第九章 二人の成長 第三話 サティアス大平原 

 診療所の片付けを済ませると、リークとシルファは外の椅子に腰をかけてアシェラの帰りを待つ。


しばらくの沈黙していたが、僕はシルファに小声で話しかける。


「......正直びっくりした。まさかあんな力を使うなんて、魔神リリア...恐ろしい殺意だった」


「ごめんなさい......クリスタルウォールを出るときに、絶対的な力が欲しかったの。

普段はリリアは出てこないんだけどね。

相手が強大だとどうしても前に出てくるのよ」


「なるほど...リリアの魔法陣を見たけど、あれは精霊のそれとはまるで違う。

別の何かから魔力を解放してたみたいだけど、シルファの魔力と繋がっているということなのかな?

そうだとしたらシルファの身体が...」


「大丈夫よ。でも...そうね、魔力を作るために竜の力を使っているのよ。

それが無くなればわたしは、リリアに全てを奪われるわね。

意識も体も...命もね」


「なんでそこまで...」


「あなたを探すためよ。それに母も...」


そこまで言うとシルファは黙り俯く。

リークは空を見上げる。


父さん......


「そういえばリークってどうして魔法陣を読み解けるの?

魔法陣はそれぞれの魔力と意思の具現でしょ?

みんな同じ...ということはないはずよ?」


急に話しかけられ、リークはハッとする


「えっ?ああ、誰にも言えないんだけど...まぁシルファなら大丈夫かな。

大図書にある古文書を読んだんだ。

師匠が禁書だから僕は絶対触れないようにと言っていたやつをね。

その古文書の魔力が目に寄生しているのさ」


「それって、どうなるの?」

シルファがリークの目を覗きこむ。


「ち、ちかいな...えっと、寄生した古文書の魔力を使うといろんな魔法が使えるんだけどね、魔法を使うと魔力を古文書が吸いとっていく。

それで...古文書が目に宿る...そうなるともう殺戮の兵器だな......。

けど僕はこの力を引き出せないんだ、古文書を封じ込めてるのは多分母さんの加護と...竜の力だな」


「そうなんだ。魔法陣を読み解けるだけ...ということかしら?」


「うん、それ以外に何も変化がないからな。

師匠には内緒な、多分心配するから」


シルファは不服そうに

「ふーん、わかったわよ。

あーあ二人旅がいつの間にこんな大所帯になったのかしら」

ごろんと椅子に横になり、リークの太ももに頭を乗せる。

「はは...そうだね」

リークは苦笑いすると目を閉じる。


まずい...そろそろアシェラが戻ってくるような......


「あー!!!!こら!!!何イチャイチャしてるんですか!

これから修行に行くんですよ!」

町の方からアシェラが走ってきている。


ああ、やっぱりか


アシェラが近づいて来ると目の前で立ち止まる。

「目を離した途端にこれですかまったく。

抜け駆け魔女ですね」

細目でシルファを見下ろす。

「ぬけっ...なんですって?別にあなたに関係ないでしょ?」

シルファが立ち上がりアシェラに詰め寄る。

「ははーんさては...あたしに負けてしまうのがこわいと、そういうことですね?」

アシェラがニヤリとしてシルファの脇をつつく。

「ちょっ...違うから!

さぁ行くわよ!」

シルファはぷいっとそっぽを向くと、東の方に歩き出す。


アシェラはシルファの後ろ姿を見てから、リークの方を見る。

「仲いいですね...羨ましいなあ...じゃなくて、行きましょうか。

ここから東のサティアス大平原を抜けた先に国境壁があります。

まずはサティアス大平原にあるネルストという町を目指しましょう」


「ああ、わかった。

一つだけ忠告しておく......君は僕の目をあまり見ない方がよさそうだ」

リークはアシェラの表情が強張っているのを見逃さなかった。


「......ええ。わかっているつもりなんですが......気づいたら視線が引き寄せられてしまいます。

すいません、あたしの精神ではその声は御しきれません」

アシェラが横を向き目を閉じる。

「...何かあったら相談してくれ」

リークは荷物を持つと立ち上がる。

「......はい、頼らせていただきます」

アシェラも振り向きシルファの後を追う。


「......自分で気づいてたんだな」

ボソッと独り言を呟き、リークも二人の後を追う。


砂漠の町を出てひたすら東に進んでいくと、砂漠と大平原の境界線が見えてきた。


「砂漠がスパッと終わってる......。どうなってるんだこれは?」

リークは唖然と境界線を見つめる。

「あーあれですか。確か昔、争いの種を無くすためにリーシアという人が砂漠の恵みを全て枯らしたとか......」

アシェラは考える素振りをしながら続ける。

「確かに恵みがなくなれば奪い合いもなくなるのでしょうか?」

シルファが険しい顔で答える。

「苦渋の決断だったでしょうね。繁栄を願いながらも、後の事を考えた結末...」

「それでも母さんはこの国の人達を愛していた...と思う。

決して無駄死にしたわけじゃないんだ......」

リークは俯き立ち止まる。

アシェラも立ち止まると振り返りリークを見つめる

「...まさか......リークさんの母君...なのですか?」

「ああそうだよ。この剣は母さんの形見なんだ」

リークは顔を上げてアシェラを見ると、悲しそうに微笑む。

「ごめんなさい、姐さんから何も聞いてなかったもので」

アシェラは少し困った表情になる。

「いや、構わないさ。母さんはもういない。

僕には僕のやるべきこともあるしな」

凛とした表情に戻ると、リークは歩きだし先頭に出る。

「...さすがです、あたしも負けませんよー」

アシェラは背伸びをすると小走りにリークを追う。

「はぁ......ていうかなんでアシェラがついてくるのよもう...」

シルファもブツブツ小声で言うと小走りに二人を追いかける。


砂漠の境界線に到着すると、大平原を見渡す。


「すごい...こんなに広いのか、全然壁なんか見えないぞ」

リークはだらしない顔で肩を落とす。

「ほんとねー、真ん中の大きい木みたいなのが邪魔で先が見えないわね」

シルファもだらしない顔でリークの体にもたれる。

「ここからがサティアス大平原です。

あの大きな木とその辺りの森にはですね、かの獣殺しという異名をもつ者の棲みかだとか......名前はたしか...リオメルと。

性別は不明だそうです、神官服を着ていてマスクをしているらしく誰も顔を見た人がいないそうですよ」

アシェラが自慢気に二人に説明する。

「「あ!獣殺しって!」」

リークとシルファが顔を合わせて声を出す。

「ひあ!?な...なんですか二人して」

アシェラが驚いて後退りする。

「いや、行商人の集落にいた肉屋の店主が言っていたよ。

砂漠の国に獣殺しがいるとかなんとか」

「そうそう!グランなんとかの肉の人!」

シルファが嬉しそうにリークの肩を叩く。

「グランバッファな。あと肉の人ってのはちょっと...」

「まぁいいじゃない、それより竜を殺してるとかなんとかじゃなかったっけ?神官がそんなことしていいものなの?」

シルファが険しい顔でアシェラを見る。

「い、いや神官服を着ているらしいということだけで神官なのかはわからないですよ?あたしも会ったことはありませんから。

でもそうですね、竜を殺してるとなると興味深いですね。

かなりの手練れだということになりますから」

アシェラは考える素振りをする。

「どうしますか?迂回して国境壁を目指すという手段もありますが......時間はかかりますし、あたしはちょっと気になりますけど」

アシェラは目を輝かせながらリークを見る。

「......わかったわかったよ、あの森を抜けていこう」

そういうとリークは溜め息をつく。

「大丈夫なの?襲われたりしたら大変じゃない?」

シルファが心配そうにリークを見つめる。

「大丈夫ですって!

それに、虎鉄の錆びも増やしたいですしー」

アシェラがニヤニヤと先頭を進む。

「進軍ですよ!目指せ!雲隠れの大樹へー」


「「はあ...大丈夫なのかな?」」


二人は溜め息をつくとゆっくりとアシェラに続く。




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