*気高き者

 共に旅が出来ることは教えてやった。今は休みどきだ、変身を解き体を横たえる。

[我は自由にするぞ]

「勝手にすればいい」

 我の体は真白で、焚き火の色を鮮やかに映しておる。我はこの様子も好きである。

[辺境の民は王都にはあまり立ち寄らないと聞いたが]

 自然を愛するエルドシータは、人の多い場所はあまり好まない。

「導かれるように足が向いたと言っていた」

[ほほう。不思議な事もあるものよ]

 昼間は人としてシレアと旅をし、夜はこうしてのんびりと会話を交わしたい。共に旅をする事で、我はこの者の人となりを知るのだ。

「ひとつ、いいか」

[なんだ]

「お前の鱗は白くはない」

[なんと!]

「言うなら乳白色だ」

[白に近いはずだ]

「言い切ったな。まあいい」

 シレアはそれ以上、言及はしてこなかった。なんともあっさり折れおった。我の体色などこだわるに値しないということか、我とのやり取りが面倒になったのか。

 もっと気むずかしい者であるのかと思うておったがいやはや、これからが楽しみである。


†††


 久しぶりに草原で朝を迎えた我は、その清々しい空気に酔いしれておった。我に荷物は無し、シレアの支度を優雅に眺めている。

「馬はどうするつもりだ」

 旅の支度を終えたシレアがカルクカンに乗り、我を見下ろす。そうか、馬が必要だという考えに至っておらなんだ。

「見ておれ」

 我は草原を見渡し、指笛を鳴らす。甲高く澄んだ音は草原に響き渡り、我が求めたものが遠目に映る。

 黒みがかった赤褐色の馬は我の傍で止まり、その脚を活かすべく乗れと催促する。

「ほう。見事な黒鹿毛くろかげだ」

 シレアが感嘆の声を上げた。

 当然である。我は長らく生きている竜なのだから、この世の動物は我を尊び、我の求めには応えねばならぬ。

 しかし、さすがはエルドシータ。青鹿毛との区別は難しいというのに、即座に黒鹿毛と答えた。

「さあ。ゆこうぞ」

 そなたの進む道を、我はしかとこの目に焼き付けるのだ。視界の端で溜息を吐く様子が見えたが構わぬ。


†††


 ──まだ半日も進んでいないというのに、我らの前に邪魔者が立ちはだかった。

「シレア!」

 下卑た目をシレアに向けた五人ほどの男たちに、彼は微々たるも表情を変えることなく腰の剣を抜いた。

 なんとも勇ましくはあるが相手は五人。こやつらもそれなりの修羅場もくぐり抜けていよう。

「卑しい賊めが!」

 我も携えていた剣を抜き、シレアの背に背を重ねて構える。

「こいつは高く売れるぞ」

「顔に傷は付けるな」

 なんと浅ましい事か! こやつらは奴隷商人だ。

「未だおるとは、嘆かわしい」

 奴隷は数十年も前に聖王が廃止し禁止した行為であるというに、細々とではあるが続いている事に驚きは隠せぬ。

 奴隷により発展した時代は確かにあったであろう。しかし今や、それは厳しく罰せられておる。

「そっちの奴はちょっと歳食ってるな」

「なあに、年増の金持ちに売れるさ」

「聞こえておるぞ」

「すまない」

 まったく。よくも笑いおったな。

 賊の言葉は腹立たしい事ではあるが、このまま元の姿に戻りて焼き殺すのも面白くなし。罪の重さを剣の痛みで重々に理解してもらおうではないか。

 こやつらの剣は重く、大した手入れはしておらぬ。当たれば激しい痛みと、その傷は跡となることだろう。

 しかれど、これは好機。シレアの剣技をこうも早く間近に出来ようとは、我も運が良い。

 そんな事を考えている間に、男どもがシレアに剣を振り上げた。なんと愚かな。エルドシータに向かって策も無く突進するなど、無謀にも程がある。

 その通りに、シレアは最も近い男の懐に入ると素早く刃を走らせた。それだけで、男は声をあげる暇なく土人形のごとく転がる。

 それを見た男たちは、それをまぐれだと思い違いをするであろう。シレアの動きには、まったく隙も無駄もないというのに、あまりにも愚劣だ。

 とはいえ、ここは冷静なシレアだ。己に奢らず、一歩退く事を忘れない。そうだろう、これだけの数に判断を誤ればとんでもない事になる。

 我の興味も失せ、どうなろうと知った事ではない。

 退いたシレアは逆手に剣を構え、我が予想していた通りに口の中で詠唱を始めた。それにはまるで気付かず、どうにも反撃を食らった事が許せないのか、我には誰も攻撃をしてこぬ。

 なんとも呆れるばかりであるけれども、ゆうるりとシレアの動きが見られるのだから感謝せねばなるまい。

 複数の攻撃をかわしながらも詠唱は止まっておらぬ。

 この時間で考えられる魔法といえば──

「あちい!?」

「なんだこりゃ!」

 眼前に現れた炎の壁に、野盗どもは狼狽えておる。なんとも見事なファイアウォールではないか。

 戦いのなかでエルドシータが躊躇うと思うな。貴様らはことごとくシレアの刃を浴びる事となる。

 順手に持ち替えたシレアの刃は、閃光を走らせ野盗の体を切り裂いていく。我は、その光景に見惚れて野盗の一人が我の頭上に剣を振りかぶっていた事に気付かなんだ。

 これはいかん。魔法は間に合わぬ。ブレスを吐けばシレアにも当たってしまう。さすがの我でも、こやつの刃に当たれば傷を負うてしまう。

 そのわずかな逡巡のにシレアが駆け寄った事に驚き、息も無くつっぷしている野盗を見下ろした。

 なんと鮮やかなのか。なんと軽やかなのか。これが気高きエルドシータなのかと、我は時間を忘れて見入ってしもうた。

 はたと気付けば、すでにまともに立っている野盗はおらず。その死肉を貪るべく、数頭の獣が遠巻きに眺めておった。

「予定が狂った」

 不満げにつぶやくシレアにカルクカンが頭をすり寄せる。

「馬を呼び戻せ」

「そうであった」

 野盗の襲撃に馬が逃げてしもうたのだ。

 よく慣らされているカルクカンを見つつ、我は再び指笛を鳴らし旅の共とする馬を呼び寄せた。

「名はなんと言ったか」

「ソーズワースだ」

「良い名だ」

 人語が理解出来るのかは解らぬが、ソーズワースは嬉しげにクルルと鳴いた。

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