11.乾乾乾電池

 おれは瑠璃華を探して町内を駆けずり回りながら、シロの過去を思い出していた。


 奴がまだ矢羽根シロでなく、綾宮志郎であった頃の話だ。


 そしておれが綾宮拓郎であった頃の話。


 おれたちの家庭は控えめに言っても崩壊していた。


 小学校に上がる頃には、母は滅多に家へと帰って来ないようになっていて、朝起きると二食分のビニ弁がテーブルの上に置いてあった。それを兄弟二人で朝と夜に一食ずつ食べる。血が繋がっているはずの父に至っては姿を見たこともない。


 多少の家事をしてさえいれば育児放棄と呼べるレベルに何も言われることはなかった。自身のあり方を見失うほどに、小学校の放課後は暇を持て余していた。この年頃になれば周りの子らも何となく互いの家の格のようなものがわかるようになっていた。それ故、近くに住む児童集団におれとシロはあまり相手にされなかったから、大体のところは二人だけで遊んでいた。


 住宅街や田んぼより街の端に位置する神社の、裏手の林を少し行くと山へと連なり、さらに分け入っていけばやがて傾斜が出てくる。その少し手前に人が滅多に寄り付かないような打ち捨てられた小屋とお堂があって、その辺りが良い具合に開けていた。そこが綾宮兄弟の遊び場だった。


 そして矢羽根香織。彼女がこの輪に加わるのは少しあと。とあるきっかけ。


 彼女と初めて言葉を交わした夏最中の昼過ぎ。その日の香織は口では探検と主張しつつ、実態はおれたちの遊び場へと割り込んできた気の毒な迷子だった。


「薄汚いね、あなたたち」


 しかし彼女はおれたちを一目見るなりそう言った。


 初対面である。


 過去の自分を擁護するつもりはないが、その頃は性差という概念自体よく理解していたとは言いがたい健康不良児のこと。


 おれは生まれて初めて女子をグーで殴った。


 突発的に始まった幼い喧嘩は混戦の様相を極め、兄より先に見知らぬ女子をかばったシロとおれとのつかみ合いがしばらく続いた後、急に馬鹿らしくなって互いを放した。


 喧嘩の原因であったはずの少女はすでに立ち去っていたからだ。


 思えば奇妙な遭遇もあったものだと、おれたちは白けた雰囲気のままそれぞれに遊びを再開し、それっきりあの少女とは二度とも会うことはないと思っていた。


 早過ぎる再会はそろそろ帰ろうかと立ち上がりかける夕刻であった。


 先例と同じようにその場所へとやって来た彼女は、今度こそ無礼な挨拶を口にすることもなく、聞こえるかどうかも怪しい声量で助けてと囁いた。おれたちから別れて二時間ほど山の中を歩いた挙句、街の方を目指して、同じ場所に出てしまったのである。もう言い訳のしようがないほどに完璧な迷子だった。


 付け加えるなら、すでにその頃には彼女もおれたちと同じくらい汚れていた。おれに殴られた鼻血の赤みは元より、二時間も山中の道無き道をほっつき歩いていればそうもなる。量販店でサイズも無調節に売られているような上下でなく、どこかの高価な子供服を扱う店で揃えたらしきワンピースに泥が跳ねていて、今晩きっと親に叱られるのだろう本人も涙目とくれば、さすがのおれたちも彼女に哀れみを感じた。


 互いに先のやり取りを持ち出すこともなく、言葉数少ないままに彼女を神社の手前まで送りその日はそこで別れた。


 それ以来、たまに彼女は神社裏の秘密の遊び場へと顔を出すようになった。同じ小学校と知れながら、学年が違えば校内で一緒に過ごすことはなく、しかれども校外に出てしまえばその境は極めて薄い。そういう時期だった。


 初印象の効果か、香織はおれよりもその拳から自身をかばったシロの方へと懐いた。向こうをシロ兄ぃと呼んで慕ったのに対し、こちらはシロが呼ぶのと同じようにクロと呼んだ。おれの方こそシロの兄であるという事実は都合よく忘れ去られたらしい。


 それからしばらく、兄弟が自身らの家庭の凄惨さを忘れて遊ぶ時間に、まともな育ちの少女が混じり続けた。


 どうせすぐに飽きるだろうと思っていた彼女の気まぐれは存外長く続き、遊戯の興味が本や漫画へと移ってからのおれたちは図書館へとも連れ立って通った。


 しかしこの結末をおれは知らない。そこにたどり着くまでの途中で、おれはこの物語からひっそりと退場したからだ。




「家出したんだ、クロは。ぼくが中学にあがる直前にね」


 古暮は眉ひとつ動かさずにぼくの話を聞いていた。


 あるいは動揺してくれたからこそ、見た目は平静を装っていたのかもしれない。


「相談もなく、ぼくは置いて行かれた。そういう兄だった。いつも勝手に決めて勝手に終わらせる。しばらくはホームレス女子校生に世話になったらしい」いや、その頃は本物の女子高生だったのかも。どちらでもいいけど。

「それがさっきのテントの持ち主ね」

「それからしばらくして、香織も全寮制の女子校に入学してぼくらは疎遠になった」


 というより、ぼくだけがあの家に取り残された。


「ぼくの家庭状況は悪化していた。クロという盾もなくなったぼくは一人でネグレクトに耐えていた。そのうち母が男を連れて帰ってくるようになった。虐待はエスカレートして暴力も日常茶飯時になり、中々に最悪の様相を帯びてきた」

「ありがち」

「そうだね、すごくありがちだ。それでもやっぱりぼくは、一人ではどうしようもできない人間だった」


 ぼくは珈琲を銅製カップの半分ほどに残して水に手を伸ばした。


「ただ心を殺したような日々が続いた。何もできなかったし、するつもりもなかった。周囲に隠してただ日々を静かに過ごしてこのまま適当に大人になって、そしていつか両親の暴力はなかったことになるのだろうと思っていた」

「気分のよくない話ね。あんたはそれで良かったの?」

「よかったんだよ。だってぼくさえ声を上げなければ虐待の事実はなかったことになる」


 あの頃の市立図書館は、家庭に居場所がなく金もろくに持たないぼくにとっては良い逃げ場所だった。クロと違って、最後まで本を好きになることはできなかったけれど、そこには幸福だった頃の残り香があった。しかし今思い出してみると、本を読みもしない図書館などではなく元の遊び場で時間を潰しても良かった気はするけど、どうしてぼくたちはあの場所で遊ぶことをやめてしまったのだっけ。たしか興味が移ったというより、何らかのとある事情からその場所で遊ぶこともできなくなって、仕方なく図書館へと繰り出すようになったのだった気がするけれど。まぁその細かな理由は苦労をかけて思い出したところで、少なくとも恐らく今の本筋とは関係ないだろう。


 ふと気づけば窓の外へと目を向けたまま物思いに耽ってしまったぼくの肘を、古暮は指で突いていた。


「……続けて」

「あぁごめん……でも、この世界には虐げられ続けるぼくを放っておかない人間が二人いた」

「香織とクロね」

「そう。ある日クロは戻ってきた。勝手に出て行ってぼくを置き去ったくせに、今更何を思ったのかふらりと戻ってきて。もしかしたら彼なりの方法でぼくを助けるつもりだったのかもしれない。その手始めだったのかは知らないけど、彼はぼくの両親を殺した」


 今でもあの日の光景は目を閉じるだけで簡単に思い出せる。あの夜、彼はぼくの部屋に前触れなく立っていた。三年ぶりの再会にさえ何の感慨もなさそうに少し得意げな微笑のもと、ぼくを蹴りつけていた二人の心臓に穴を空けた。


「そしてクロは現れた時と同じようにまた何処かに消えた。両親はぼくが殺したことになった。ぼくはその冤罪を否定しなかった。虐待の事実から当然のように不起訴。ちょうど同じ頃に中学を卒業してこの街に戻ってきていた香織の家にぼくは引き取られることになった。ぼくの事件に関してぼく自身が話せるのはそれだけだ」


 古暮は少し首を傾げた。釈然としないものを感じているらしい。


「……それで今、クロはまたこの街に戻ってきた。今度はあんたにとってのヒーローではなく殴打魔として」

「そうみたいだね」

「あんたを恨んでいるから?」

「恐らくぼくよりむしろ、香織を恨んでいる」

「それはどうして」

「さぁ、どうしてだろう。もうぼくにはクロが何を考えているのかわからないな」ぼくはまた嘘を吐いた。「たぶん彼はぼくが知っていた頃より幾分歪んでしまったから。ただ彼の思考を覗き見る限り、クロが憎んでいるのは善良で無垢な人間すべてだよ」

「殴打魔になってしまったのもそのせい?」

「たぶんね。ところで」誤魔化しをこれ以上重ねるよりぼくは、彼女の覚悟を尋ねたかった。「君はクロを捕まえるつもり?」

「そうよ」


 ためらいのない即答だった


「理由を訊いても?」

「探偵癖」

「それで説明になると思ってる」


 彼女が考えていたのは数秒だった。


「あるべきものがあるべきところにないことが嫌なの」

「……」


 正直、何を言ってるのかわからなかった。


「例えばあんたの両親がただ死んだというのが嫌。もっとふさわしい悲惨な最期を与えたいと私は思う。あんたがかつて彼らに叩き込まれた苦しさを彼らが味わい後悔しながら苦しんで死ぬ。それが私の望み」


 なおも首を傾げるぼくを前に、彼女は理解を拒むよう少し苛立たしげに眉根を寄せた。


「別にわかってもらう必要はない」

「それはまぁ、たしかに」

「どうしてそんなことを訊くの」

「ぼくらは手を組めるかもしれない」


 古暮はゆっくりと慎重に息を吐いた。


「私はあんたの兄たるクロを捕まえるつもりだけど。あんたはクロが捕まって欲しいの?」

「そうじゃなきゃ、君に情報を渡したりしない」

「それで説明になると思ってる」彼女はぼくの質問を繰り返した。「それは行動の結果であって、あんたの行動の原因じゃないでしょう」

「武闘派のくせに無駄に賢いな」


 乾いた音。


「いや、その……つまりぼくはクロが警察に捕まると困るんだ」

「どうして」

「それは言えない」


 乾いた音は響かず、どうにか彼女の手を止めることはできた。さすがに四回目ともなれば、ね。


「ふざけてるわけじゃない。本当に話せないんだ」

「……どうしても?」

「ぼくはぼくとこの世界との関係を肯定しきれないんだ」

「……」


 古暮は眉を顰めたままわずかに疑問を示し、言葉の先を促した。ぼくは彼女の手を離す。


「虐待されたせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。言い訳するつもりはないよ。だけどぼくは常に現実との距離を測りかねている」


 ぼくはすでに珈琲を飲み干していたグラスを傾けて、左手に氷をひとつ落とした。それは握り締めれば体温で少しずつ溶けていくぼくというこの存在の証だった。


「たった今、君に話した情報の中にもたくさんの嘘を紛れ込ませたし、もしかしたらそれがどう作用していくのかを通じてぼくはこの世界のあり方を学ぼうとしているのかもしれない」


 これはかつて例の医師が分析したぼくの傾向だ。少し拝借して自身の説明と代えさせてもらう。


「どうあってもぼくは人並みにはなれない。誰かに肯定され得る人間になるための下地が、そもそもの根本から存在しないような気がして、いっそぼくは消えてしまった方が良いというのは唯一の客観的事実だ。だけど香織がそれを許さない」


 ぼくの手の内側で細くなり過ぎた氷は指の間をすり抜けて手拭きの上に落ちた。ぼくの手の平には耐えきれる程度の冷たさ以外何も残らなかった。


「きっと君の警戒も疑いも正しくて、ぼくは香織を傷付けるだろうし、殴打魔よりひどいやり方でこの世界を損なってしまうような存在なのだと思う。そういう風に生まれてしまって、そういう風に生きることしかできないみたいだから。つまり」


 ぼくは続ける言葉をいくらでも持っていたけど、そのどれひとつとして彼女にまともな意味を伝えるものだとは思えず言葉を切った。締めるように付け足した。


「これでぼくがクロを中途半端にかばう説明になるとは思っていないけど、これが現状のぼくの精一杯な誠意だよ」


 彼女は珈琲のストローを外して一気に飲み干した。


「私はたまに自分でもどうかと思うくらい詰めが甘いの」ため息をひとつ。「丸め込まれている気はするけど、一応はごめんなさい。そして義兄さんを信用はしないけど、これからよろしく」

「……よろしく、いーくん。ただし義兄さんと呼ぶのはやめろ」


 こうしてぼくらは手を組むことになった。




 古暮と別れて帰り道、クロがどうしているのかと彼の視界を確認したら、どうやら彼はまだ瑠璃華を探し回っているらしかった。


 少なくともぼくを待ち伏せなどしている様子はなかったので、安心して矢羽根家の方へと向かう。部活のない今日、香織はぼくや古暮より先に帰っていたはずだ。変に帰宅が遅れて心配をかけてしまうのもよろしくない。すでに日はすっかり暮れてしまっていた。住宅街の間をまばらに設置された街灯の光が等間隔に暗闇を切り取る。薄紫の空の色にカラスが形を変えて、翼を折り畳む。


 そして自販機の影に身を潜めて一度その通過をやり過ごしたあと、ぱっと追いかけてきた瑠璃華にぼくはあっけなく殴られた。


 いまだクロが彼女の居場所を見つけていないからと油断していたけれど、なるほど見つけられないのも納得がいく。彼女はぼくを待ち伏せていたらしいのだから。武器は錆びた単一乾電池。握りしめた拳を額の少し上に振り下ろすだけで、人は簡単に起動不能となる。


 それだけのことを確認して、ぼくの意識はあっけなく失われた。




 意識を取り戻してまず一番、ぼくは自身が拘束されていることに気付いた。


 目の前には空のバケツを振り抜いた向きに持つ瑠璃華。彼女はそれをやけに慎重な手つきで自身の足元に置いた。クロは相変わらずどこかの見当違いを探し回っているらしい。場所はどことも知れない倉庫のような場所。ぼくが座るのも鉄骨が剥きだしな柱の根本で、ペンキの飛び跳ねたような跡ばかり目立つコンクリートにワックスを塗っただけの床面は触れる部分から体温を奪い続けている。


 節電のためということでもないだろうが、当然のように庫内の電灯は落とされ、光源は彼女が用意したらしきランタンのみ。わずかに覗ける天窓越しの空はもう、日没からかなりの時間が経っているらしき仄暗さで、きっと香織はぼくの遅過ぎる夜遊びを心配している。


 改めて現状を見渡せば乾電池大の頭痛に耐えるぼくは濡れていて、周りは水びたしだった。どうやら気絶したぼくを起こす目的として、彼女はかなり原始的な方法を採択したらしい。


「起きたかな、瑠璃華ちゃんがわかる?」

「濡れて下着の透けてる美少女が見えます」

「視力満点。濡れてるのは瑠璃華ちゃんじゃなくてシロっちだけど」


 ……。返しがありえないくらい雑だった。


「こんなことされる心当たりは?」

「ありません。訴訟を考えています」

「便器の水を汲んでくるから、ちょっと待っててね」

「すいませんぼくが全面的に悪かったんです」

「そっか。でも今のシロくんにはめっちゃ便器水浴びせたい気分だから、やっぱり汲んでくるね」


 そうして瑠璃華は出て行き、しばらくして本当に汲んできたらしいバケツを傍らに微笑んだ。ぼくは鳥肌を立てて震える。それはもちろん肌寒さのせいだけではない。


「聞いてよ、シロっち。瑠璃華ちゃんね、家が壊されたの」

「お気の毒です。しかしどうでしょう、あえてポジティブに考えてみるのは。ちょうどいい引っ越しの時期だったということで。ここなんか素敵じゃないですか、広いし涼しいし」

「ここはなぁ、」彼女はぼくに付き合って、いくらか真剣に悩むふりをした。ちょろい。「昼間は良くない箱が置いてあるから使えないんだよね」

「中身を聞いたら寿命縮む系ですか?」

「そそ」


 瑠璃華がふふと笑う。


「やっぱり兄弟だからなのかな。シロっちも話してて面白いから好き」

「……どうもッス」

「好きだから許せないことってのもあるよね」

「……」


 やはりこの人もそう甘くはない。


「どうしてシロっちは、クロちむを見捨てようとしてるんかな」


 それは恐らく、ぼくが古暮と手を組もうとしていることを責められていた。しかし。


「……瑠璃華さんは知ってるでしょ。ぼくの事情も」


 何せぼくはこの人に、あの時の事件の後始末を頼んだのだから。


「だからこそなんだけどな」

「ぼくの側からすれば、瑠璃華さんが下手に手を出さなければと思わないことも」

「そうかな。君自身が殴打魔になってただけじゃないかな」


 遮るように微笑みかけられる。ぼくが殴打魔。どうだろう。肯定するほどの自負はないけど否定するほどの自信があるわけでもない。


「結果論ですよね」

「今からやめてみてもいいけど。殴打魔活動を休止してクロちむの暴力衝動はそのまま収まるかな」


 そして沈黙。悩ましげに瑠璃華は困り笑いで続けた。


「……恩に着せるつもりはなかったけど、瑠璃華ちゃんは君に頼まれて死体をひとつ消してあげたよね。その借りを返すという意味でも、クロちむは見逃してくれないかな」


 そんなこともあったなと思い出すけれど、今更じゃないかとも思う。


「それを言われると弱いですね」思い出したついでに心にもないことを言ってみる。


 瑠璃華は少し気を良くしたのか、得意げに続けた。


「心配せずとも殴打魔の方だって、これで結構上手くやってるんだよ」

「……」


 何がどうすれば上手くできるのか想像もつかないけど、この人が言うなら本当に何か仕組んでそうだから恐ろしい。


 再び沈黙が訪れて、ぼくは倉庫の外へと耳を澄ませる。何となく雰囲気からコンテナを出し入れするような港付近の倉庫かと思っていたけれど波音は聞こえないし、よく考えてみればこの辺りで潮風を浴びるには県外へと出なくてはならず、瑠璃華がぼくを監禁する程度にそんな手間をかける可能性は低い。たまに遠いながらも大型車のエンジン音が聞こえるので、ひょっとしたら住宅街のさなか。どこかの企業が持っている倉庫のひとつなのかもしれない。さてここで大声を出せば困るのはぼくか瑠璃華か。


 途端、前触れなく。瑠璃華はバケツの水をぼくにかけた。


「……臭いです」

「人の話は真剣に聞こうか」

「汚水を浴びてまで得た教訓は重みが違いますね」

「シロっち、やっぱり怒んないんだね」

「まぁ、この程度……散々やられましたから」


 便所の水もまだ浄水のたぐいで、同じ水でもそこらに数日放置されたボウフラ混じりの水などは数滴口に入っただけで腹を下す。


「でもそういう態度でいれば、いつか責任がぜんぶなくなると思ったら大間違いだよ」

「……」


 特に反論するつもりもない。過去の事件は間違いなくぼくのせいで引き起こされた。


 じゃあ殴打魔の件もぼくの責任なのだろうか。たぶん、そうなのだろう。


「でもだからって、妹を殺されるのは困ります」

「ふむ……まぁどうでもいいや」

「……いや、どうでもよくないんだけど」


 ぼくの言葉はもう届かないみたいだった。


「じゃあ伝えることは伝えたし、シロちは逃してあげるけど、代わりにあの暴走列車みたいな女の子のことは何とかしてよね」

「なら逃げてあげますけど、代わりに香織への殺意は何とかしてください」

「むー……手は思いつくけど。まぁ今夜ちょっとやって見せるから、クロ越しに鑑賞してなよ。こう見えて瑠璃華ちゃんかなり残酷なことできるんだから」

「見たまんまじゃないですか」

「はいはい、じゃあね」彼女は乾電池を握りしめた拳を振り上げる。

「……え」


 ぼくはもう一度意識を刈り取られる。


 やっぱり見たまんまじゃないか。

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