*今に至りしもの
──シレアの作る兎汁は絶品である。調味料には気を遣っておるのか、専用のバッグにまとめているではないか。
「食は重要だ」
獣の肉だけでなく、魚の肉も上手く干物にしておる。過酷な
天候や風を読むのにも長けておる。いくら
[生まれは
「さあ」
これはまた。己の生まれを知らぬ者か。
[どこで育った]
「西の辺境の民に」
[ほほう? 拾われた場所は解っておるのか]
「王都だと聞いている」
人間の王の住む都、ルフィルムーアか。とても大きな街で、王の住む城は荘厳で美しい。空から何度も見ているが、確かに良い城である。
西の辺境に住む民はエルドシータとも呼ばれ、エナスケア大陸の西、リンドブルム山脈を臨む辺境に集落がある。十七歳で成人と認められ、旅に出る事が許される。
彼らは旅先で親のいない、もしくは捨てられている子どもを拾い育てる慣習がある。そのため、顔つきや体格に統一された特徴はみられない。
成人を迎えるとほとんとが旅に出る。それ故か、名のある戦士や騎士には西の辺境の民の出身者が多い。
[なるほどのう]
それならば合点がいく。
それにしても麗しい。本当にこの者は一人でいたのかと、拾った者を疑わしく思うほどに壮麗である。
[そなた。ほんに人間か]
「エルフにでも見えるか」
[うぬ──]
どのように見ても、この者は人間にしか見えぬ。されど、ふとして思わずにはおれぬのだ。
シレアのまとう不思議な雰囲気も相まって、我を混乱させている。戦士らしく泥臭い部分もあるがしかし──
[そなた。魔法も繰れるのか]
手甲に刻まれている文字は、古の魔力を宿すエルフの文字だ。我がそれを見逃すものか。
つまり、この者は、
[
エルドシータで魔法を駆使できる者は珍しい。素質がなければ、いくら内包する魔力が強くても魔法を操ることは出来ぬ。
エルフや古き種族は元々、
それだけに、人間社会にとって魔法を繰る者は重宝され、良き扱いを受ける者が多い。
[渡り戦士でもない者が独りとは
それなりの戦士やレンジャーならば、独りでの旅は問題なかろう。しかれども、この者は他の
我の興味は増すばかり。
[しばらく、我と旅をしようではないか]
「その図体でか」
[ぬ]
いくら我が小さめのドラゴンとはいえ、人間と共に歩くにはいささか大きいか。加えて我の純白の鱗は陽の光を反射しよく目立つ。
仕方がない。久方ぶりではあるが、人間に化けるとしよう。
[しばし待て]
我は目を閉じて集中した。さすがのシレアも、我の変身を見れば驚くだろうて。そんな考えを持ちながら、我は人間に化けた。
壮齢で優美。長く艶やかな銀の髪、涼しい黄金色の
しかしどうだ。
我が得意げに笑みを見せるも、さしたる驚きも見せず焚き火の調子を伺っているではないか。
「そなた。ドラゴンの変身を見たことは──」
「ない」
それで何故に少しも驚かぬ。この者には人としての感情はあるのか。エルフでももう少し感情の動きはあるだろうに。
「私はよく、人形のようだと言われる」
我の思考を察したのか、シレアは独り言のように発した。
「人形ならば、そのような顔はせぬ」
言われたことに心を痛めたのか、そう発した者に切なさを感じたのかは解らぬ。されど、この者の心は冷たいものではない。
無表情に見えるなかでその瞳だけは、どこかしら物憂げに揺らめいている。
我は、この者をもっと知りたいという衝動に駆られた。今に至るまでの
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