第3話 寿退社
合コンばかり繰り返した私も、37歳でようやく結婚する事ができた。あんなに苦しい婚活にあえいでいたのが嘘のように、決まる時は一瞬だ。彼は私より2つ下で「結婚するなら、あと2年位交際してからじゃないと」と呟いていたが、私自身の焦りもあってか強引に結婚へとコマを進める事になった。
30代半ばに差し掛かると、キャリア形成できるか出来ないかが明確になるのかもしれない。昔はあんなに「街中で就職したい」と懇願していた私の願いも叶って、私は高層ビルが犇めき合う大都会のOLになっていた。
リニアが新設される事もあり、私が勤めていた名古屋駅前は常に古いビルが壊され、新しいビルがどんどん新設されていった。駅前の風景はわずか数年で驚くほど変わり、まるで成長を生き急いでいるようだった。
あんなに憧れの「ビルが立ち並ぶ街の就職」も、実際になったらなったで次の夢が現れる。そして「街の就職」という夢はかなった途端に霞んでゆく。こんなに脆くて弱い夢だったのかと、自分でも驚くほどそれは儚げだった。
12階のビルの窓から覗く高島屋のビル。田んぼに囲まれた職場で勤めていた頃はあんなに眩しかったのに、すっかり日常だ。きっと私は何処で勤めても、きっと少しずつ満たされない思いを抱き続けるのかもしれない。では、その満たされない思いの根源は一体何なのだろう?
私は、一体何をやりたかったのだろうか。何者になりたかったのだろうか。毎日、机を水拭きしながら窓の外に連なる高層ビルを眺めて暮らしたかったのだろうか?
中学、高校と毎日家に帰っては小説を書いていた私は、徐々に成績も悪化し親から「いつまでもそんなくだらない事辞めなさい。ああいうのはね、本当に才能があって上手い人がなるものだから」と諭され続けていた。途中まで書いたノートをパタンと閉め、問題集を解く事に切り替える日々が続いた。
けど、私はきっとあの頃ほど無謀な夢を叶えようと思っている訳でもない。せめて、自分がやりたい事を見つけてそれを仕事に活かせたら・・・。でも、一度ノートを閉めたと同時に私は自分のやりたい事とは逆方向に向かえば向かうほど幸せが訪れるものだと信じ込むようになった。
勉強して国公立の短大に入学し、卒業して就職する。そして、職場で知り合った人と結婚して25歳位で結婚するのだ。しかし、結局叶ったのは短大に入学して卒業した事位で、就職に至ってはすぐリストラされ、念願の再就職をした所で10年以上過ぎた頃、ふと窓から眺めた景色に「これでいいのか」と疑問を抱くようになった。
真面目に短大に入学して卒業し、就職すれば丁度良い年齢で結婚できると思っていたが人生はそう甘くない。ちょっとでも良い男は、大学時代に良い相手を見つけていたし、職場恋愛に至ってはよっぽど気に入った女性でもなければ男性はたやすく手をかける事はしない。
唯一職場の女性に手をかけやすくなるのは、その女性が退職した時だ。つまり、職場恋愛したいなら売れ頃の年齢の頃に退職でもしなければ男性は手をかけようとしない。
結局、合コンや婚活イベントに足を運ぶようになったものの大して気も乗らないような事ばかり。「いつまでもそんな事ばかり言ないで」という言葉は、30代前半までは良く聞いたが、30代半ばを過ぎた頃には顔を合わせる度に言葉から溜め息に変わっていった。
やがて、そんな自分の状況に耐えられなくなった私は逃げるように婚活を繰り返すようになる。思い起こせば、いつも私の人生は自分が何かになりたいというよりかは何かからずっと逃げ続けていたように思う。
やがて辛い現実から逃れる為に、愚痴を書く為の婚活ブログを立ち上げるようになった。自分の周りには、既に既婚者ばかりで婚活の愚痴を言う相手もいなかった。
婚活の愚痴なんて言おうものなら「そんな事ばかり言っているから、いつまでも結婚できないんだよ」としか言われない。気の乗らない相手にデートに誘われた話をしたら、100%の割合で「とりあえず、一度デートしてみたら」と言われる。反対に、ちょっとでも自分がいいなと思う相手と出会った事に対して相談すると「遊び人だから、辞めといた方がいいよ」と言われる。ずっと、その繰り返しだった。そういう意味でも、私にとって婚活ブログは愚痴のゴミ箱だったのだ。
婚活ブログに愚痴を書き、読者から賛否両論のコメントを読んではまた婚活に出向くという日々を過ごし続けていたら、気づけば連日1000PVを越えるような人気ブログになっていた。
ブログ社の公式サイトに紹介されるようになると、一気に1万PV超えたり、また「彼氏が出来ました」「別れました」と記事を書こうものならコメントが1記事に対して50件程届くようになった。まるでアイドルのような気持になった私は、自分の記事に対してのコメントを読む事が楽しみになってしまった。
そんな日々を過ごしていた頃、ある街コンで出会ったスタッフとの出会いがキッカケで街コンサイトのイベント案内や恋愛コラムを書く仕事を副業で行うチャンスが訪れた。コラムを書く仕事を受ける事が出来たのは、この頃PVの取れるブログを運営していた事も大きかった。
自分が作成したカウントダウンイベント案内文で、数百人の参加者が集まる。私のコラムを読んで街コンに参加する人が現れる・・・。やがて、サイト内で自分の実体験に基づいた連載小説などを掲載されてもらう機会が増えていき、不思議な感覚を覚えるようになった。
そんな日々を過ごしていた私は、自分が記事を書く仕事をしている事に対して理解してくれる人を伴侶にしたい等と思うようになった。正直、一体誰が自分の実体験を元にして恋愛コラムや怪しげな街コンイベントの案内文を作成している人を妻に貰おうと思うのだろうか。なのに、私はその頃出会った異性に対して「私、このイベント文を書いているんだ」とあえて見せるようになっていった。
その頃、唯一おかしな顔一つせずに認めてくれたのが、今の夫だ。彼と出会った私はすぐに彼に運命を感じ、出会ってわずか数か月で結婚式場を予約した。
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