第九章 二人の成長 第二話 カゲロウ式奇剣術

「眠ってしまったようですね」

シルファが椅子で横になり、スースーと寝息をたてている。

それをアシェラがしゃがみ込み見つめる。

「そうだな......そりゃあんな力を使えばね...」

僕は少し離れた石に腰をかけ、二人を見る。

「姐さんもシルファさんも凄い力を持っていますね。

それを呆気なくかき消した司書と呼ばれるお方......何者なんですか?」

「何者...か、その答えは誰にも分からないよ。

師匠は自分の話をしないから」

「そうなんですか......あたしもまだまだ未熟者だなぁ...」

「アシェラが未熟者なら僕は生まれたてだな」

僕がアシェラに笑いかけると

「そうだ!一太刀願えますか?」

アシェラは立ち上がり二本の刀のうちの一本を手に取る。

刀身が黒い闇夜のような曲刀。

「手加減してくれないと死んじゃうぞ」

僕も立ち上がり、集光の剣を抜く。

半透明の透き通った剣がわずかに煌めく。

「なんと美しい......では参ります」

アシェラは刀に手を添えると腰を落とし構える。

「寸止めでいきますのでご安心を!」

アシェラは地面を蹴り、下段から曲刀を抜き放つ。

神速の黒い斬撃がリークに迫る。



......いいか?剣は腕で振っているわけではないのだ......

......体全体を使っているのだよ、優れた剣士ほどそれが顕著に出る......

......見逃すな、些細な体の動きさえも。それができれば必ず生き残れる......


リークはうっすらとカゲロウに教わったことを思い出していた。

アシェラが地を蹴り曲刀を抜く瞬間に、少し体を傾け剣を下段に構える。


シャーン!


刀の擦れる音。


「な......!」

アシェラは目を見開き、唖然となった。

アシェラの神速の抜刀は、集光の剣をかすめて剣の腹を滑り込み

リークの体から逸れて停止した。

「し......死ぬかと思った...」

リークはその場で尻餅をつく。

リークの額からは大量の冷や汗が出ている。


「お見事!これでアシェラもまた強くなれるわね」

診療所からサラが出てきて、リークの腕を引っ張り立ち上がらせる。

「あんな凄まじい居合い斬りを受け流すなんて、

あんたには似合わないわね」

サラが笑いながらリークの頬をつねる。

「はぁ...やらなきゃ斬られていただろ......」

リークが溜め息をつく。

「アシェラ、いつまでそうしてるつもり?」

サラがやれやれとアシェラを見る。

「......今のをいなしたんですよ?

今間違いなく刀はリークさんを斬りました。

あたしにはその手応えが確かにあったのに......」

アシェラは刀を鞘に戻すと、額に汗を滲ませる。

「......虎鉄、ようやく君の相手が見つかりましたよ」

アシェラはニヤリとして、もう一本の刀の方を見る。

「良かったわねアシェラ、もう虎鉄を抜いてもいいわよ」

サラがにこっとアシェラに笑いかける。

「虎鉄っていうのはあのもう一本の刀?」

僕はサラの方を見て聞く。

「ええそうよ、あれが虎鉄。

黒鉄が魔法も斬れる刀なのにたいして、虎鉄は魔法は斬れない...ただ...」

「ただ?」

リークが聞き返す。

「そうね...魔法を防ぐことができないゆえに、虎鉄がアシェラに与えるのは純粋な殺傷力のみ......恐ろしい刀よ」

サラが虎鉄を険しい表情で見つめる。

アシェラはゆっくりと虎鉄に近づき、手に取る。

「待たせたね......ただいま、虎鉄」

アシェラは刀を鞘から抜く。

ぎりぎりと何かが擦れる音と共に刀身が姿を現す。

刀身がかなり細く、所々赤く染まっている。

「赤い刀...」

リークが呟くと、

「いいえ、あれはただの血よ。

さっきの音は血で錆びれた部分が擦れる音よ。

もう染み込んでて取れないのよ......あのこあの刀で100人は斬り殺してるでしょうね」

「ひゃく......にんだって?」

リークは唖然とアシェラを見つめる。

「そうよ。今あんたが居合いを捌いた時までは確実にあのこが最強の剣だったでしょうね。

斬り合いでは負けないでしょうけど、今確かにあんたは居合いを見切ったのよ。

剣での勝負で必中必殺だったあの居合いを。

あのこには、あなたの居合いを見切れるような剣士が現れたら使っていいと約束したからね」

サラが悲しそうにアシェラを見つめる。


アシェラが虎鉄を鞘に戻し、黒鉄の隣に立て掛けると

リークの方へ近づいてくる。


「リークさん!あなたの剣術の銘を決めました!

カゲロウ式奇剣術...そう名付けたいと思います!」

アシェラがキラキラと目を輝かせ、両手でリークの両手を握りしめる。

「あ...ああ構わないけど......」

「シャーユ曲刀宗派当主、朱殷のアシェラ。

その奇剣術を必ずや斬り伏せてみせましょう」

アシェラの目が鋭くなる。

「お...お手柔らかに...」

僕は苦笑いしながら手をほどく。


「お見事。まさかあのカゲロウに弟子が居ようとはの」

診療所からルーシュが出てくると、シルファの前で立ち止まる。

「リリア、小娘に体を返せ」

ルーシュが目を閉じてゆっくりとシルファの頭を撫でる。

シルファがゆっくりと目を開く。

「ん...わたしは...」

シルファがルーシュの顔を見つめる。

「そう...リリアに意識をもっていかれたのね」

「安心せい、今リリアには眠ってもらっておる。

では私の話を聞いてもらおうかの。

小僧と小娘、アシェラの三人はここから東に向かい国境付近におるレーミアの所に向かってもらう。

予定にはなかったがシャルマとエイラも一足先にそこにおるでの、

合流してレーミアに鍛えてもらうのじゃ。

レーミアは魔法使いの中でも飛び抜けた魔力と技術をもつ風の賢者、剣の腕もサラに並ぶとも言われておる。

私からあやつに話はつけてある」

リークは思い出すように地面を見つめる

「レーミア...そういえば書き置きがありましたね。

シャルマがレーミアを訪ねると...。

だけど師匠、

五人で押し掛けるのはちょっと迷惑なんじゃ?」

リークは苦笑いでルーシュを見る。

「案ずるな、レーミアが何とかするじゃろ。

あとアシェラは護衛じゃ。

アシェラ、二人はまだ死地を知らぬ。よろしく頼むぞ」

アシェラは訝しい表情でルーシュを見る。

「あたしより二人の方がお強いと思いますけど?」

それを聞き、ルーシュが険しい顔になる。

「魔力、技術、剣術が優れている...それだけでは生き残れん。

洞察力、最後に決まるのは殺意のみじゃ。

殺意が強い方が生き残る...」

「まぁそうですねぇ...お二人ともちょっとお優し過ぎますからねぇ」

ルーシュはアシェラに近づくと耳元で囁く。

「小僧も小娘も甘い。いざというときは全て斬ってもかまわん」

「......それはあたしが決めます。あなたのようになるつもりはありません」

アシェラは凛と前を見つめながら答える。

「ふふ、なるほど...成長しておるようじゃの」

ルーシュはゆっくりと目を閉じると微笑む。

「...はぁ、何のことですか?」

アシェラはちらっと横目でルーシュを見る。

「何でもない。さて私はセイレーンに戻る、サラも連れて行くが三人ともしっかりやれ」

サラは腕を組むと笑顔で、

「うんうん、みんな頑張ってよー?

とくにリークは早く大きくなってもらわないとー!

あたしがおばさんになっちゃう前に頂いちゃうんだから」


ガタン!

シルファが勢いよく立ち上がるとサラに詰め寄る。

「そういうことにはならないから!」

「あはは、元気じゃないですかあ。

あたしもいること忘れないでくださいよー」

アシェラはニコニコしながらシルファの肩を揉む。

「え?ウソ?あんたいつの間に参加してるのよ」

サラが膨れっ面でアシェラの頭に手を乗せる。

「あの瞳の輝きを見たら、誰でも欲しいと思いません?」

「......ふぅん。まぁいいわ、ライバルに認定しよう!」

サラがアシェラの頭をポンポン叩く。

「もうよいか?では行くぞサラ」

ルーシュがサラの手を掴むと黒い塊になり、梟に変貌すると大空に消えていく。


「行っちゃいましたねー。

それでは支度しましょうか、診療所閉めないといけませんから挨拶回りに行ってきますねー。

お二人は診療所の片付けと支度を済ませたらゆっくりお待ちくださいな」

アシェラはそう言うと、町に向かい歩き去っていった。

「診療所に入ろうか。なんにせよシルファが無事で良かった」

リークはシルファの頭を撫でると診療所に向かい歩き出す。

「そうね...ありがとう」

シルファは少し寂しそうに頷くと、少し離れてリークの後をついていく。


セイレーンに向かうルーシュとサラ。

「ねぇ司書、......あのこを監視していてくれないかしら」

「...理由はなんじゃ」

「あのこクロノスの声に惹かれてる...かもしれないわ。

あのこじゃクロノスの神意にやられてしまうでしょうね」

「......瞳の輝き...。まぁ見てはいるが、私はあやつには期待しておるでの」

「あら...ビックリした、あなたが誰かを褒めるなんてね。

あたしも育てた甲斐があったってものね。

何も......やらかさなければいいんだけどねぇ」


サラは悲しそうに大空を見つめる

サラの腕を掴み、魔法で飛び続けているルーシュ

「...できるだけ手出しはするな、クロノスに気取られる」

サラがふとルーシュの横顔を見つめる。

ルーシュの瞳に見慣れない模様が浮かび上がっている。


「...あなた.....まさかその目...」















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