第十一章 悲嘆なる結末の先 第一話 疑い

背中をふわりと包みこむ感覚

徐々に暖かい温もりが伝わる

ズキズキと顔が痛み

ゆっくりと瞼を持ち上げる


「...ここは」


「...目を覚ましたか、気分はどうだ?」


そっと辺りを見回すと、見たことのある光景が見える。

どうやら自室のベッドに寝かされているらしい。

ゆっくりと横に目を向けると、人影が椅子に腰をかけているのが見える。


「えっと...何があったんだ...」


リークはゆっくりと上体を起こす。


「なんだ覚えていないのか、まぁあれだけ本気で殴られればな」


椅子に座っている人影はくすりと笑う。


「そうだ!シルファに...」


「そうだよ、思い出したか」


「...ってシャルマ服を!」


椅子に座っているシャルマは大きいが薄いタオル一枚で全身を巻いている。


「なんだ、前は隠しているだろう気にするな」


「そんな問題じゃ...ていうか君なんで男のフリなんて、全然わからなかったぞ」


リークが目を逸らして聞く。

それを見てシャルマが笑いながら答える。


「ははは、気付いていないのはお前だけだよ。

それに別に隠しているつもりでもない。ただ、里では後継ぎの事もあって男として暮らしてただけさ。

里を出た今はもう、男のフリをしなくてもいいが急に女になるのもなかなかできないもんだぞ」


「そ、そうか。でも、ちょっと恥じらいを......」


「なに言ってるさっき全身くまなく見たじゃないか。

一度見られれば二度も三度も同じだよ」


シャルマはやれやれと呆れた顔になる。

シャルマの顔を見たあと、座っている椅子に何か敷いているのでようやくそこで気付く。


「僕今服を着ていないな?」


「ああそうだな、俺が敷物に使っているからな」


リークはさっと布団を掴んで前を隠す。


「なんだ、お前のもさっきくまなく見させてもらってるんだ。

恥じることないだろう」


「そんな問題じゃないんだよ、早いとこ服を返してくれ」


リークが手を伸ばすと、シャルマは立ち上がり出口に向かい歩き出す。


「じゃあ俺はもうひとっ風呂行ってくるよ。

お大事にな」


「ああ、運んでくれてありがとう」


シャルマがドアを開けて廊下に出るとこちらを見る。


「そうだ。男に裸を見せたのはお前が初めてなんだ、責任取ってもらうからな」


バタン


シャルマはニヤリとドアを閉める。


「......ったく何の責任なんだよ」


リークが呟きながら服を着るとローブを羽織る。


あの様子だとまだそんなに時間は経っていないだろう。

時間が無いな、そろそろ出ないと。


リークはドアを開けて廊下に出る。

廊下は静まりかえっていて、音ひとつ聞こえない。

意識を集中して魔力を探っていく。


「見つけた...こっちか」


少し廊下を歩いていくと階段が見えるので上に登る。

それからまた廊下をしばらく歩き、ある部屋のドアの前で立ち止まる。

コンコンと小さく叩いて小声で話しかける。


「リークだけど、少し話がある」


カチッと音がすると、ドアの向こうから小さい声で返事が返ってくる。


「わざわざ夜になんですか?とにかく入りなさい」


部屋の中に入るとそっとドアを閉める。

ベッドに座っているのは緑色の髪の女性、リオメル。


「浴場での言い訳を言いにきた訳ではなさそうですが?」


そう言いながら穏やかな表情でリークを椅子に促す。


「あれは悪かった、ごめん。

時間も無いから本題に入るよ。

今から神殿に案内してくれないか?どうしても調べておかなきゃいけないことがあるんだ」


「お前今何時だと思って...はぁ。

神官服を洗いに出してますので装備はありませんがいいですか?

戦闘は任せることになりますよ?」


リオメルはため息混じりにベッドから立ち上がると、簡素な上着を羽織りリークに近づく。


「理由を聞かないのか?」


「お前は意味の無いことはしないでしょう?

私の所に来たのも私でなくてはならない理由があるのだとしたら、聞いても仕方の無いことでしょう。

行って確かめますよ」


「ありがとう、恩にきるよ。

これを着ていてくれ、少し重いけど魔法耐力が高いんだ」


リークはそう言うとリオメルの肩にローブをかける。


「はぁ...なるほどそういうところですね...行きますよほら」


リオメルはため息混じりにリークの背中をぽんぽんと叩き出口へ促す。


「ん?どういうところ?」


「いいから、行きましょう」


リークとリオメルが廊下に出ると、そっとドアを閉める。

階段を降りて、一階を進んで中央の出口の扉へと近づく。

扉をそっと開けて外に出るとそっと閉める。

そのまま静かに屋敷を出ると、森に向かい平原を歩いていく。


「外は冷えますね、お前大丈夫ですか?

私はこのローブのおかげで寒さを感じませんが......」


「このぐらいなら大丈夫だ。

果ての里を出たときに比べればね」


リークは険しい表情で歩を進める。

森に入り進んでいくと、隠れ家近くに到達する。


「私は大丈夫ですが、隠れ家で休憩していきますか?」


「いや、朝までには帰らなきゃいけないから急ごう」


リークとリオメルは隠れ家を通りすぎ、森の少し開けた場所に出ると立ち止まる。


「確かこの辺りだったよな...」


「覚えていないのですか?こっちですよ」


リオメルは前に出ると、ゆっくり進んでいく。


「覚えていないんじゃない、あそこにはおそらく君かエリヌスがいないと辿り着かないんだ」


「そう...かもしれませんね。

何故私を?」


「神殿に入ったとして、その先エリヌスじゃ少し不安な事があってね。

君が一番冷静で適切な対応をとれそうだからだよ」


リークがリオメルのすぐ後ろについて歩く。


「まさかあの結界を破壊できるのですか?」


「まさか、ただ通るだけさ」


リオメルは急に立ち止まると、振り返りリークの目を間近で見る。


「お前またあの目を...あのおぞましい物を使うのはやめなさい。

得体の知れない力...あれはお前の命を脅かす何かでしょう!」


リオメルがリークに掴みかかると、少し声を荒げる。


「見てたのか...けど大丈夫だよ。僕には効果が無いものだから」


リークが慌てて諌めると、リオメルは手を離し怪訝そうにみる。


「その......右手は無関係なのですか?」


「無関係さ。これはまぁ...幼いときにね。

さ、先へ進んでくれ」


リークが肩にそっと手を置き、前へと促す。

森をしばらく歩くと、神殿に辿り着いた。

神殿の入り口の前で立ち止まり、魔力を集中させる。


「我に眠るは古の始祖が魔術、古文書よ力を示せ」


リークの片目に古文書の文字が浮かび上がる。

徐々に目が痛みだす。


「さ、手を」


リークがリオメルの手を取ると、結界を通り抜ける。


「本当に結界を......しかし何も見えませんよ?

魔法で灯りを...」


「大丈夫必要ない。ゆっくりついてくるんだ」


しばらく歩き続けていくと、前方からうっすらと赤みがかった灯りが見えてくる。


「出口に何が?...リーク?」


「......」


後ろから心配するリオメルの声も今のリークには聞こえていない。

リークは集中して考えていた。


この気配は間違いない

どういうことだ

なぜここに繋がってるんだ

あの人は一体なにを......


灯りのあるところに出るとリークは息をのむ。

通路の出口の先には部屋があった。

部屋は十畳程で、壁一面に天井までの高さの本棚があり、

本がびっしりと並べられている。

中央には机が一つと椅子が二つ置かれていて、小さなコップが二つ並んでいる。

その向こう側にも小さなと机と椅子が壁向きに設置されている。

そこにリークに背を向けて座っている人影が見える。

リオメルが少し掠れた声を出す。


「森の中に...こんなところが?」


「いいやここはもう森の中じゃない......ですよね?」


リークが人影に向けて言い放つと、小さな声で返事が返ってくる。


「よく来たなその通りじゃ。そこに温かい茶を用意してあるじゃろう、

冷めんうちに飲むといい。

少し座って待っておれ」


人影は書物をぺらぺらとめくりながら落ち着いた声で言う。


リオメルが人影に向かい小さく声をかける。


「あの...あなたは?」


「.........北方の神殿の神官じゃな。

私は大図書館の司書ルーシュ、お前はウルマスの愛娘じゃな?

大きくなったものだ」


「大図書館の......あなたがあの殲滅の魔神ルインですか?...なぜ父の名を...」


ルーシュは本を閉じると、くるりと椅子を回しリオメルとリークを見る。


「そんな呼ばれ方をした時期もあったな。

さぁ座りなさい、長話になる。

せっかくのお茶が冷めてしまうぞ」


リークとリオメルは椅子に座りお茶をすすると、ルーシュを見る。


「間違いを正しておくが、私は魔神ではない。

ガリオラの事件の際にあの神殿を使ったのでな、ウルマスにはそのときに会った。

近くの村に棲んでいると...お前からはウルマスと同じ魔力を感じるのでな。

私からも質問をしよう。小僧はなぜここに入れたのじゃ」


ルーシュが鋭い目つきでリークを見る。


「それは...里にいるときに、大図書館に来た僕と同い年ぐらいの少女が禁書を持って来た事がありましたよね。

あの時に師匠に内緒で禁書に目を通しちゃったんです。

それについてですが、あの時の少女が......レーミアさんの屋敷の侍女をしています」


「ほう、カナリアに会っておったか。

あれは腕のいい魔法使いじゃ。

レーミアの屋敷に送り込んだのはレーミアの監視のためでもある。

勘違いしておるのかもしれんが...あれは味方という訳ではない、

ただの傍観者に過ぎんからのう。

あれの動向次第で状況が大きく変わる、小僧もやつを信用しきるのはやめておけ」


「そういうことですか......何もかも知っていると...」


「少し違うな、ここに来るのを知っておったのは先にここを魔力が通ったのを察知したからじゃ。

昼間二人で見にきたじゃろう。

私は小僧は森を迂回すると思っておったからの。

サラのところの小娘に振り回されたか何かなんじゃろうが」


「ええ、そんなところですけど。

それともう一つ、魔神が町にいたのは知っていたんですか?」


リークが鋭い眼差しでルーシュに問う。


「ネルストの地下には以前からボルグの棲みかがある。

人間が勝手にその上に町を築いて地下熱を利用していただけじゃ。

魔神の棲みかに近づくなど自滅行為、私が手を貸す義理はない。

だが......ボルグが力を行使したということはおそらくブラハムがノワールについたのじゃろうな。

想定外の事態にはなっておる」


「僕は訓練を終えたらボルグを討伐しに向かいます。

町の人達を......あんな風に...」


リークが拳を強く握る。


「それはならん、小僧は予定通りテムプスに向かえ。

ボルグのことはカナリアに一任する。

セイレーンも危機的状況じゃ、猶予はない」


「それでも...!」


「セレネが...もう己の意思で立つことができなくなった...。

敵の増援が規格外だったのじゃ。

誓約によりウンディーネに代償を支払い...海戦を勝利に導いた。

ウンディーネはセイレーンの絶対守護者、セイレーンを守るためなら契約者の生命を容赦なく喰らう。

じゃが次にセイレーンが攻められればセレネは死ぬ、私はセイレーンに行かねばならない」


「セレネさんが......でもカナリアさん一人で勝てる相手なんですか?」


リークが俯く。


「あやつも一人前じゃ、刺し違えてでもボルグを倒す覚悟はあろう」


「彼女に死ぬつもりで戦えって言うつもりですか!!」

リークが思わず机に拳をぶつける。


「落ち着きなさいリーク!お前らしくありませんよ。

司書にお聞きしますが、レーミアさんの力をお借りすることはできないのですか?

あの方の実力は魔神のそれを遥かに凌駕していると思いますが?」


リオメルはリークの腕を強く握り制止する。


「やつは傍観者じゃ、動くか動かぬかそれすらもわからぬ。

あてにならん者を頼るなど愚策、小僧も戦場を目の当たりにすれば全てを悟る。

死を怖れる間などありはしない。

全力でぶつかり続け、勝てなければ死ぬそれだけじゃ。

私に従っておればまだ希望はある。

時には犠牲を受け入れる覚悟も必要じゃ、

話はこれで終わりじゃさぁもう行け」


ルーシュはそう言うと机に向き直り、本をぱらぱらめくり始める。


「......わかりました」


リークはゆっくりと立ち上がると、拳を握ったままゆっくりと暗闇に進み始める。


リオメルも立ち上がり頭を下げるとリークを追う。

神殿に出てからは無言で森を進み、やがて平原に出る。

不意にリオメルが真横に並ぶと脇腹を小突いてくる。


「共に行きましょう...ボルグの所へ。

自分の歩む道は自分で考え決めるものです、

決して他人が決めることではありません。

その前に訓練を生き残らなければなりませんね、ふふ」


リオメルは最後に冗談を言うと笑みを向ける。


リークの中で何かがすっと吹っ切れる。

無言で頷くと、リオメルの頭をそっと撫で再び前を向く。

リオメルも少し顔を赤らめ、前を向く。


「それにしても師匠は何をしているんだ......」


「さぁ...私たちは私たちにできることを考えましょう。

皆も助力してくれるはずです、カナリアさんも含め八人でかかればなんとかなるでしょう」


二人は屋敷へ向かい歩き続けた。


一人残った部屋に遠くから足音が近づいてくる。

足音が後ろで止まる。


「母上どうされましたか?」


「カナリア、小僧たちの訓練を終えたらネルストへ向かえ。

勝てずともよい、注意を引き付けよ」


「......承知しました」


そう言うとカナリアはゆっくりと暗闇に消えていく。


ルーシュは振り返り暗闇を見る。


「...すまぬ。死ぬなよカナリア」














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