第10話滅びゆく村の噂  

※本作は実話を元にした怪談です。

  

 私は保育士として働く母から、母の出身地である小さな村に住む祖母の元に預けられて幼少期を過ごした。山と海に囲まれ、自然豊かな土地で祖母は農業を営み、さまざまな場所に私を案内してくれたものだ。

 七歳の女の子が落ちて以来、重石で閉ざされてしまった井戸や、長崎大水害でここまで水がきたという水位の痕が残る川などを祖母は私に見せた。村のあちこちには水神や土神を祀る石碑が残され、そこには日本から失われてしまったアニミズムが息づいていた。

 しかし様子が変わったのは私が村を離れた中学生の頃、村に海水浴場ができて、それまで手つかずだった海に人工の浜辺が作られてからのことだった。私はかねてより村の自然を愛し、祖母に連れられて海に遊びに行っていたため、大きな衝撃を受けた。不穏な波が村に押し寄せようとしているという予感がして、しばらくの間は村に帰ることもためらわれた。そういう時に祖母から次のような話を聞いた。

 曰く、祖母の知り合いの家から嫁いだ妻が、酒癖の悪い夫によって暴力をふるわれ、妻は家を出ざるを得なかったのだという。祖母は、そういう男と結婚してはいけないと私に云いくるめた。その時は祖母の云うとおりだと素直に思ったのだが、その後も度々祖母は同じ話を口にした。

 そのような出来事がいつ起きたのかはわからない。数年前なのか、十数年前なのか、あるいは数十年前なのか。

 いずれにせよ、この村でひとたび噂を立てられれば、それはずっとひとりの人間につきまとうのかもしれない。その妻はこの村で後ろ指を指されて、肩身の狭い思いをしながら暮らしているのかもしれない。私が将来結婚して、もし何か間違いが起これば、今度は私が噂されるのではないか──。そうした不安がよぎった。

 その後、海水浴場も人出が少なくなり、やがて村は高齢化や過疎化とともに獣害に悩まされることとなった。猪避けの電気柵が村中に張り巡らされ、水神や土神を祀る石碑は緑の中に埋もれていった。

 その頃、地元を離れて東京で大学生活を送っていた私は、帰省の際に目にした、変わり果てた故郷の村の姿に言葉を失った。村から子供の姿は絶えて、幼少期に遊んでいた池も、電気柵によって封じられてしまった。

 しかし荒れ果てた村の中でも噂は生きていた。祖母はふたたびあの噂を口にして、孫娘が過ちを犯ぬようにと念を押したのだった。おそらく祖母が亡くなっても、この村が滅びるまで噂は生き続けるだろう。

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