第十章 放浪の大賢者レーミア 第五話 霧の地獄

悪いけど少しズルをさせてもらうよ。

リークは駆けながら心の中で唱える。


我に眠るは古の始祖が魔術、我に宿りし古文書よ魔をかき消せ。


「ぐっ...!アシェ...ラ!」


リークの右目に一瞬古文書の文字が浮かび上がると、

アシェラを包んでいたエイラの魔法がかき消される。

その後、リークの右目の古文書の文字は溶けるように消えていく。


「もらった!右手に鋼を!」

刹那、リークのすぐ横からリオメルが現れると

拳を握り、まっすぐリークの肩めがけて撃ち込む。


意識が覚醒したばかりの虚ろなアシェラの瞳に、

リークに迫る、リオメルの横からの渾身の正拳突きが写る。

「あなたを...守る...のはあたし....。

虎ノ門奥伝...死界。絶空」


アシェラから凄まじい殺気が迸り、闘技場を包み込む。

リオメルが反射的にアシェラの方へ視界を移す。

虚ろな目で自分を見つめるアシェラの瞳を見た瞬間、

恐怖に駆られ体が硬直する。


ギリギリギリ


少しずつ鞘から抜かれていく刀身をじっと見つめ、リオメルは確信する。


彼女はこの場の全員を斬り殺す

これは訓練なんかじゃない!


その瞬間凄まじい光が視界を遮ると、大声とともに全員が風に包まれ空中に浮かされる。


「そこまで!!!

だいたいわかりました...これ以上は危険でしょうしね。やれやれ...」

レーミアが魔法で全員を浮かして引き離す。


「うわぁうわぁ、なんなんですかこれー。

まだ決着してませんよー?」

アシェラがふわふわ浮かびながらレーミアを指さす。

その表情から殺気は消え、普段のおてんばな感じに戻っている。


「......これが黒鉄...あの殺意...」

「......ええ...」

シャルマとエイラが息をのみアシェラを見つめる。


「......エリ...私は生きていますか?」

「は...はい...」

「そうですか......」

リオメルとエリヌスも険しい表情でアシェラを見つめる。

リオメルがふと右手を見ると、恐怖でまだ震えている。


リークがゆっくりと地に降りると、深くため息をつく。

レーミアがそっとリークに近づくと耳元で囁く。

「だめですよ若君、あれは司書の魔術......それに。

最後に若君がお嬢さんを止めなければ私を含め全員死んでいたかもしれませんよ。

まぁ皆さんには速すぎて見えていなかったようですが......抜刀を抱きしめて止めるなんて大胆ですね、父君を見てるみたいでしたよ。ふふふ」


「僕の父さんはいったい何をしてきたんだ......まったく」

リークがガクッと肩を落とす。


「とにかくあれは....まぁ危険因子ですね。

黒鉄のお嬢さんの修行内容はこれで決まりとして......あとは若君だけですか」


「え?他のみんなは?」


「見ていてわかっているでしょう?彼女らの集団戦でのチームワークは十二分ですよ。

あとは戦闘訓練で経験を積ませましょうかね。

若君には......剣を振ってもらいましょうか。...左手でね」


「......どこで気づいたんですか?」

リークが顔を上げ険しい表情になる。

「不自然な動きですよ。

脳から伝達されて手が動くには.....速すぎですね、考えと同時に手が動くなんてありえない。

筋肉ではない何か......」

そこまで言うとレーミアがリークの肩にそっと手を置き微笑む。


「わかりました、剣の稽古...よろしくお願いします」


「それでは皆さん、それぞれに個室を用意してあるので案内しましょうか。

では行きますよ」

レーミアが手振りで屋敷へと促すと、全員がレーミアに続く。


シルファがリークの隣に寄ると、皆に聞こえない声で話かけてくる。

「ねぇ、アシェラは大丈夫?

さっき一瞬だけ急に雰囲気が変わった気がしたんだけど...」


「大丈夫だと思うよ...ちょっとむきになっただけじゃないか?」


「そう...ならいいんだけど。明日レーミアさんの監視つきでリリアと対話をするの、リークも一緒に来てくれないかしら」


「ああ、それは行かないとな」

リークがチラッとアシェラの方を見る。

アシェラは暗い顔でうつむいて歩いている。


大丈夫......だよな?


全員が部屋に案内され、リークも自室に入るとベッドに腰をかける。

「明日から動けそうにないな......行くなら今夜か...」


トントン


不意に扉を叩く音が聞こえる。


「どうぞ」


リークがそういうと、扉が開きアシェラが中に入る。


「夕食だそうですよ。

それと...さっきはすみませんでした、助かりました」


「毎回そうやって謝りに来るつもりか?君は。

さぁ行くよ、みんな待ってるんだろ?」

リークが立ち上がり、アシェラの肩をぽんと叩くと歩き出す。


「はい...ごめんなさい...」

「わかったって、もう何も言わなくていいよ」

リークがアシェラの手を引くと部屋を出る。


廊下を出るとアシェラの手を離し歩き始める。

アシェラもリークの後ろをゆっくりと歩いてくる。

リークは少し歩く早さを抑えてアシェラの隣に並ぶと顔を見る。


「まぁそう落ち込むなって。それより気になったんだけど、

あの時のエイラの魔法ってどんな感じか覚えてるの?」


「あーあれですか......とても強力な幻惑の魔法か何かでしょうか?

よくわかりませんが、自分の中にいる自分達と戦っていたような......。

それでうっすら見えてきたリークさんをリオメルさんが...そう思ったときにはもう虎鉄に吸い込まれてましたね......」


「幻惑...ねえ......」


「何か気になる事でもありましたか?」


「いや、まぁいいか。それよりアシェラはよくやってくれてる、そんなに思い詰める事じゃないよ。

あれが本当の殺しあいだったら僕は助かってた......それがなにより全てだ」

リークがアシェラの頭をぽんぽんと撫でる。


「あなたがそんなだから諦められないんですけどねー」


アシェラが横目でじっとリークを睨む。


「いやいや、悪い悪い。さ、食堂はここかな?」

リークは苦笑いをすると、大きな二枚扉をそっと押し開ける。


扉を開けると、大きなテーブルが一つあり、それを取り囲むように椅子が並んである。

上座にはレーミアが座っており、レーミアの隣に黒髪の若い女性が立っている。


「君...たしか...」


「いいえ人違いです。お食事が冷めますので早くお座りください」

黒髪の女性がすっと目を細め、早口でまくしたてる。


「おや?カナリアとお知り合いなんですか?」

レーミアが聞くと、黒髪の女性が間髪をいれずに答える。


「いいえ初対面です」


「ふむ...まあいいとにかく座ってください若君」

レーミアが微笑みながら手振りで椅子に促す。


奥から順番にシャルマ、エイラ、エリヌス、リオメル、シルファが椅子に座っているので、シルファの隣に座る。

アシェラがそれに続きリークの隣に座る。


シルファが背中越しにアシェラに話しかける。


「あれ?アシェラあなたトイレ行って来たの?」


「え...ええ、リークさんとは廊下でばったりですよー」


トイレって言って出てきたのか...はは

リークが呆れ顔で前を見つめると、字がびっしり書かれた大きな板が見える。


「トイレにしては戻るの早すぎない?」


「そ...そうですかあ?結構時間経っちゃってますけどねー」


「そう?......言われてみればそんな気も...」

シルファが壁に掛けてある時計を見つめている。


不意にアシェラが脇腹をつついて小声で話しかけてくる。


「ちょっ...リークさんちょっと助けてくださいよー」


はぁ......なんで僕が...

リークがため息混じりに口をひらく。


「レーミアさん、あれは何でしょうか?」

リークが目の前にある大きな板を指さす。


「よくぞお聞きになりました若君、さすがです」

レーミアが自信たっぷりに答える。


なにやら全員の冷たい視線を感じ、みんなの顔を見る。

全員がリークに冷たい視線を向けている。


あれ......なんだこの空気は


シャルマがフッと笑みをこぼすと、リークに話しかける。


「わざわざ誰も触れずにいたものに触れた勇気だけは認めよう、勇者君」


何が勇者君なんだよ...


心の中で呟くと、レーミアが話を続ける。


「諸君、見てわかるとは思いますが......ここに書かれている内容が君達の明日からの修行の内容ですよ。

シャルマとエイラ、神官姉妹には今日と同じく連携戦闘を磨いてもらいましょうか。

若君と姫君、黒鉄のお嬢ちゃんは問題が多すぎるので私じきじきに欠陥を修正する修行の補佐をいたしましょう。

午前中は全員闘技場で魔力操作の訓練、午後はその板に書かれている修行をこなしてもらいますので」


リークが食事をしながら板を見つめる。


なんでこんなにハードなんだよ...


全員が食べ終わると、カナリアが口をひらく。


「お部屋にお風呂が備えられていますが一階に大浴場もございます。

よろしければご使用下さいませ。

夜はわたくしが警備をつとめておりますが、万が一もございますので外出はお控え下さいますよう」


それを聞くと、全員が食堂を後にする。

リークも部屋に戻ると、着替えを持ち一階に向かう。


「ま、せっかくだもんな」


大浴場に入ると、脱衣場の向こうにとてつもなく広い浴場が見える。

その真ん中に巨大な岩があり、岩の上から湯が沸き出ている。


衣服を脱ぎ、タオルを持つと中央の岩場まで進んでから肩まで湯に浸かる。


「ふぁああ。とけそうだ......」

ぼっーとしていると、意識がぼやけてくる。

ぼやける視界の向こうから微かに複数の人の声が聞こえ、

やがて実体が視界に写る。


美しい真っ白い肌......見たことのある顔ぶれ...


おいおいおいおい......これはしゃれにならないぞ!


はっと意識が覚醒して周りを見渡す。

逃げ道が思い付かずあたふたしていると、最大のピンチがやってくる。


「すっごいわねー、こんなに広い浴場なんて初めてだわ。

めいっぱいくつろげるわ、幸せ!」


シルファが先に浴場に現れると、湯に足を浸ける。


不幸中の幸い湯けむりでまだこちらには気づいていない。


まずいな......


不意に岩場の裏側まで手を引っ張られ連れていかれる。


「落ち着けリーク、俺だよ」


隣を見るとシャルマが湯から顔だけだしている。

フードを取ったシャルマの顔立ちは整っていて、少年のようなあどけない表情をしている。


「驚いた......君、意外と可愛い顔してるんだな」

リークが真顔で答えると、シャルマはすっと目を細めリークを睨む。


「そんなことを言っている場合か...。まぁいいとにかく見るに見かねたのでな、出口は裏にもある。

ほれあそこに小さい扉があるだろう?

いざとなればあそこから脱出できるぞ」


おおお!天の救いが!

リークは心の中で祈り、シャルマの手を掴む。


「さあ、一緒にこの地獄から抜け出そう!」


リークが立ち上がり凛として言うと、シャルマの顔が真っ赤になりため息をつく。


「はぁ...その必要はない、さっさと逃げた方が身のためだぞ。

それに早くそれを隠せ、目のやり場に困る」

シャルマが上目遣いにリークを見る。


「ん?どういう事なんだ?何を言っているんだ君は」

リークが呆然としていると、シャルマがゆっくりと立ち上がる。


見ただけでわかるような白いすべすべの肌の太ももに、

少しふっくらした胸...少しふっくらした......


「こういう事だ」


「な......なん...だと?」

リークは思考が停止し唖然とシャルマの胸を見つめる。


「はぁ...そんなにまじまじ見るな、さっさと行け」

シャルマがため息とともにリークの手を払う。


一人が岩場を回りこみこちらに近づいてくる。


「うふふ、シャルマこっちにいたのね......と...シルファ!面白いものを見つけたわよ、うふふ」

エイラがちゃぽんと湯に浸かり、岩場に背を預けるとにやにやしたまま目を閉じる。


「なになに?何か見つけたのエイ......ラ...」

シルファがうつ向いて拳を握る。


「どうしました?何かあったのですか?

......きゃっ!お前!なんでここに!」

リオメルがタオルで前を隠す。


「リオ......どうしました?」


「エリ!そこから動いてはいけません!」


「は......はい」


「なになに?なんですかあ?リークさんでもいましたか?

...うはホントにいた!あたしのあられもない姿を見に来てくれたんですね!ひゃー!」

アシェラがタオルを投げ捨てリークの方へ飛び込もうと駆け出す。


「リオさん......私の拳に力を...」


「......そうですね、右手に鋼を」


「ほら言わんこっちゃない...目をつむっておいた方が身のためだぞ」

シャルマがやれやれと呆然と立ち尽くすリークの瞼を手で閉じる。


「リークさーん!」


「だ......だめえええええ!!!」


アシェラが抱きつくよりも早く、シルファの拳が顔にめり込んだ。


薄れゆく意識の中で夢の天国の光景が見えてくる。

白い肌の女性たちが目の前に集まっている。

微かに話し声も聞こえてくる。


シャルマ「俺が部屋に運ぶ、さっさと出るように言わなかった俺の責任でもあるからな」


アシェラ「あたしが連れて行きますよお!あたしが!あたしが!」


シルファ「あなたは絶対だめ!何をするかわかったもんじゃない!」


アシェラ「ほうほう何をするかですかあ?一体ナニの事を言ってるんですかねお姫様はー」


リオメル「お前!ひ...ひ...卑猥な表現はやめなさい!」


アシェラ「ほうほう何が卑猥ですかねー?」


エリヌス「ひ...ひ...ひわ...ひゃあ」


エイラ「うふふふふ」


シャルマ「うるさい連中だなまったく......お?目を覚ましたか。ならさっさと部屋に戻れ」


シルファ「なんですって!目を開けちゃだめえええええ!!!」


ぶすっ


とどめの一撃とともにリークは意識を完全に失った。


































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