白き竜の語り部

河野 る宇

*邂逅

 我は智の竜と呼ばれておる。

 長らく生きてはいるが、人間には興味が尽きぬ。

 これほどに感情豊かな種族はそうないであろう。

 我の真白い体と翼を見れば、恐れる者や崇める者、食わないでくれと懇願する者と様々だ。

 それは仕方なきこと。

 ドラゴンはこれまで、数々の悪行を成してきた。

 例え、我のように人に害を与えないドラゴンだとしても、彼らには等しくドラゴンなのだ。

 人間とドラゴンが闘ってきたように、古の種族たちもドラゴン族とはときに闘い、ときに利用してきた。

 しかれど、長き年月のなかで友となりし者もいた。

 その多くの死を我は見てきた。

 短命である人間を友とする我の選択が間違っているのやもしれぬが、彼らにはどうにも惹きつけられてしまう。


†††


 人間が誕生して数万年あまり。

 彼らはまだ若く脆弱なれど、驚くほどの繁栄を成している。

 数多あまたいくさを繰り返し、血を流し、自分たちの住処を広げている。

 好戦的であるがしかし、穏やかでもある。

 彼らはこの世に誕生したばかりで若いのだ。混沌とした時代が必要なのだろう。

 他の種族もそれなりに多くのものと戦い、住処を確立してきた。

 人間のそれは多大なれど、それもまたこの世のことわりである。

 ──それも落ち着いてきた頃、世界は次の段階に移るべく古の種族たちは徐々に衰退していった。

 その先頭を切ったのは最も古い種族「ロデュウ」であった。

 彼らは人間と似た容姿ではあるが強力な魔法をり、その生命はエルフよりも長い。

 しかれども、それ故におおらかな性格が災いしたのか、自然の淘汰に抗うことなく滅びてしまった。

 人間にかまけている間にロデュウはいなくなってしもうた。こんなことなら、もっと接していれば良かったと口惜しさが募る。


†††


 この世界には四つの大陸があり。その一つ、エナスケア大陸には人間とエルフが住んでおる。

 エルフは我と遭うても動揺もあまりなく、なんともつまらぬ。

 そんな折り、我が晴れた空を悠々と飛んでおると、草原に人間の姿を捉えた。それはなんとも珍しいものに乗っておったのだ。

 カルクカンと呼ばれる生き物なのだが。外見は爬虫類のそれに似通っておる。しかし、かつては空を羽ばたいていた微々たる名残があり、頭は亀のごとき羽毛のない大きな鳥ともとれる。

 生息している地域はわずかだが、慣らせば優秀な馬にも引けを取らない足の速さを持つ。主人には忠実で耐久力も高い。情に厚い生き物だ。

 我はその人間に興味を持ち、颯爽と眼前に舞い降りてみた。さぞかし驚くだろうと心躍らせていたけれども、しかしどうだ。

 我と出会い、これほどまでに冷静であった者がいただろうか。人間はおろか、カルクカンでさえも我の姿に動じることもなく眼前に居座っておる。

 そして、なんと見目麗しい男なのかと、我はしばらく何もかもを忘れて見つめてしもうた。

 肩までの艶やかな髪はシルヴァブロンドとでも言うのだろうか。少しの風になびくほど細く、なんとも優美である。エルフにさえもついぞ、見た事がない。

 しかれど、我が魅せられたのは何よりもその瞳である。まるで金緑石きんりょくせきのごとき輝きに、我の心臓は高鳴ったのだ。

 連れているカルクカンの色合いも凛々しく美しい。カルクカンは多彩な表皮なれど、こやつの体色は青みがかった緑色が見事である。

 人間は我を見てカルクカンから降り、我の返答を待っているようだった。これは面白い。

 我の遊び心がくすぐられた。ここは一つ、問答といこうではないか。

[そなたに問う]

 おや。問答だと知って多少は驚いたようだ。我が人語を解することも驚きであろう。逃げれば我の炎のブレスでその身を焦がしてやろうぞ。

[憎しみとはなんぞや]

「己で突き立てたくいだ」

[ほほう。そのこころは]

「苦しみはときに自身で抜くことも出来る」

 なるほど。よくも考えた。

 されど、これで終わりではない。

[誇りとはなんぞや]

「内に燃ゆるものだ」

[そのこころは]

「ただ己のみ熱くさせる」

 何者の言葉にも揺らぐことなく、消えることもない。

[ほうほう]

 これは面白い。今までにない返答だ。

 容姿だけでなく、この者の思考にも興味が湧いた。こんな草原に一人でカルクカンを連れているということは──

「そなた。放浪者アウトローか」

「そうだ」

 旅暮らしの者を放浪者アウトローと呼ぶ。この者のように一人での旅は珍しい。大抵は複数の仲間と組み、旅をするものだ。

 彼はまだ若く、それにも関わらず我が出会った人間のなかでは最たる落ち着きをまとっていた。

[気に入った。今宵は我と酒を酌み交わそうぞ]

 我がそういうと、青年は空を仰ぎ、カルクカンに提げている酒瓶を見やった。

「期待しているのか」

[当然だ]

 陽はまだ高い。兎を狩るには充分な時間がある。

[そなた。名は]

「シレア」

[我はヴァラオム。よしなに]

 シレアは弓を取り出し、草原を見渡した。聞けば二十二歳と言うではないか。まだまだ青い年頃だ。

 さて、彼の兎汁はいかな味か。

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