第八章 オアシスの末裔 第五話 治療魔術師サラミア
途中シルファに追い付き、二人はお爺さんの待つ建物に向かい歩いていく。
「見えてきたわ、あら?外に誰かいるわね」
シルファが目を凝らして見る。
「アシェラじゃないか?なんだか...穏やかじゃないな」
手元を見てみると、アシェラは曲刀を手に添えて身構えている。
「アシェラさーん!ただいま戻りましたー」
シルファが手を振りながら小走りに駆け寄っていく。
アシェラは、ハッとしたように曲刀から手を話すと笑顔で答える。
「おかえりなさいシルファさん、リークさん。
中で姐さんが待っています。
私はここで見張りをしていますので」
アシェラは笑顔でシルファとリークを建物の中に促す。
「ありがとうアシェラ。後で一緒に食事に行くかい?」
「い...いいんですか!?是非行きたいです!」
アシェラが目を輝かせてリークの手を握る。
「...ん...んん!」
シルファが強めに咳払いをすると、アシェラはさっと手を離す。
「あ...ああもちろん。じゃあ後程」
リークは苦笑いすると中に入る。
玄関で靴を脱ぎ部屋に入ると、椅子に座っている女性が見えた。
アシェラと同じく黒い長い髪を後ろで束ねている。
歳はリークより少し上、女性にしては背が高くリークと同じくらいある。
リークはこの女性に見覚えがある。
黒髪の女性はこちらに気づくと、リークに向かい飛び込んでくる。
「待ちくたびれたよリーク!」
「サラ!どこに行ってたの!?」
リークは笑顔でそれを受け入れると、ぎゅっと抱き合う。
「な...な......なんなのよ一体!」
シルファがなぜか激怒しながら二人を引き離そうと詰め寄る。
「あ...ああごめんなさいお嬢ちゃん。
あたしはサラミア、リークと同郷の魔法使いよ。
...幼馴染みでもあるわよ?」
最後にニヤニヤとしながらシルファを見つめる。
「お...おさ......そうなんですか。
初めまして私はシルファ、リークのパートナーですよろしく」
シルファはむきになりながら答えると、サラはさらにニヤリとして返す。
「へー、何のパートナーなのかな?」
「そりゃあ...な...何でもいいでしょ?」
シルファは顔を赤くしながらむきになる。
「あんまりからかうなよサラ、後で大変なんだから」
リークは真顔でサラを睨む。
「あはは、ごめんごめんお嬢ちゃんがあんまり可愛いからつい。
あなたがアリファさんの娘さんね、お母様に似て美しい」
サラはシルファの手を握る。
「母を......知っているの?」
シルファが険しい表情でサラを見つめる。
「ええ......もちろんあなたが何物なのかも...知っているわよ」
サラはシルファの耳元で小声で返す。
「大丈夫よ、あたしは何も触れるつもりはないから」
そういうとシルファの手を離し椅子に座る。
「何ヒソヒソしてたの?」
リークがシルファを不思議そうに見る。
「いえ、何でもないわ」
「まーまー女同士の話よ。それよりも......予定より来るのが遅かったわね坊っちゃんとお嬢ちゃんは。
どこで道草くってたのまったく」
サラはカチカチとテーブルを叩きながら二人を見る。
「と言われてもな......」
リークが困り顔で目を瞑る。
「え?...私の事も待ってたんですか?」
シルファがポカンとサラを見つめる。
「ええもちろんよ吹雪の姫。
あなたが必ずリークを探しに行くこと、それに司書がリークを砂漠に差し向けることも想定内よ。
ただ、予想よりも一年遅かったわね。
おかげでノワールの進攻が進んでセイレーンが危機ってわけ。
せっかくあのこが国境騎士団を叩いてくれたのに意味が無くなっちゃったじゃない。
それに......不要な客が来たみたいね...入れば?モルドールのおっさん」
入り口からそっと姿を表したのはさっきすれ違った桁違いの魔法使いだ。
「ふん、クロテツを見つけたので手合わせしようとおもったのだがな、貴様に聞けというので待たせてもらった。
二年ぶりだな、シャーユの黒い斬撃」
リークとシルファは驚き
「まさか...クロテツって.....アシェラ?」
同時に声を漏らす
「あー懐かしい呼び名だけど...刀はあのこに譲ったよ。
あのこ...あたしより刀に愛されてるから」
サラは自慢気に言うと目を瞑る。
「シャーユ......あっちの大陸の辺境の国よね」
シルファは考えながら呟く。
「お嬢ちゃんご名答!
モルドールのおっさん、アシェラと闘うのは結構だけど...あのこに魔法は効かないよ?」
サラはニヤリとモルドールを見つめる。
「それは、やってみないとわからんだろう。
では尋常に勝負といこう」
モルドールは笑みをこぼすと、外に出る。
「さぁ馬鹿夫婦!見学しにいくわよー」
「「ちょっ!夫婦じゃないから!!」」
サラは笑顔でシルファとリークの肩を掴むと、二人を引っ張り外に出る。
「姐さん...ほんとにいいんですか?斬っても」
アシェラは困り顔で刀に手を添えている。
「もちろんよ!最初から全力でいかないとあなたが死ぬわよ?」
サラはにっこりアシェラに笑いかける。
「そうなんですか?あの人......凄く細いですけど...」
「まぁ戦ってみなさい。すぐに体が応えるわ」
二人がやり取りを終えると、アシェラはモルドールに向き刀に手を添える。
「よいか?では尋常に......」
モルドールがゆっくりと瞼を持ち上げると同時に、
凄まじい威圧感と魔力がアシェラに襲いかかる。
「......!!!」
ジャキーン
凄まじい抜刀の音とともにアシェラの刀が何かを斬る。
「...さすが、お見事。まだまだいくぞ」
モルドールは地面に手をつく。
その瞬間凄まじい殺意がアシェラを襲う。
「......!!!」
アシェラは全力で後ろに飛び退くと同時に、
地面から岩の針がアシェラの立っていた場所に突き出る。
「なるほど隙がないな」
モルドールはニヤリと笑う。
「これは驚きました、魔法の初動が全くないですね。
ではこちらも」
アシェラは刀を鞘に一度おさめると、腰を落とし構えて目を閉じる。
「シャーユ曲刀宗派抜刀術......」
モルドールはビクッと肩を震わせると、両手を前に出す。
「地の壁は我を守る鋼なり」
モルドールの前に魔力が集中するのと同時に、
アシェラが飛び出し刀を振り抜く。
「撃ち抜く黒竜の尾」
黒い刀身が残像を描きながら下からモルドールを斬りあげる。
その瞬間、モルドールの前に集中した魔力の塊が刀に触れ爆音を鳴らす。
ボゴォオオオオン
爆音と共にモルドールが後ろに弾き飛ばされる。
さらにアシェラは、刀を突きモルドールに迫る。
「無を穿つ黒竜の火炎」
音速の速さでアシェラが飛び込み、モルドールに切っ先が迫る。
「風の刃は万物を切り裂く」
モルドールが呟いた瞬間、アシェラが左に刀を振り抜く。
ギャイーン!
凄まじい音と共にアシェラが押されて踏みとどまる。
モルドールが地面に叩きつけられ立ち上がる。
「がはっ。見事な剣技」
アシェラも風の刃を押し止め、
「凄まじい反応...威力、それに魔法速度も尋常じゃないですね」
アシェラの額には汗が流れている。
「そこまで!!」
サラが大声を張り上げる
「二人とも実力はわかったでしょ?
さてあんたたちはこれからこんな奴らと殺し合いをするのよ?」
サラがニヤリとリークとシルファの二人を見る。
「「え...どういう」」
二人同時に固まっていると、サラが続ける。
「リーク、おそらくあんたリントの剣技を見たことがあるでしょう。
それに司書が読む歴史書の魔導。
セレネの圧倒的な魔力。
ノワールと争うということは、こういう化け物達と殺し合いをするということ......。
リーク、あなたは何かある?自分を勝利に導く圧倒的な力が」
サラが悲しそうにリークを見つめる。
「僕には......」
リークが俯く。
「そこのお嬢ちゃんでさえ、リークの知らない一面があるのよ。
吹雪の姫。凍てつく魔山の風」
サラがそれを口にすると、シルファは無言でサラを睨む。
「あなたはまだ弱い。ひと吹きで命が吹き飛ぶほどに......」
サラが悲しそうにリークを見つめていると、
モルドールが静かに口を開く。
「興醒めだな......今日はこれにて立ち去るとしよう」
モルドールは背を向けるとゆっくりと歩き出す。
「シャーユの黒い斬撃よ......貴様はまだ知るまい。
ほんの一瞬で全てが決まる、そいつの刹那の殺意を。
私はあのとき確かに一瞬で消し飛ぶ自分を見た......」
そう告げると、モルドールは去っていった。
「最後に言っていたあれは何だったのでしょうか...」
モルドールの背を見送りながら、アシェラはチャキンと刀を鞘におさめた。
「あのおっさんはよくわからない者よ」
サラが目を閉じ、屋敷に戻っていく。
リークは拳を握りしめたまま無言で立ち尽くす。
「大丈夫よ、あたしはリークの力を信じてる」
シルファがリークに囁き肩を抱く。
握りしめた拳
リークの想いに応えるように、父の残した腕輪が震えていた。
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