第十章 放浪の大賢者レーミア 第一話 雲隠れの大樹

「あーっ!それは皮を剥かないとだめですよー。

貸してください、あたしがやります」

アシェラがリークの手をとり果実を掴みとると、短剣で皮を剥いていく。


「そっか、そのままいけそうな気がしたんだけどな。

ありがとうアシェラ」

リークは果実の皮を剥くアシェラを眺めている。


「...いえいえ、そんなに見つめなくてもあたしは傍にいますよ?」

アシェラは横目でちらっとリークの顔を見る。


「はいはいわかってるよ、前見てないと手を切るぞ......ったく」

リークは溜め息をつき前を見ると、シルファが鬼のような顔でこちらを見ている。


「......アシェラにはずいぶんお優しいのねリーク」


「ちょっ...ちょっと待った、今の何がいけなかった...ん...ひっ!」


「今の?何が?ですって?」

シルファの目付きがさらに悪くなっていく。


「......その、ありがとうございます。

皆さん...仲良いですね...羨ましい......」

エリヌスがぼそぼそと呟きながら果実を少しずつかじっている。


「仲?...良いですって?」

シルファがゆっくりと鬼の形相でエリヌスに向く。


「あ!...あの...その......ごめんなさい...」

エリヌスが冷や額から汗を流しながら顔を隠してふせる。


「こらシルファ、あんまり威かすなよー」

リークが果実を食べ終わると、立ち上がり森の方に歩いて行く。


「わかってるわよ、それで?あなたは食べないの?」

シルファがエリヌスの隣に座っているリオメルを横目で見る。


「......まだ...あなたたちを完全に信じた訳じゃありません」

リオメルが不機嫌に答える。


アシェラも果実を食べ立ち上がると、

「...はーん、リークさんに感謝するんですね。

言っておきますけど、あたしはあんた達を斬り殺すつもりだったんですから。

この先あんた達がまた戦意を向けてきたときは...首が落ちると思ってください」

アシェラは冷たく言い放つと、リークの方へ歩いて行く。


「まぁ......あなたたちも利用されてるのだから可哀想なんでしょうけど...

私もリークも居るから大丈夫よ、それよりあの森には何があるの?」

シルファがエリヌスの肩にそっと手を添える。


「あ...あの森は、私たちの隠れ家があります...その、食べ物も豊富なので...」


「そう...今日はもうあまり進めないから、あの森で休むことになりそうなの。

良ければ休む場所を提供してほしいのだけど......」

シルファが落ち着いた声でリオメルに話しかける。


「......ええ、隠れ家へ案内しましょう。

快適...とまでは言えないけど...」

リオメルが顔を上げ遠くを見つめている。


「そう...ありがとう、お言葉に甘えるわ」



戦闘が終了してからかなりの時間リオメルが塞ぎこんでいたので、

リーク達はその場で座り込み休憩をとっていた。

先に進むと言うシルファとアシェラをリークが説得し、

とりあえずはレーミアのところまで同行させることとなった。


リークは魔獣の死骸が転がっているところまで来るとしゃがみこむ。


これは一体どこから来ているんだ......。


「不思議ですよねー、この世界でこんな魔獣今まで見たこともない。

魔法で生物を作ることなんてできるはずないのに...」

いつの間にか後ろにいたアシェラが、リークの真横に並ぶとしゃがみこむ。


「...そうだな、それにしてもこんな魔獣をあんな簡単にみじん切りだもんな」

リークが苦笑いで魔獣の死骸を見つめる。


「......闇夜桜吹雪...あれを使ったのは刀を握ってから今日が最初ですよ?

簡単なんてものじゃない...斬れるイメージがまったく無かったですから。

この肉体、こう見えて恐ろしく硬質で...まるで別世界の生き物みたい...」


「...別世界ねぇ......別世界なんてものが本当にあるのか......」

リークは魔獣の残骸に触れる。

ボロボロに朽ちているが、微かに魔力を感じ取れる。


「よく触れますねそんなもの、変な病気になっちゃったら...困りますよ?」

アシェラはそっとリークの体にもたれる。


「大丈夫だろ...微かに魔力を感じるということは、この世界の生き物なのかな.....。

それより...またそんなことしてるとシルファが」


「別にいいじゃないですかー、見せつけてるんですよ?これは勝負なんですから」


「はあ...一体なんの勝負なんだか」


「それよりも......さっきは...ありがとうございます」


「さて...何の事だかな......」


「...あたしの異質な能力なんですよ。虎ノ門を使った時の殺戮衝動...あれが始まると歯止めが効かなくなる...。

リークさんの師匠には大口叩いたんですけど、失敗でした。

また......頼らせてもらっていいですか」


「......自分で、何とかできるんじゃないか?」

リークはアシェラの頭をそっと撫でると立ち上がる。

「さあて、そろそろ前に進まないとなー」

リークは少し伸びをして体をほぐす。


「......その優しさは意地悪じゃないですか...」

アシェラがボソッと呟く。


「ん?何かいった?」

リークはあくびをしながらシルファ達が座る方に目をやる。


「なんでもないですよーだ。

くらえアシェラ流体術...脛打ち、えいっ」

しゃがんだまま右拳でリークの脛を強めにガツンと殴る。


「いってー!!!な....なにを!」

リークが倒れると脛を押さえてうずくまる。


「へへん、してやったりー」

アシェラがにこにこしながらリークの額をちょんとつつく。


足音が近づいてきて、頭の上で立ち止まる。


「ん?どうしたの?何してるのよ?」

シルファがきょとんとリークを見つめる。


「くっ......これは...」

リークが悶絶していると、アシェラが陽気に答える。


「さあ?罰じゃないですかー?気にしない方がいいですよー」


「はあ......まあいいわ、それよりリーク。

あの子達の隠れ家へ案内してくれるって...森の中央だから結構遠いみたいだけど、どう?」


「えっと...そうだな、そうしようかな......その...黒...見えて...ごめん」

リークは途中から、目を反らしてぼそぼそ話す。


「......わざわざ見てるでしょ...まったく。

じゃあ私話まとめてくるから」

シルファは呆れると、エリヌスの方へ戻っていく。


「あ!そんな方法で釣るのはずるいですよ!もう...。

リークさん...ちなみにあたしは......白ですよ...見ます?」

アシェラがリークの耳元でボソッと囁く。


「聞いてないんだけど!」

リークが少し想像して仰向けで叫ぶ。


全員が荷物をまとめてリークの周りに集まっている。

リークも起き上がって荷物を持つ


「......ったくもう、それで?リオメルについていけばいいのかな?」

リークはリオメルを見ると、森の方へと手を向けて促す。


「ええ。先に帰らせた者たちに、獣の討伐と食事の用意を頼んであるので、

急ぎましょう。

じきに夕刻です」

リオメルが森の方へと歩き出す。


「ちっ、なんなんですかねーあのお澄ましな感じはー」

アシェラがリオメルの後ろ姿を睨みつける。


「ご...ごめんなさい......リオにはその...ちゃんと言っときます」

エリヌスがアシェラにお辞儀をすると、リオメルの後ろに続く。


「あなたに言ったんじゃないですけどー?」


「まぁまぁ......気に入らないことだけはわかるけど、

どうしてそんなにつっかかるのよ」

シルファがアシェラの肩を揉みながら聞く。


「自分たちは不幸だ......それを全て誰かのせいにして、復讐を糧に生きる...

腐った根性ですよねー。

被害者とか加害者とかどうでもいいんです。

強者が正義ですよ......不幸が嫌なら何もかも守り通すしかありません」

アシェラが真剣な顔でそう告げると、森に向かい歩き出す。


「みんな...何かあるのよね、私たちも」

シルファが悲しそうに呟くとアシェラを追う。


「これは......大変な旅になりそうだな」

リークもゆっくりとみんなの後に続く。


森に入ると物静かで、小動物たちがあちこちで草木をかじっている。

獣道を奥に進み続けると、少し拓けた場所に出る。


「ここで少し休みましょう。

ここからは小さいですが魔獣も出ますので」

リオメルが倒れた木に腰をおろす。


「結構歩いたわよね、隠れ家まではどのくらいなの?」

シルファもリオメルの隣に腰をおろすと、鞄から飲み物を出す。


「あと少しのところです」


「リオメル、あれはなんだい?」

リークが森の奥を指差す。


「神殿だと思われますが、強力な結界により私たちでは入れませんでした。

気になるなら入り口まで案内しましょうか?」


「そうだな......少し見ておこうかな」

リークが神殿の方を見つめる。


「いいんですか?寄り道なんてしてる時間はありませんよー?」

アシェラが横に来ると、肩をトンと当ててくる。


「みんなは先に隠れ家に行っててくれ、すぐに追いかけるよ」


「それでしたら......エリが案内します...隠れ家の皆さんはリオが居ないとダメですから...」

エリヌスがリークの前に出る。


「ありがとう頼んだわエリ、では行きましょうか」

リオメルが立ち上がると、森の奥へと歩き出す。


「えええー嫌ですよー、あたしは護衛なのでリークさんについていきますー」

アシェラがリークの背中にトンと自分の背中を合わせる。


「はいはいさっさとこっち来る!」

シルファがアシェラの手を引っ張り連れていく。

アシェラの文句が聞こえながら遠ざかっていく三人を見送る


「さてと、よろしくお願いできるかな」

リークはエリヌスに笑みを向ける。


「え...ええ、特に何も...無いところですが」

エリヌスが少し赤くなり俯くと、神殿に向かい歩き出す。


獣道をしばらく歩き続け、神殿の入り口が見えてくる。

獣道を出ると入り口付近に大きな石盤があり、見慣れない文字が刻まれている。

神殿全体が大きな岩石の積み重ねでできており、入り口は人が一人通れるほどの広さだ。

建物自体は小さく、岩石も相当古い時代からあるものと思われる。


「ここです...ここに何かの結界があるんですが......」

エリヌスが入り口付近で立ち止まる。


「古文書の文字に似てるな.....どれどれ」

リークがぶつぶつ呟きながらエリヌスの隣に並ぶ。


「あ...あの...ここから......その...」

エリヌスは少し赤くなり俯く。


「これか......!!!」

リークが少し手を伸ばすと結界に触れた瞬間、魔力が弾かれる。

バシッという音と共に手を引き戻す。

「魔力を通さないのか...そりゃ入れないよな。

アシェラなら結界も斬れるらしいんだけど...」

リークが考えていると


「いえ...魔力を通さないのではありません。

見ててください」

エリヌスが少し魔力を出すと、入り口めがけて放出する。


「...通ってる!」


「はい、それと破魔の魔術もいくつか試しましたが......まったく効果がありません。

アシェラさんの黒い刀にも破魔の魔術が施されていますが、

同じ結果で終わるでしょう。

エリの専門は魔術解読なのですが...これは何か別の力なのかもしれません」

エリヌスが真剣な顔で奥を見つめる。


「なるほど、あの魔法の理由がわかったよ。

かなり繊細な魔法陣だったよな」

リークが感心していると


「あの...ありがとうございます......。

では隠れ家に向かいましょう...」

エリヌスがそそくさとリークから離れると、獣道へと歩き出す。


「......これってまさか...」

リークは一度結界を見ながら呟き、エリヌスの後を追う。


エリヌスとリークはその後獣道を進み、隠れ家に到着。

森の外から見えていた大樹が今目の前にそびえ立っている。

大樹の外側をぐるぐると上に続く木の階段が見え、所々に小さな家がいくつもある。

大樹の遥か上には雲がかかっておりその先は見えない。


「おー...想像よりかなり....」

リークが上を眺めている。


「大きいでしょう、この大樹が雨風を凌いでくれて...環境も悪くないんですよ?」

エリヌスも笑顔で上を眺める。


「お、笑った。そっちの方が似合ってるよ」

リークがエリヌスを見て、微笑む。


「あ...えっと...はい.....」

エリヌスが赤くなり俯く。


「こらああああ!やっぱりイチャイチャしてるじゃないですかー!」

聞き慣れた声と共に、大樹の根本からアシェラが走ってくるのが見える。


「やれやれ、うるさいのが来るぞ」

リークが溜め息をつき肩を落とす。


「ふふ...行きましょう」

エリヌスがこそっと笑うと、大樹の方へと歩き出す。



神殿の入り口

結界が揺れ、中からひとつの影が姿を現す。

栗色の長い髪、果ての紋章のローブ。

右目に古文書の魔法陣を浮かべて、石盤の隣に立ち止まる。


「やれやれ......まさかこの森を通るとはの...ようやく進み始めたか...」

















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