6.NとHとK

 結局、シロの部活初日の活動は単純作業のみで終わってしまった。一日の最低限の作業量をこなせば残りの時間は自由にして良いらしく、もう少し本格的な活動もしてみたいシロとしては微妙な気分になった。しかし初日から焦っても仕方ないと、意図して肩の力を抜く。


 香織は古暮に付き合って部室でお茶を飲んでいくと言い、そういえば飲み仲間だったなと気を利かせたシロは、部屋の掃除がしたいからと理由付けて一人先に帰った。


 道中、暮れる夕空にカラスと目が合って不吉感を覚えた以外。今度は右脚をもがれるということもなく、平穏無事な下校を果たした。平凡なことながら日々のそういった安全の積み重ねが幸せな老後を築くのだと思えば、些細な幸運にも感謝するようになる、のかもしれない。しかしシロはまだその域に達していないらしく淡々と帰路を消費した。


 さて、居間でくつろぐ義母に挨拶を済ませて自室に鞄を置く。いい加減、物置の名残が生活圏を圧迫するこの部屋も、片付けられるものは優先して裏の物置に移動しないと、と思いつつしかし、今日とて悠長にそんなことをしている場合じゃない。


 部屋の掃除は言い訳。シロには診察の予約があったのだ。


 昨日飛び込みで診てもらった時、同時に定期診療も済ませてしまえばよかったと思いつつ、向こうもこちらもうっかりが病気なので忘れてしまっていた。らしい。どうしても今日通院しなければ、日頃服用している薬が明日の昼には足らなくなってしまうという不便な身の上。


 シロは居間で伸びをする義母に帰宅時間を告げて玄関を出る。先ほどの帰路とは垂直の方向、住宅街の奥まった場所へと進み、市街地を目指す。飲食店の混じり始める街路の隅に見飽きた大きな建物が現れる。


 入って、昨日も見た受付のお嬢と会釈を交わし、待ち時間なく通され、奴らの気まずい診察が始まる。


「……」

「……あー診療、今日もするか?」

「要りますか?」

「要らないな、昨日やったし」

「じゃあ、帰っていいんですね」


 立ち上がる。


「まぁ、せっかく来たんだし」


 腕を捕まれ、引き戻された。


「……何ですか?」


 そう尋ね返されるほどに、医師の態度はぎこちなかった。


「その、何だ……そろそろ、君も過去を清算した方がいいかもしれない」

「……警察の仕事じゃなかったんですか?」

「綾宮くんのことは知らない。だが君はぼくの患者だ」

「詭弁臭いですね」

「ともかくだよ、君だっていつまでも傍観者ではいられない。綾宮くんの過去が誤解に絡まっているのを見過ごして、被害を受けるのは君だけじゃない」

「……覚えておきますよ」


 そこでふと思い出したように尋ねた。


「先生、精神感応って知ってますか」

「知ってはいるけど、専門じゃないぞ」


 どうしてか警戒された。


「超能力のESP系だよな、いわゆるテレパシー」


 超能力は大きく分けて二種類ある。


 ESP系とPK系。前者は五感を越える知覚能力のことで、後者は物体に力を与える能力のこと。


 ESP系はテレパシー以外だと未来視、千里眼、残留思念など。PKはスプーンを曲げるような念力が主で、他にはテレポートやアポート、発火能力などがある。


 しかし高度な情報化社会となった現在、多くの能力は例え持っていたとしても何の役にも立たないだろうとは、ここまでを解説した医師の意見。彼はこう続けた。


「スマホがあって動画も写真も送れる世の中でテレパシーなんてググれない分、よほど不便なんじゃないか」

「専門じゃないと言いつつ詳しいじゃないですか」

「君は何でも屋だとでも思っているんだろうが、これでも精神科医だから一応な……でもってだからこそ答えにくいの」

「なるほどオカルトとは身近に付き合いがありそうですね」


 幻覚のたぐいとして聞かされ慣れていそうだ、と。


「そうね。二重人格なんかも眉唾なのに、フィクションではよくもまぁイメージを喧伝してくれて」

「あれ、でも二重人格ってたしか実在の病気でしょう。よくモチーフにされてますよね」

「解離性同一性障害な。とはいえ症例は極めて珍しいはずなのよ、医療界隈でも下手に口に出したらドラマの見過ぎだと怒られる程度の。それをまぁ」

「皆さん影響されるんですね。ご心労お察し致します。ちなみに肯定派ですか?」

「ノーと言えない日本人ってとこだね。ところでぼくの話聞いてた?」

「電波受信の妄想とは違うんですかね」

「NHKにお金を払うか否か」

「あくまで精神感応なんて、ありえないと?」

「少なくともぼくの知る範囲にはだけどね。それで、どうしてそんな質問を急に」

「最近ぼくの頭がクロの視界を勝手に受信してしまうんです」

「へそで緑茶の沸くような話だな」


 医師は揶揄してもなお言い足りないかったようで、後付け的に鼻で笑った。


 シロは肩をすくめて答え直す。


「別に、ただ気になっただけですよ」

「ふーん、まぁいいけどね」まったく信じてなさそうな声を出して。「ぼくには四次元ポケットなんてついてないんだし」

「……」だから自己評価が摩天楼かって、とシロ。


 薬忘れるなねと手を振った。

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