第13話涙の器
器というものを仮定して、そこに水を入れるのだか、遠いところから運ばれてきた宝石を入れるのだかわからないけれど、満たしていくうちに、だんだんとこぼれ出てくるものを涙と名づけておきたい。涙の色もさまざまあって、標本博物館には七万人の涙を採取して綴じたものが展示されていると聞くけれど、そこから三百五十八番目の名前がきみのものであることを知っているのは学芸員だけで、つまるところ僕の兄ということになる。兄が二十七歳の若さで早世してからというものの、涙たちは潤いを取り戻し、七色の光を放って溢れ出たという。兄の形見のアメジストの指輪は、かつて破談になった婚約者のもので、白いレースのハンカチとともに机の奥深くに仕舞われていた。生涯にただ一度の片恋にやぶれて、最期を迎えて僕が差し出したハンカチに触れる兄の手が、Liebeと筆記体で綴ったのを見守って、兄の指は虚しく虚空を彷徨い、やがてシーツの上に落ちた。暁を迎えようとしていたさなかに、この日生まれたはじめての光がその文字を照らしていた。
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