24.死体の上にいっぱいの花
ぼくと香織が連れ立って校庭を横断して来た時、古暮は半ば不貞腐れたように校舎脇で紫煙を吐き出していた。隣ではいつの間にか校内までやって来たらしき瑠璃華がいて、何が面白いのかニヤニヤと笑っている。
「シロっちお疲れ」
「どうも」
しかし瑠璃華は頓着せず遅れて来た香織へと駆け寄り、やけに真剣な無表情でその手を掴んで上下に振った。
「んん、何です?」
破顔一笑。
「クロちむを救ってくれてありがと」
「「……」」
クロは消されなかった。今もぼくの内側で眠っている。それが香織の選択だと言うなら、ぼくや古暮とてそれを受け入れざるを得ずこうして微妙な納得のいかなさを沈黙に込めてみたりする。
「私は矢羽根シロに話があるから」
と古暮は吸い殻をかかとで踏み潰しつつ立ち上がった。
「じゃあ、かおりんは私が送ってくよ」
話の内容も予想できているような顔で、瑠璃華が香織の手を引いていく。
「え、えっと」取り残されるようにこれから起こることを理解していないのは香織だけだった。されど彼女は半ば不安そうに言った。「シロ兄ぃ、遅くなったらダメだよ」
そのまま校外へと引きずられていく。ぼくは彼女らを黙って見送った。
そして緩やかな断罪が始まる。
「怒ってる?」
尋ねたかった一言目をぼくは先取りされた。
「ぼくは別に。そっちこそ」
「なら私も別に」
古暮は新たに取り出したマルボロに火をつける。
「思い出したの。私は香織のああいうところが好きになったんだった」
「……」
「まだ一人でこの世界の不条理と戦っていたあの時。あの子なら、どんどん狭くなっていく私の世界をきちんと押し広げていってくれる気がしたから。でもね」
彼女はぼくの顔を見もせずに言った。
「私は今回。香織はクロでなくあんたをこそ、消してしまうべきだったんじゃないかと思うの」
「……」
「あんたの憎しみを引き受けたのは綾宮クロ。綾宮クロの責任を引き受けたのは香織。でもあんた自身はまだ何にも背負っていない。例え計画が上手くいって、クロが瑠璃華を殺して消えてしまったとしても、その責任を背負うのはあんたではなかったような気がする。香織がきっと自分のせいだと責めて、結局はただ何の奇を衒うこともなく瑠璃華を殺してしまうのと同じような未来があっただけな気がするの。だから私は矢羽根シロこそが消えて、その身体ごと綾宮クロが何処かへと旅立ってしまえば良かったと思うわ」
「……」
「香織を殺した後、綾宮クロがどうやって矢羽根シロの告発を免れるつもりだったか考えてみたの。どんなにか錯乱していた彼だって、あんたに犯行を見られないとは思っていなかったはず。なら見られても告発されないような状況を用意していたはず」
そう。彼はだからこそ、この学校へと香織を呼び出し、そしてスコップを盗んだ。
「この街中で死体を隠すのは難しい。それは単純に考えて廃棄されるべき五十キロの肉だから。簡単に埋めてしまうのも腐って掘り返されたりする」
「だけど都市の内側には、探せば意外と死体を隠せる場所が結構あるよね」
「新校舎の基礎の下とか、ね」
「正解」
彼の盗んだスコップは新校舎予定地の枠内に隠されているだろう。わざわざ園芸部の部室から盗み出したにも関わらず、彼が香織を襲うのにそれを使わなかったのだから、やはりそういうことだ。
「綾宮クロは香織の死体を新校舎の下に埋めるつもりだった。そこまで深くなくても構わないのだから、その作業は今晩中に終わったでしょうね。もちろん数日後には地中とは言え、死体も腐り始めて異臭騒ぎになっていたでしょうけど」
「その前に彼女を埋めた場所は重ねるようにコンクリートで埋め立てられる予定だった。そうなればこの先、数十年は香織の死体は見つからなかっただろうね」
「そしてあんたもクロの殺人を告発しなかったはず」
「……」
「香織から聞いていたと思うけれどこの新校舎には、新しく花壇ができる予定だったの。そのための鉢植えも発注が済んでいて、それらはすべて春先に花を咲かせる種だった」
「綺麗な景色になるだろうね」
それこそあの彼岸花畑に負けないほど。来年の新入生は真新しい校舎の光景で期待に胸を膨らませるだろう。
しかしそのためには条件がひとつある。
「それらの苗は秋のうちに新しい花壇へと植えておかなければならなかった。暖かいうちに根付かせなければ最悪の場合、冬を越せないままに枯れてしまうかもしれない。だからこそ新校舎の建築が遅れるような事態をシロは避けるだろうと、少なくともクロは考えた。本当にあんたがそうしたかはわからないわ。もしかしたらすでに埋め立てられたコンクリートを引っ剥がしてでも香織の死体を掘り起こそうとしたかもしれない。でも」
問うような視線がぼくを覗き込む。
「そうでなかったかもしれない」
「……」
ぼくは想像する。香織の死体が足元に埋まっていて、その事実を自分だけが知っているような仮想の未来を。例え掘り返したとしてもそれはあくまで死体で、香織が生き返るわけではない。それよりもそんな殺人犯しか知らないはずの事実を打ち明けてしまえば、ぼくに疑いの目が向けられるのは必至で、二重人格という事情を差し引いてもそこに情緒酌量の余地はないだろう。
ならたしかに、ぼくは香織の死体が冷たいコンクリートの下にあるままに、その事実を隠し通していたかもしれない。
彼女の死体の上にいっぱいの花を咲かせていたかもしれない。
香織が知らずクロの死体の上に彼岸花を植えたように。
「私は香織の選択を間違っていたとは思いたくない。あの子はこれから私には決してできない、思い付きさえしなかったことをやるつもりよ。それ自体は否定したくない。だけどね」
あんたはやっぱり綾宮クロと一緒に死んでしまえば良かったと思ったの。
「……」
「あなたは白というより、燃え損ねたような灰色よね」
ぼくは何も言い返せずに、ただ夜空を見上げてため息を吐いた。
それだけだった。
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