第十章 放浪の大賢者レーミア 第三話 ネルスト地底城


「......もう...大丈夫ですよ」


アシェラは涙を拭い顔を上げる。


大樹の洞窟でアシェラが泣き崩れてしばらく、リークは傍らに居続けた。

二人が座り込んでから一時間ほど経っていた。


「......急に泣き出すもんだからなんて言っていいのかわからなくて」

リークは寝転ぶと洞窟の天井を見つめる。


「...あたしは...刀を人を殺すためだけに振り続けてきました。

刀は錆びれ...耳障りな音を響かせ、血に染まるだけ......。

剣がそんな美しい音を響かせるなんて...嬉しかったんです。

あたしも刀を...ただ人殺しをするためだけじゃない...誰かを守るために使いたい......そう思ってしまった。

けど...そんなこと思う資格なんてない...今までずっと斬り殺す快感のためにだけ刀を振り続けてきた......今さらそんなこと...」

アシェラは続きを口にすることなく、座ったまま俯く。


「君の今までやってきた事がどういうものなのかは僕にはわからない。

わかった風に振る舞うつもりもない。

ただ......誰しも今まさに歩いている道が、以前と同じ...もしくはこの先も同じ道を歩くとは限らないと思うんだ。

皆ちょっとしたきっかけで変わっていくものだと思う......、

実際僕自身も今の現状は当初の旅の目的とは違っているしな。

君のこれからも...変わっていくものだと僕は思う。

過去は消えない......消えないからこそ悔やみ、よき未来に向かい改めようとするんじゃないかな。

こんな偉そうなこと言ってると師匠に怒られちゃうかもしれないけどな...ははは」

リークはアシェラに真剣に想いを伝えると、苦笑いを向ける。


「......そう...だといいですね。なるほど...とてもあなたらしい...とっても......」

アシェラは手で顔を塞ぎ涙を拭う。

「あたしは......あなたを守る剣になりたい。

人を...世を憂うあなたの心が...あたしには...とても眩しいんです」


「あはは、そんな大それたものじゃないよ。

ただ行き当たりばったり流れてるだけだよ?」

リークは笑いながら返す。


「そんなあなただからこそです......あたしを妻として傍に置いてください」

アシェラは真剣な顔つきで寝転んだリークの手を握る。

微かにアシェラの手が震えているのが伝わってくる。


「アシェラの気持ちは凄く嬉しい......けど、その気持ちには答えられないんだ。

その申し出を受けると将来僕は...君を置きざりにして......」

リークは天井を見つめたまま口をつぐむ。


「...どういう...事ですか......」

アシェラは唖然とリークを見つめる。


「ごめんね、今はまだ何も言えない」


「じゃあ...護衛でも構いません......旅の最後まで一緒にいさせてください!」

アシェラは両手でリークの手を握りしめる。


リークは座るとアシェラと向かい合いそっと頭を撫でる。

「......わかった。護衛じゃなく、仲間としてだ」


「...ありがとうございます」

アシェラはリークの胸に顔を埋める。

リークはそっと肩を抱き寄せる。


「......今だけは許してください...」

アシェラはそう言うと、しばらくリークの胸で泣き続けた。



その後、アシェラが泣き止むと二人はリオメルの家へと向かう。


「ずいぶん時間経っちゃいましたね、誰も起きていないといいんですが...」

玄関の扉の前で立ち止まり小声で会話する。


「起きてたら声くらい聞こえてもいいくらいだけど...中は静かだよ」

リークとアシェラはゆっくりと扉をあけ中に入り、アシェラがそっと扉を閉める。

リークとアシェラが同時に部屋の方を見ると、寝ているはずの三人がこちらを見ている。


薄暗い蝋燭の灯りで映し出されたのは、深い緑色の長い髪の二人の女性と、

椅子に腰をかけている美しい銀髪の女性。


「やれやれ、姿が見えないと思えば逢い引きですか...汚らわしい」

リオメルが冷ややかな目線でこちらを見る。

「あ......あい......あい...」

エリヌスが口をぱくぱくさせると、両手で顔を塞ぐ。


「いやいやいやなんにもないですってほんと!...あは...は」

アシェラが両手で制すると苦笑いをする。

シルファがそれを真剣な眼差しで見つめると、立ち上がりアシェラに近づき手を掴む。

「さぁ、もう寝るわよ。明日は森を抜けるんでしょ?」

シルファはアシェラを二階に引っ張り連れていく。

「えっ......と、それだけですか?」

アシェラが唖然とシルファを見る。

「......大丈夫なの?」

シルファは立ち止まり心配そうにアシェラを見る。

「あー......はい...もう大丈夫です...」

アシェラが苦笑いを返すと、

「そう、なら寝ましょう」

シルファが笑顔になり二階へと上がっていく。


「うん?お前達何かあったんですか?」

リオメルが二階に上がる二人を見届けると、訝しそうにリークを見る。


「いや、もう大丈夫。心配かけて悪かったな」

リークが真剣にリオメルに謝罪すると、

「...そういうことならもう寝ましょう。行きますよエリ」

リオメルがエリヌスの手を握り二階へと向かう。

「え?...あ、はい」

エリヌスも顔を上げるとリオメルに続き二階へと向かう。


リークは椅子に腰をかけ、小窓から月を眺め呟く。


「......いつか天罰が下るだろうな...ねぇ母さん...」


暖かい陽の光がリークの顔をそっと照らす。

リークはゆっくりと瞼を持ち上げる。

小窓から陽の光が入り部屋を照らす。


「...ん...朝か...」

リークは眠気眼で部屋を見渡すと、全員が支度を整え机の回りに集まっている。

リオメルがリークに気づくと歩いてくる。

「お前よくそんな所で眠れましたね、早く支度しなさい。

それとこれを飲んでおきなさい、少しは体力が回復するでしょう」

リオメルは心配そうに液体の入った小瓶をリークに差し出す。


「すまない...助かるよ」

リークが小瓶を開けて飲み干す。


「顔色が悪いですよ...何か、私にできることはありますか?」

リオメルが空の小瓶を受けとると、手を差し出してくる。


「大丈夫、少し考え事してて眠れなかっただけさ」

リークが手を取り立ち上がると、椅子にかけているローブを羽織る。


「......お前...右手が...」

リークはそっとリオメルの口に指を充てて制すと、玄関に向かい歩き出す。

「さぁ、皆出発しよう。昼までにはネルストに着いておきたいからね」


「そうですねー、宿も探さないといけませんからねー」

アシェラもリークの後ろに続く。

「ちゃんとした宿があることを祈るわ」

シルファが溜め息混じりにアシェラの隣に並ぶ。

「リオ...行きましょう...置いて行かれますよ?」

エリヌスがリオメルに声をかけると、呆然とリークを見つめていたリオメルがはっと我に返る。

「え...ええ行きましょうか」


リーク達は雲隠れの大樹を後にした。


何事もなく森を抜け、大平原を進みネルストまであと少しの所。


「リークさん!!何か異様な気配がします」

アシェラが険しい顔でリークの前に出る。

「......すごい魔力の圧力だな...町になにかあったのか?」

リークも険しい表情で少し先の町を見つめる。

「この気配はまさか...」

リオメルが呟くと、シルファがあとに続く。

「間違いないわ、魔神の魔力よ」

エリヌスが町の門をしばらく凝視して、声を漏らす。

「あれは......魔力隔壁...あの結界の中では火の魔法以外は使えません!」

「リリアの力と同じね......ということはあそこに火を使う魔神がいる可能性が高いわ」

シルファが細目で見つめ、さらに続く

「門の上に何かいる......」


門の上に立っている人影はふわりと宙に浮くと、両手を掲げて叫ぶ。


「我がネルスト地底城にようこそ!!

愚かな魔法使い達よ!愚かな人間達よ!

貴様等愚かな下等種族に我が絶望を与えよう!

我は地底城で待つ者よ。

我が地底城で屍となるがいい」

人影は急に灼熱に燃え盛ると、炎の中でニヤリと笑みを浮かべる。


エリヌスの目が見開かれると、大声で叫ぶ。

「汝が炎、我らに触れること許さぬ!」

両手を前につきだし、全魔力を振り絞る。

リークが金色の目で魔神を凝視して、天に右手を掲げる。

「我に宿りし光の力、その光は時を超える。

天に荒ぶる光の女神よ、我を化身とし輝かん」

リークが唱えるとリークの全身が輝き、前方広範囲に光の壁が現れる。

その直後に、凄まじい爆発音と衝撃で地面が揺れる。


「きゃあ!」

「何が起こってるんですか一体!」

シルファとアシェラは支えあいなんとか持ちこたえる。

「くっ...これは爆発系の魔法...」

リオメルが片膝をつき踏みとどまる。

エリヌスがふらつきリークに背をぶつける。

爆発が静まると、リークがゆっくりと右手を降ろし左手で右腕を強く握る。

「くっ、なんとか防ぎきれたか」

光の壁がふわりと消えていくと、

目の前は黒く染まった大地にぽっかりと大穴が空いている。


「な......!町が......」

リーク達が唖然と、黒く焼け焦げ何も残っていない町を見つめる。

しばらくの沈黙をリオメルが破る。

「あの魔神...地底城とか言ってませんでしたか...?」


「あ...ああ確かそんなことを...」

リークがはっとして答える。

「まさか...あの大穴の下に城があるとでも?」

リオメルがゆっくりと立ち上がり、リークの肩に手をかける。


不意に目の前を突風が吹き、五人が固まりしゃがみこむ。

突風が止むとそこに、騎士のような風貌の背の高い茶髪の男性が立っている。


「これはこれは、まさかブラハムがあちらにつくとは...油断しましたね。

おっと、皆さまご挨拶しておきましょう。

私は...風の賢者レーミアと申します。

爆発に間に合いませんでしたが...よく防ぎきりましたね若君。

さすがはフォーカス殿の息子にしてルーシュの愛弟子と言ったところですか」


レーミアが放つ桁違いな質、量の魔力を感じて

リーク達は唖然とレーミアを見る。


「あなたが......放浪の風の大賢者...レーミア」

リークが掠れた声で呟く


「さようにございます」


騎士の姿をした男はリークに深々と騎士の御辞儀を見せる。



















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