第15話世界を記述する夢
世界を記述すること、私を記述すること。その両者だけが私に課された仕事だった。電子図書館の司書として務める傍ら、私は世界中に漂う数多の感情を、音楽を、絵画を、紅茶の味わいを記録しつづけた。キーボードはこれで七台目になる。終業後は手を休める間もなくキーを叩いた。無為に思われたその行いが、いずれの日か日の目を見ることを願っていたその翌日、電子図書館はその強固なセキュリティーを突破されて陥落した。あらゆる書物のデータは粉々に破壊され、あるいは無意味な数字の羅列に置き換えられた。館長は責任を取って辞意を表明したが、代わりになるような人材はどこにもいなかった。残されたのは私が手にした旧式のパソコン一台で、そこに詰まった情報が世界のすべてだった。海のことを記録しそびれたことを悔やんでももう遅く、嵐はすぐそこまで迫っていた。高波が世界を覆い尽くした。私のパソコンも浸水し、記述されていた世界は滅んだ。あとに残った頭脳とキーボードの残骸を抱いて、私は変わり果てた終末の世界にひとり立っていた。
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