはまれだ」

「む。そうであったか」

 いやまて。いま、稀と言ったか。

「つまりは幾度かはあったという事か」

 この者、成人の儀式を終えたその足で旅に出たと言う。それほど、外に出たくあったのか。

「集落が嫌という訳ではないよ」

「では、何故なにゆえか」

 我の問いに、シレアは調理の手を止めた。

「そうだな」

 どうしてだか、己のなんたるかを知りたいという衝動に駆られた。

「ほほう?」

「旅をすることというより、世界の端々に興味があった」

 いま、こうしている間にも、私はこの世界に溶け込んでいる。

「それが強く感じられる」

 心地よいまどろみに身をゆだねている。されど、その心地よさに浸っていたいと思う次の瞬間には、己が何者なのかをふと考える。

何故なにゆえにそこまで己を知ろうとする」

「解らない」

 剣術も、魔法も、気がつけばそれなりに覚えていた。

「それは独学であるのか」

 これは驚きである。剣術なれば相応には覚えもしよう。しかれど、魔法はそういう訳にはいかぬ。

 言葉の意味を知るだけでは強い魔法とはならぬ。理解を深めれば深めるほどに魔法は強くなり、発動も速くなるものである。

 名のある魔法使いウィザードの弟子となり、学ぶ事で強い力を得ようとする者も少なくはない。

 先日に見た魔法は、すでに熟練した魔法使いウィザードと大差ないほどの力を持っておった。

 この歳で師もおらず、独学であれほどの力を持っておるとは、この者の素質は計り知れぬ。

「そなた、何者だ」

「知らん」

 人の話を聞いていたのかと顔をしかめた。



 ──しばらくして、ヴァラオムはあまりの美味そうな香りにシレアがかき混ぜている鍋を覗き込む。

「飯は出来たか」

 こやつと出会って最も良かったと思えるひとときである。

 干した肉を細かく裂いて入れると、程よい塩加減で無駄な味付けは必要がない。それだけ、シレアの作る干し肉は美味いのだ。

 食事を楽しみに狩りにも力がこもるというものである。

 二人分を作らねばならない事に不満を漏らしておるが、我もしかと狩りには協力しておるのだから文句を言うでない。

 ドラゴンに戻らず食べる事を良しとすればいいのだ。

「当然だ」

 ドラゴンに戻って食べられてはたまったものではない。

 またも不満げに言いおる。ドラゴンに戻ればその鍋一つではまったく足りぬ。故に人のまま食してやるのだ。



 ──食べ終わると、シレアは雨水の入っている革袋を手にして少量を鍋に注いだ。馬の毛で出来たブラシで汚れを落とし、食器も同じように洗う。

 思えば、このような様子も久方ぶりに間近で見る。我を恐れず、共に旅をする者は少ない。

 ソーズワースは呑気に草をんでおる。この一帯は町が近いこともあり、危険な獣はあまり見かけぬ。近いと言えども、半日はかかるものだが。

 東には森があり、明日にはあそこを通り抜ける折に鹿を狩る。ああ、鹿鍋が待ち遠しい。ただ焼くだけでも美味いものである。

 兎と違い鹿は大きいのだから、食べ方も増えるというものである。ドラゴンに戻り、頭を骨ごと生で食すのもまた良しである。

 片付けを終えて腹も落ち着いた頃、おもむろにシレアが立ち上がった。静かに眼前を見つめ、腰にある剣の柄を握って目を閉じる。

 これは、もしや──

 息を深く吸い込むと、目を見開いて剣を抜いた。

「なんと優美な」

 激しさもなく流れる剣先となめからな動きは、まさに舞のごとく優雅でいてやいばの鋭さを無くすことなく展開される。

 これほどの剣舞を我は見た事がない。薄汚れた旅人の服である事がなんとも勿体なきことか。

 その容貌が端正であるがゆえ、ことさらに衣服を見て残念でならない。

 剣舞は重要な鍛錬の一つであり、己の技量を見定めるのには丁度良い。舞えばどれだけ己が成長したかが解るのだ。

 微々たる変化でも、全体の流れを大きく変える。一つ一つの動作は、舞う者の闘いに対する姿勢を現す。それを見る者の感情は、そのまま舞う者の強さであるのだ。

 美しく、鋭く、そして時には雄々しく。それでいて隙が無い。

「なんとも豪胆ごうたんよの」

 剣舞を終えて汗の滲む額を手で拭い、腰を落とすシレアに我がそう申すと、

「お前には負ける」

 のうのうと言い放ちおったわ。

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