書籍試し読み『異世界語入門 ~転生したけど日本語が通じなかった~ 』
Fafs F. Sashimi/「L-エンタメ小説」/プライム書籍編集部
#1 頻度解析の時間だ!
異世界転生作品と聞けば大抵の人は次のようなことを想像するだろう。
主人公が神様によってろくでもない理由で殺され、お詫びとして高スペックとなって異世界に転生する。転生した主人公は力を発揮して敵をばっさばっさとうち倒し、複数の女の子と仲よくなる。これが通例である。
俺、
満喫するはずである。
――するはずであった。
“harmae co es tirne?”
目の前にいる少女は今何と言ったのだろうか。彼女が驚いた顔で言った一語一句を反芻しても何を言っているのかさっぱり分からない。分かるのは、その言葉が日本語とは違うものであるという事実だけで、言っている言葉の一つも分からないなんて何かがおかしい気がした。
気が動転していたから気づかなかったが、少女の髪は白銀色に輝いていた。電灯の光を受けて輝くその瞳は透明度のある蒼色であることが分かる。背丈は自分より小さく、中学三年生ほどという印象を受けた。まさに異世界転生作品に出てきて主人公とハッピーエンドで結ばれるのにふさわしいヒロインなのだが、どうしても納得できないところがあった。
(さっきからこの娘、言葉が通じてないんだよなあ)
一言、二言聞いたが英語だったり、聞き覚えのある言語のいずれでもない。
異世界転生作品の典型に沿い、きっと自分もトラックにでも轢かれて、神様に謝られて、チート能力を貰ったのだろう。ただ単に異世界に放り込まれるだけなんて酷すぎるからだ。だけど、能力の使い方も分からなければ、言葉も通じないのは、さすがに「典型」じゃない。
なんだ……一体何なんだ……神様は俺をおちょくって遊びたいだけだったのか……?
「あー、えっと……日本語喋れる?」
翠を見て、固まっている少女に話しかける。とりあえず、日本語だ。
異世界で日本語が通じるのは異世界転生作品の基本だが、少女は首をかしげて答えに困っている。
通じてないようだ。
だがまだ、希望はある。
今のようによく分からない言語が喋られているような異世界転生作品もあるが、大抵は日本語をひらがな・カタカナ・漢字ではなく別の文字で書いているだけだったり、日本語の音をそのまま入れ替えていたりする例が多い。SNSでよく流れてくる“異世界言語”解読勢の解読を見ていると大体そんな感じだった。
だから、この異世界もきっと話は通じていなくても、その音の入れ替え方を理解するだけで日本語に簡単に変換できるに違いない。
しかし、どうやって……?
単純に考えれば、50音の並び替えだったとしても50の階乗通りの可能性がありうるわけだ。濁点・半濁点なども別カウントなら80種類は下らない。英語を基にしたら26の階乗。
天文学的数字だが、希望はある。エドガー・アラン・ポーの『黄金虫』やアーサー・コナン・ドイルの『踊る人形』とかにあるように、英語ならeが一番よく出てくるから、多く出てくるものをeと置いて解いていけばいい。英語だろうと日本語だろうと先人の解読法によって頻度解析に使う音は大抵決まりきっている。
つまり、文字の頻度解析は“異世界言語”を理解する鍵になるはずだ。
手元に手帳とペンを携行していて良かったと思う。
異世界に転生してきて、気が付いたらこの少女と共に家の中にいた。これは非常に幸運なことだった。
異世界転生作品というのは、大抵中世ヨーロッパ風の街並みや文化をベースにしている。しかし、この家はそういった時代の木組みの家というよりはコンクリートなどで造られた現代風の家屋のような雰囲気であった。壁にはベージュの壁紙が貼られていて、自分が今座っている椅子、目の前にあるテーブルも単なる木製ではないようだ。机の横には本棚があり、その中から一冊を引き抜いて、出てくる文字の頻度分析を試みることができた。
少女はというと、こちらをじっくりと見つめて観察している様子であった。
(ん……?)
見たところ、辞書のようである。
一々英語を覚えるようなことをやらなくて済むはずだ。何故なら、どうせ日本語が元となった置換型暗号を言語と言っているに過ぎないからだ。日本語に変換する規則が分かれば、規則に慣れればいい話である。
この頻度解析が完了すれば、俺は『
少なくとも異世界人との意思疎通に問題はなくなるはずだ。
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