第14話ピコにゃん

非実在の猫について語るとき、与えられた名前を呼ぶとき、ただその瞬間だけこの危険な領域から飛べるのだと知っているから、失われてゆく記憶の中から名前を呼び起こして、ピコにゃんと呼ぶ。お天気ロボット・ピコにゃん、故障中。老婆の家の片隅に追いやられて、出てくる言葉は「今日は晴れるでしょう」という言葉のみで、雨の日も雷鳴が轟く日にも予報を誤り、お腹の液晶には呑気な太陽のマークが明滅して、降水確率は10%のまま動きそうにない。ピコにゃんがやってきた日、ケーキで迎えられたのも遥か30年前になり、PM2.5も紫外線量も表示できないまま朽ち果ててゆく。己の仮象としてのお天気ロボットと、意思疎通を図ることは困難で、雨のそぼ降る中、老婆の唇からは「今日もいいお天気ね」となぐさめの言葉がこぼれて、記録されないまま消えてゆく。

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