第三話
「見でろ、ごの人間、今に死ぬど」
「ぅ、ぐ…………っ」
そのアルファたちはクリスを、刀で斬り殺すでも拳で殴り殺すでも矢で射殺すでもなく、首を絞め上げ殺すつもりらしかった。
鍛えあげたものか遺伝的なものか不明のがっしりとした筋肉がついた腕に背後から固められ、もはやクリスは身動き一つできなかった。窒息するか、首の骨をへし折られるかして死ぬ結末が待っているらしい。
クリスの命を絶とうとしているアルファは、彼より頭一つほど大きな身長に、岩のような体躯、人間とは異なる青みがかった肌の色、頭の横から外側上方に向かって伸びた角がおっかない、いかにもなアルファであった。
「まぁそのぐらいにしとけ」
そのアルファに声をかける、もうひとり。耳が尖っているがそれさえ丸みを帯びれば人間だととることもありそうな風貌をしたアルファだった。
「はァ? 殺っでもいーだろよォ。どうせ敵だで?」
「馬鹿、指示聞かねーで勝手に殺しちゃまずいだろうよ」
「そうがァ? んだら、足でも折っどぐが?」
「いい、いい、ほっときゃ今すぐにでも死にそうなのに。それより腕、弛めろよ」
「ん? ん~……」
本人は頷くもクリスを絞める腕力に変化はみてとれず、尖り耳のアルファが叱咤するなりぱっと腕を離した。拘束が解け地に尻をついたクリスは肺に入ってきた酸素にえずき、咳き込む。
「おい、なんで離すんだ」
「力の加減、難しいんだで? おれに小難しいごどは無理だ」
クリスは頭上で飛び交う言葉に耳を傾けつつ、目はただ一点を捉えていた。尖り耳のアルファの足元、クリスの刀が刀身を晒しているその一点を。
それは、今しがたとうとうクリスがアルファたちに追いつかれ、やむを得ず応戦した際。抜いたはいいが、瞬く間に尖り耳のアルファによって弾き飛ばされたものだった。
そんなクリスの視線に気づいた尖り耳のアルファは呆れた様子で足元に落ちているそれを蹴り飛ばし、言い放つ。
「やめとけ。今のあんたに剣なんて、まともに扱えねーだろ」
クリスがじろりと睨む。アルファは当然のように動じない。が、なにか気づいたらしく、アルファはクリスから視線を外す。その瞳はクリスの背の向こう、斜面の下方を覗くと驚きに見開かれた。
「おうおめーら、何してる?」
そう、声を張り上げた。
「あれっコルダの兄貴! それがっ……面倒なことになってんすよー!」
「面倒なこと?」
クリスの覆角膜情報表示器具の邪魔が入らない明瞭な視界に、見覚えのないアルファがふたり、新たに顔を覗かせた。どちらも系統の違う顔つきをしている。
それらは地面にべったり座り込んだクリスを見るなり、あっと表情を変えた。
「なんだ、おまえらこいつのこと知ってんのか?」
「おれらこいつを探してたんすよ! 兄貴、こいつ夜妖っすよ! 一刻【一時間】ぐらい前にこいつら、奇襲してきたんす! 少人数だったからすぐ片付いたんすけど……殺し損ねた奴がいるって言って、このひっろい山んなかずーっと探し回ってたんすよ~! や~見つかって良かった!」
登場するなりよく口の動くアルファが嬉々としてクリスの隣にしゃがむ。猫のような丸い目がじっとクリスを覗いた。
「夜妖? 奇襲? おいおい、ほんとーに面倒なことになってんな……こいつ以外の奴らはどーしたよ?」
尖り耳が訊ねると、猫目のアルファはにぃっと口角をあげながら、
「みーんな、殺ったっすよ」
クリスを嘲笑うように言った。
「おい、おめーら馬鹿か……危うく皆殺しじゃねーか。いつも言われてんだろ? 殺るなら相手の情報得てからにしろって」
「あっやべ、そうだったっすね! 良かった! あんたがいなかったらおれら超怒られるとこだった!」
口の動くアルファは友達に話しかけるように朗らかな口調で、しかし乱雑にクリスの前髪をわし掴む。遠慮のない力で引っ張られ痛む頭皮にクリスはアルファの手首を掴むが、ぴくりとも動かない。
やがて投げ捨てるようにして手を離された。
「……なァ、ゴルダの兄ちゃん」
「ん? どーした?」
すると、それまで黙っていたいかにもなアルファが左の角をいじりながら口を挟んだ。
「ごの人間見づげだどぎ、連れがいながっだが?」
(――――くそ……)
「んんー? そういや…………いたな!」
よくぞ思い出してくれたと言わんばかりに尖り耳は、いかにもなアルファの背をばしばしと叩く。その勢いは骨が折れるんじゃないかと思うほどの強さであったが、当人は変わりなく、嬉しそうでさえあった。
そんな彼らにクリスは深い絶望を覚えた。
「な、夜妖のあんた。連れはどーした? ん? おれたちにあんたらが知る情報全て教えてくれたら、そのあと、二人生きて見逃してやってもいーぜ」
思いがけない言葉に思わず顔をあげる。
だが彼らの表情をみてすぐ、淡い期待を抱いた自分が馬鹿らしくなった。
彼らをみる。
尖り耳の。いかにもな。猫目の。発言もなくこの場に突っ立ったままの。四体のアルファは皆揃って、目には妖しい光を帯び、口元には怪しい弧を描いている。
「……いいさ、殺せばいい。直にあいつも…………ぼくの連れも死ぬ」
そのときクリスは、泣きそうになった。
彼は決して涙脆いほうではなく、最後に涙を流したのがいつか思い出せない程度の涙腺の頑固な青年であったが、どういうわけかこのとき、目と鼻の奥が熱くなったのだ。
改めて死を、友人と己の死を覚悟したからなのか。
「なんだ、あんた、生きたくねーのかよ」
「……………………」
「はは、そーかい」
尖り耳のアルファが顎をしゃくる。それを合図にいかにもなアルファが再びクリスの首元を腕で絞めあげた。抵抗などする間も力もなく、軽々と持ち上げられ地から足の浮いたクリスを仰ぎ見ながら尖り耳が言う。
「ただな、あんたに拒否権はねーんだわ。死にてーところ悪いんだけどよ、あんたらには生きてもらおうか」
「えーっ兄貴ぃ、殺さないんすか?」
「殺すかよ。何度も言ってんだろーが」
「じゃあ情報搾り取ったあと殺さないってのも本当なんすか? いつもの、冗談で言っただけかと思ったっすよ」
「あぁ、今回は嘘なしで殺さねー。おれの記憶違いじゃなけりゃ、夜妖に興味があるっつってた連中がいた気がすんだよなぁ。そいつらに売るんだよ、いい金儲けになる」
なるほど、生きて見逃すとはそういうこと――――クリスはそれが無駄であると知りながらも、睨みつける。渾身の憎しみと怒りをこめて。
彼らはやはり、敵であるクリスたちに良くする気は専らないようだ。
「あんた、人間にしちゃ綺麗な顔してるからな。最終ツテが見つからなかったら、てきとーに売り飛ばしてやるよ」
下品な笑い声が響くなかに、突然悲鳴が混じる。アルファたちが異変を察知したとき、クリスはまたも地に尻をついていた。その後ろで、いかにもなアルファは膝をついて悶えている。
みると、丸太のようなアルファの右腿に何かが刺さっている。
それは、クリスが突き立てた短刀だった。
「あああぁ……いでぇ、いでぇ…………ごの、人間風情が!」
尖り耳の制止も間に合わず、いかにもなアルファは腕を振り上げた。その衝撃を受けたクリスの体は隣の木の根元までぶっ飛んだ。猫目と物静かなアルファがいかにもなアルファをなだめ、尖り耳のアルファがクリスの元へやってくる。
「よくもやってくれる」
そう言うと、クリスの横っ面を殴りつけた。
加減はしたのだろうが、人間のクリスにアルファの攻撃は一つ一つが恐ろしいまでに重く、口のなかが切れ血が溢れた。
「おまえ、わかってねーな? 今のおまえにできることはおれたちの言いなりになることだけなんだよ。余計なことすんじゃねーよ」
がんがんと痛む頭に染み渡っていくアルファの低い声と言葉。クリスの抵抗の意志とともに視界が薄れていくなか、ふわりと花のような香りが舞った。
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