第2話 再就職
ハローワークから届いた一通の手紙には、私の実家付近の企業で仕事内容は一般事務の求人だった。
私の当時の夢は、社内恋愛して寿退社する事だった。仕事内容や企業の説明もロクに読む事なく、すぐに求人に応募した。
母からは「もういい加減にしなさい。あなたには、どうせ就職なんて出来ないんだから」と言われ、更に腹が立った。
今度こそ、絶対に就職してもう一度お母さんを喜ばせるんだ。
バイト先に友達が来て、穴を掘って埋もれたくなるような気持ちで仕事をするのはもうゴメンだ。周囲の友人と同じように、絶対に今度こそ就職してスーツを着て働くんだ・・・。
リストラから半年後、第一社目の面接にしてすぐに再就職先が決まった。本当は私の他にも面接に来ていた女性はいたが、学歴重視で「国公立の短大」に卒業していた私が選ばれた。
本当は人柄的な理由ではもう一人の女性にスポットライトが当たっていたのだが、社長が学歴重視だった事から私になったと後で聞いた。正直、その話は聞かない方が良かったとも思ったが、学生たちが必死で勉強して良い大学に行こうとする理由はこれが原因なのだろう。
しかし、実際に一緒に働く者としては使いやすくて人柄の良い人の方がずっと良いという事もあり、入社後は「本当は、あなたとは別のもう一人の子が良いよねってみんな言っていたのよ。でも、社長が・・・。」と何度も言われるハメになった。
再就職先は、以前勤めていた企業よりもずっと大きく全国に支社があるような会社だった。「全国に支社がある会社に、私もやっと勤められるんだ!」と、再就職先の規模の大きさだけを見て私は自分自身のレベルが上がったような錯覚に陥っていた。
私にとって、ハローワークはその日から神様の入り口のような存在に変わった。「あなたとは別のもう一人が良かった」と周囲に言われても気にもならず、むしろ仕事を辞めた頃に連日のようにハローワークに出向いていた私からすれば再就職できた事だけでも幸せを感じる事が出来たのだ。
あの日あの時、ハローワークで真っ青な顔やうなだれた顔をして私と同じように座っている人々を見ては「同士」と思っていたと共に「自分は少しでも早くココから抜け出すんだ」とずっと思っていた。
就職が決まり、私はバイト先の人達に「就職決まったので、バイト辞める事になりました」と伝えに回った。
「佐藤ちゃん、バイト辞めちゃうの?寂しいよぉ・・・。」と言いながらも一緒に喜んでくれる大学生のバイトさん達、「えー!全国に支社がある企業に再就職だなんて凄いじゃないの!おめでとう」と手を叩いて喜んでくれたパートの40~50歳のオバサン達。
そんな中、私の就職先が決まった途端に私を無視するようになったパートで私より少し年上の主婦の恵理さん。
今まで恵理さんとは他愛ない話で笑いあっていたのに、私の就職が決まった途端に口を聞かなくなった。
きっと、私と年齢が近いからこそ思う嫉妬のようなものがあったのかもしれない。
就職の夢が叶うと、今度はまた別の夢が現れる。夢とは残酷なもので、叶っても叶っても次から次へと少しずつレベルアップして訪れる。
しかし、元々邪な考えしか出来なかった私の次の夢は「社内恋愛→寿退社」だった。残念ながら社内の男性からは「ごめん、社内恋愛する気ないから」と面倒な顔をされ、ちょっと遊びに誘おうとする前から断られた。
自然の流れで、素敵な男性とドラマみたいな出会いをして恋をする。幼き頃は、自分もある程度の年齢になったら簡単に出来るものだと思っていた。
学生時代、ロクに男性と交際をした事もないまま臆病な気持ちのまま社会人になる。コミュニケーションの予行練習を怠ってきた人間に、そもそも恋などそんなたやすく出来るものではないのだ。学生時代に恋愛が出来なかった私からすれば、そもそも社内恋愛だなんて難易度Sランクみたいなものだろう。
やがて、社会人となった私は友人達から合コンに誘われるようになった。社会に出ると、合コンにも呼んでもらえるようになるんだ。
自己紹介で「○○の会社に勤めています」と言える事が、一体どんなに気持ちよかった事だろうか。
新卒で就職している友人達は当たり前のように伝えているようなセリフでも、私からすれば自己紹介で勤め先を伝えられる事の喜びに一体何度心が躍った事だろうか。喜びを噛みしめた事だろうか。
しかし、合コンで友人達が上手に男性の話を立てたり笑ったりしている中、私は空気を読めない性格が災いしてロクに男性の話も立てなければ、面白くない話題にわざわざ「アハハ」と笑い合う事もなかった。
自分の話したい事を話す癖に、相手の話がつまらなければ耳栓をする。興味のある異性の話には耳を傾けるけど、興味がなくなれば電源オフ。
目の前の男性の気持ちよりも、私自身が楽しいかどうか。自分の事しか頭にない女性となど、一体誰が話したいと思うのだろうか?
空気の読めない自己中女だった私は、おかげ様でずっとモテなかった。
きっと、こういう時に周囲に気を配って皿を取り分けたり、男性の話に相槌をうったりできる人は就職も恋愛も上手くやっていけるのだ。
それが全て出来ないというか、人に媚びて生きたくないというか、面倒な事全てをやりたくないといった私は、結局何処にいっても役立たずだったのだ。
モテない癖に、恋愛するなら自分が好きになった人としか絶対にしたくないと鷹をくくり続けていた私は、当然彼氏など出来る訳がなかった。
合コンで「今度、飲みに行きませんか?」と、初対面の男性に声をかけられても「私の事なんて何もしらない癖に」と嫌気しか残らなかった。
相手は自分の事を何も知らないから、知りたいと思って声をかけてくれているんだよ」と友人に諭されても、「でも、私はタイプじゃないし会う意味なんて無いから」と、首をワガママに横に振り続けていた。
そんな私も、気がつけば身にもならない合コンを1000回以上繰り返して37歳になっていた。
時すでに遅し。もっと早くに色々な事に気がついていれば。友人や知人の助言に、もっと耳を貸して素直になっていたならば。
もしかしたら、もっと早くに私の未来は変わっていたのかもしれない。
「ねえ、まだ合コンやってるの?一体、今までいくら合コンにお金かけてきたの?いつになったら、落ち着くの?」友達に聞かれては「そんなの数えた事ないからわからないけど、合コンにはかなりの金額を投資してきたかな」と、まるで武勇伝の様に得意げに語る私。
「あーあ」と呆れ顔でため息をつく友人達の横顔を、何度も繰り返すように見ては心の奥で今度は私自身が深いため息をつく私がいた。
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