第十章 放浪の大賢者レーミア 第二話 月ノ型

大樹に到着したリーク達はアシェラに出迎えられると、

大樹の根本付近にある焚き火の広場へと歩を進める。


「にしても来るの早かったですね。

もっと時間がかかるものかと思って、あたしも様子を見に行こうと思ってたところなんですよー」

右隣を歩くアシェラが、リークをちらちらと見る。


「まぁ少し見てきただけだからな。

アシェラが考えているようなことは何もないよ」

リークが淡々と返す。


「いやぁ二人っきりですしー、旦那様大胆ですしー。

何かあったら困りますよー」

アシェラがニヤニヤしながらリークの腕に絡む。


「何にも無いってば!いちいちくっつくなよ...ったく」

リークが腕を振りほどく。


「あぁんひどい、あたしを捨ててしまわれるのですね旦那様」

アシェラがパタッと地面に倒れる演技をする。


リークは一度立ち止まってアシェラを見るが、前に向き直ると進み始める。


「それでエリヌス、焚き火の広場には何があるんだ?」


「え...と...みんなで食事する場所...です。

なので交代で絶え間なく火を焚き続けてます。

火...消えちゃうと......大変なので。

あの...いいんですか?置いて行っちゃっても...」


「いいんだよ、ああいうの相手にしてると気がもたないだろ?」

リークがクスクス笑いながら言う。


「こらああ!あたしを置いて行くとは何事ですかー!」

アシェラが後ろから追いかけてくると、リークの隣に並ぶ。


「君が勝手に止まったんだろ?」

リークがクスクス笑いながら答える。


「あたしは正妻候補ですよ?扱い雑じゃないですか?」

アシェラが口を尖らせてリークの腕を肘でつつく。


「何の話だよ、さぁそろそろ着くんじゃないか?」


「ちぇっ、わかりましたよー。

まぁそれはそうと、食事の準備はもう終わってるみたいですよー」

アシェラがさっとリークから離れると、広場の焚き火付近に歩き去っていく。


「これだけ大人数だと大変そうだな」

リークが広場を見渡す。


広場の中央に巨大な岩で囲まれた巨大な焚き火があり、

その回りを囲むように鍋などを設置している。

鍋の回りをそれぞれ数人の男女が囲んでおり、各箇所で別々の料理が伺える。


「いえ、皆さんの力を合わせればこそです。

それぞれがちゃんと役割を果たしてくれますので生活は安定してますよ」

エリヌスが笑顔で答える。


「なるほどな。優れた指導者がいればどこでもちゃんとやっていける...ということか。

この人達はどこから来たの?」


「ここにいる方々は皆、エリ達が居た村の生き残った方たちです。

必死でなんとかここまで......」

エリヌスから笑顔が消え、寂しそうに答える。


「そうなのか...、だけどまだこれからがある。

亡くなった者達の無念を晴らすためにも...」

リークがエリヌスの頭をそっと撫でる。


「...ありがとう...ございます。

エリはあなたが悪しき者だとはとても思えません!

シルファさんとアシェラさんからはとても強い邪の力を感じますが...。

あなただけは違う...この大地が...世界があなたに力を分け与えるなんて...」


「やっぱり見えていたんだな、さすが魔法解読の専門家だな」

リークがにっこりと笑いかける。


「いえ...その...ありがとうございます」


そんなやり取りをしていると、焚き火の方から声が聞こえてくる。


「リークこっちよー。待ってるんだから早くー」


焚き火の方を見ると、シルファがこちらに向かって手を振っているのが見える。


「行きましょうか」

エリヌスが先に歩き出すと、シルファの方へ向かう。

リークもその後ろに続く。


鍋を取り囲むように、シルファとアシェラとリオメルが木で作られた半円形の椅子に腰をおろしている。

中央で煮られている鍋には様々な野草、獣の肉が放り込まれ芳ばしい匂いが漂っている。


「もう食べられるわよ、はいこれお皿」

シルファがリークに手渡すと、自分も鍋から具材を取り出し皿に入れる。


「すごいよくできてるな、木でこんなにしっかり作れるものなのか」

リークが感心しながら木製でできた器具で具を取り出し皿に入れる。


「ええ、最初はいろいろ試行錯誤したものです。

ってお前!肉ばっかり取りましたね!?

数が限られているんですから野草もしっかり食べなさい!」

リオメルがリークの手をパシッと掴み、皿に野草をもりもりに入れる。


「こ...こんなに!?」

リークが皿に盛られた野草を唖然と見つめる。


「当たり前です、文句があるならそれを全部食べてからにしなさい」

リオメルがキリッとリークを睨む。


「さいですか...とほほ...」

リークが肩を落としてシルファの隣に座る。


「ふふ...良かったわねリークー。

私の野草も分けてあげてもいいわよ?」

シルファが自分の皿から野草を取り出しリークの口に突っ込む。


「もごもご......そりゃどうも」

リークが拗ねた顔で野草をむしゃむしゃ食べる。


「「あはははははは」」

それを見て皆が笑う。


夕食を食べ終え、片付けを済ませると、リオメルの住む家へと案内される。


「この大樹の外周にある階段を登っていくと私達の家があります。

村の民達の家が所々建てられていて、私達の家が一番上にありますので大変ですが...まぁ修行だと思って登れば大したことはありません」

リオメルを先頭に階段を進んでいく。


「一番上というと?まさかこの大樹の一番上じゃないだろうな」

リークがため息混じりに聞き返す。


「お前バカですか?皆より一番上と言っただけです。

上からだと全体がよく見えるので何かあったとき動きやすいでしょう。

登りたければお前だけ頂上を目指しなさい」


「な...なんか急に当たりがキツくなっていないか?...」

リークがため息混じりに肩を落とす。


「何も考えずに肉ばっかり取るからじゃないですかー?

そんなに肉好きならあたしのお肉もつまみますかー?」

アシェラがリークの隣に並ぶと手を握る。


「そういう卑猥なのはやめなさい!」

シルファがアシェラの手を掴むと後ろに引っ張る。


「では......あたしがシルファさんをつまんじゃいましょうか?」

アシェラがシルファに抱きつくと、胸とお尻を掴む。


「え?...や...こら......怒るわよ!ったく!」


「えええーあたしは別にいいですよ?シルファさん可愛いしー」


「良くないわよ!」


しばらくしてリオメルが建物の前で立ち止まる。

「ここが私達の家です。何もありませんがただ休むだけなら使い勝手はいいほうだと...どうぞ中に」

リオメルが促すと、女性陣が次々と中に入っていく。

最後にリークが入ろうとしたところで、リオメルが制止する。

「先に警告しておきますが...お前が二階に上がるのは禁じますからね」


「へ?どうして?」

リークがキョトンと聞き返すと、リオメルが怒りの形相に変わる。


「お前...女性の家に上がり込んでよく平然と......」


「そうだよね!なんなら玄関で寝てもいいよ!うん!」

リークが深々とお辞儀をすると、


「いえ...そこまでは言いません。

ですからお前だけ一階で寝なさい」

リオメルは機嫌を直すと、建物に入っていく。


女性陣達が根本の泉で身体を洗い戻って来て着替えるまで、

一階の椅子で目隠しをされ縛られた状態で待つこと一時間。


「もういいわよ、ごめんねリーク。

これが皆のためなのよ...私は別にいいんだけど......」

シルファが縄をほどきながら耳元で囁く。


「あたしも別にかまいませんよ?」

アシェラが口を尖らせてシルファの後ろに立つ。


「いや、こうする事が一番いいんだよ、うん」

リークがそういうと、リオメルがリークを睨めつける。


「当たり前です!考えるまでもありません!」

リオメルはそういうと、二階に上がっていく。


「あの...おやすみなさい...リークさん」

エリヌスもリオメルに続き二階に上がっていく。


「あたしはリークさんのお側に...」

「だーめ!さっさと来る!」

「なんでですかあーどこで寝ようが自由じゃないですかー」

「はいはいさっさといく!」

シルファがアシェラを引っ張り二階に連れていく。


静かになったリビングで小窓から東の方角を眺めると、

地平線には森の木々だけが見えている。

「この高さだと向こう側は見えないのか...」

ふと、上はどうなっているのか好奇心に駆り立てられる。

しばらく休んだ後、見に行ってみるか。

そう思い椅子に腰をかけると小窓から月を眺める。

しばらくボーッとしていると、記憶の奥の何かが微かによみがえる。


大樹の木剣を振る少年と精霊

大樹に棲まう精霊が剣を構えると、少年に技を見せる。

手首を器用に返しながら、右手で円を描くように下から斬り上げ左に回り左下からの斬り上げ。

少年は木剣を構えると、同じように剣を振る


しばらくすると、その光景が頭からうっすらと消えていく。


「今何か...見えて.....」


リークはゆっくりと立ち上がると、外に出る。

大樹の階段を登っていくと、穴がありそこに入る。

大樹の中身は、円形の広い洞窟のようになっており

少し離れたところに、うっすらと誰かが見える。


「やあ......久しぶりだな少年...大きくなったではないか」


「...カゲロウ......なんでここに...」

リークが唖然と見つめる。


「なに、一瞬だが門が開いたのでこちらに来たまでだよ。

気配がしたのでな...まさか少年が居ようとは。

何かの縁だ...稽古をつけてやろう」

カゲロウは木剣を持つと立ち上がり、剣を構える。

「よく見ていなさい、少年が会得しているはずであろう剣術だ」

「月ノ型、三日月」

カゲロウは右手を後ろに引き、腰を深く落として踏み込み、上段から右手を前に振る。

「月ノ型、半月」

カゲロウは右手の木剣を左に構え、左足を後ろに下げ、剣を横に振り抜く。

「月ノ型、満月」

右手の下段からの斬り上げ、手首を返し、左に回り下段からの斬り上げ。

「そして...月ノ型、円月陣」

右手で左下段からの斬り上げと同時に宙返りをして、そのままの勢いで着地と同時に木剣を横に振り抜く。

円を描くような斬撃。


「......蜉蝣円舞...月ノ型、それが今の剣技の名よ。

少年...思い出したであろう。

さぁ目覚めよ...私の剣をくれてやろうぞ。名を...蜉蝣刃羽」

そう告げるとカゲロウはうっすらと消えていく。


「待って!!カゲロウ!!」


はっと我に返ると、椅子に座り小窓から月を眺めていた。

二階で物音がすると、静かに誰かが降りてくる。


「うーん......何ですかー今の声は?

何かあったんですか?」

アシェラが眠そうに頭を掻きながら降りてくる。


「悪い......何でもない...少し出てくる」

リークはぼっーとしたまま玄関を出ると、階段を登っていく。

そして大樹の穴に入り、カゲロウが座っていた場所を見ると、

一本の細身の剣が刺さっている。

リークは剣にゆっくりと近づき引き抜く。


シャイーンというキレのいい刀身が震える音

足下に木製の鞘が横たわっていて、それをゆっくり拾い上げると

細身の剣をチャキンと鞘に納める。

鞘には蜉蝣刃羽と刻まれている。

リークはしばらく唖然と剣を眺めていた。


「いい音です...今まで聴いたことのない美しい音ですよ」


リークが振り返ると、アシェラが穴の入り口に立っていた。

そこでリークは我に返る。


「さっき!...夢でみた......ここにカゲロウが居たんだ...剣を...と」

リークが悲しそうにアシェラに話す。


「...びっくりした...そんな顔もするんですね...初めて見ました」

アシェラは優しい眼差しでリークを見つめる。


「あ...いや、悪かった。

それより見ててくれないか......蜉蝣円舞月ノ型、円月陣」

リークは剣を抜き、下段斬り上げから宙を舞うと、着地と同時に水平に剣を振り抜く。

シャイーンという残響が洞窟に響き渡る。


「......剣が...鳴いているようです...これが失われた剣術の真の姿...」

アシェラが唖然とリークを見つめる。

「......人を斬るための剣がこんなに美しいなんて...」


アシェラは下を向き、ひたすら涙を流し続けた。














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