#2 言葉は通じずとも

「うわああああああ、分からん!!!!」


 翠は椅子からのけぞって分析作業を投げた。銀髪蒼目の少女は翠を横目に見ていたが、大声に驚いたのかびくっと体を震わせていた。やがて彼女は翠がのけぞって放心しているうちに呆れたのか、椅子から離れて、何処かへ行ってしまう。そうかと思ったら、何か本を持ってきて開いた本と翠のことを見比べたりしていた。

 数時間ぶっ続けで、異世界語と日本語や英語の文字や音の対応を見出すために頻度解析を行い、それに沿って音韻を当てたりしていたが、意味不明な文字列しか出てこないのである。少女はその間、翠にお茶(やっぱり都合が良いように出来ているのか、この異世界にもお茶があるらしい)を出して作業の様子を眺めていたが、決して焦ったり、翠を追い出そうとしたりするような行動に出ることはなかった。

普通なら、いきなり家の中に見知らぬ人間が現れたら「幽霊だ!」とか「泥棒だ!」とか騒ぎになっていることだろう。それなのに、この少女は自分を客人として扱っている。いくら何でも人が好過ぎるだろう。もしくは、追い出すまでの勇気がないのか。

 だからこそ、作業に集中できていたのだが、


「ははぁ…………」


 さっぱりである。

 “異世界言語”の文字はどうやら40数種ほどあるらしく、そのうちのアルファベットのuっぽい字形が一番出てくる回数が多かった。これを日本語の仮名かなだと仮定して「い」を当てはめたり、ローマ字の「a」を当てはめても、全くお目当ての日本語訳が出てこない。

 この何の生産性もない作業を切り上げて、この銀髪蒼目の少女と意思疎通を図った方がよさそうな気がしてきた。今必要なのは異世界言語と日本語の変換の仕組みより、身の安全と状況確認だ。


 少女は翠の容姿や行動から何か情報を得ようとして観察したり、何か本を取り出してはその記述などと翠を照らし合わせて状況を理解しようとしているようだ。しかし、ほどなくして諦めたようで頬杖をついて翠を見つめ続けていた。

人間は腹も減るし、寝場所を探さなくてはならない。少女はお茶も出してくれたし、敵意を見せていないところから寝首を掻かれることもないだろう。しかし、ここで寝泊まりができるとしても、無言で寝食するほど翠の人間性は腐っていないのである。


 しかし、最初のコミュニケーションをどうするかというのはわりと問題である。


 少女に目をやると、目が合った。

 蒼玉のように綺麗な青い目、地球では見られないような銀色に輝く美しい髪に目を奪われる。創作の世界ではいくらでも見てきたそれを実際に目の前にすると、また違った感情を抱くものである。


(さて、最初のコミュニケーションか)


 最初のコミュニケーションは重要である。

 少女が今まで翠の頻度解析の作業を邪魔したりしていないところを見ると敵意は持っていないし、自分の作業を眺めているところを見ると興味を持っているようにさえ見える。

 言葉が通じずとも、言葉を通じさせることができる――というのは、昔関西に飛ばされたとある先輩が言っていた言葉であった。


「俺は八ヶ崎翠。やつがざき、せん」


 自分の顔を人差し指で指して言う。

 次は少女を指して。


「君の名前は?」

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