第八章 オアシスの末裔 第二話 砂漠の民

「あああ......どれだけ進んだんだ?」

リークは声を枯らして歩いている。

「どうなのかしらね、グランディールがあんなにちっちゃく見えるってことは......まぁ順調なのよ。多分」

シルファも声を枯らして歩いている。

「そういえば鞄の中にはどんな食糧が入ってるんだ?」

「開けてみる?そんなに期待しない方がいいと思うわよ?」

シルファは立ち止まると、鞄を開けて無言で中を覗く。

「......」

「どうした?何入ってるの?」

リークはシルファの側に寄ると、顔を近づけて鞄を覗く。

「これは......」

「ええ、グランバッファのお肉ね。あと水かしら」

シルファはがっくり肩を落とす。

「今これ食べるのキツいだろ。僕は水だけ飲もうかな...」

僕は自分の鞄を開けると、水を取り出し半分ほど飲む。

「ふぅ、生き返るよ」

水をしまうと、南に歩を進める。

「私はもう少し頑張るぅ」

シルファが弱々しく足を動かす。

しばらく歩いていくと、ふと前方に灯りがあるのに気づく。

「シルファ...!あそこに何かある」

僕は真剣な顔になると、立ち止まり魔力を高める。

背中の辺りがズキズキと痛み始める。

さらに魔力を上げていく。

どこまで高められるのか、痛みをこらえて集中する。

地面の砂がリークを中心に渦を巻き、宙を舞う。

「なんて魔力......」

シルファが少し離れたところで呆然と立ち尽くす。

どんどん魔力が膨れ上がっていく。

集中力が極限に到達したとき、リークの頭にある光景が浮かび上がる。

深い林に囲まれた泉

その前には一軒の小さな家

泉から飛び出す大きな影

翼を広げた巨竜が囁く


さぁ唱えよ


示せ


そなたに眠りし我が力の片鱗を


「...我は泉の...守護者なり...湧きあがれ、大地の恵みよ」


リークの周りがうっすらと輝き始める。

その輝きがリークを中心に円形にどんどん大きくなり、地面が光輝く。

すると地面からうっすらと水が涌き出てくる。


「......嘘......リークこれって、あの......」

シルファが唖然と地面を見つめている。

「もう......駄目だ」

リークが膝をつき、息を荒げる。

その瞬間、周りに広がっていた光が全て消えて地面も砂に戻っている。

「大丈夫!?あんな無茶苦茶な魔力出すから!」

シルファが駆け寄り、リークの肩にそっと両手を添える。

その瞬間、シルファとリークの頭に浮かび上がる光景。


泉から飛び立つ巨竜


竜が落とす二つの奇跡


泉の近くに佇む二つの人影


それぞれに舞い降りる奇跡の光


シルファがはっとしてリークの肩から手を離す。

リークの肩がビクッと震えると、小さく声を出す。

「今のは......!?」

シルファは息をのみ、リークを見つめる

「な...何か見えたの?」

「さっき見えた...物凄く大きな竜......それと誰か二人が...」

「......顔は...見えたの?」

「いや、よく見えなかった......」

「......そう...」

シルファは小さくため息をつく。

静寂になり、遠くから近づいてくる足音が聞こえてくる。

「静かに...!私がなんとかする」

シルファが小声で囁くと、リークの肩を抑えしゃがみこむ。

足音の方を見ると、誰かが松明を照らしながら歩いてくる。

「大丈夫よ、もう少し...」

足音の正体が目の前で止まる。

そこには一人の老人が立っている。

髪は長く白髪で、髭も白くかなり長く伸びたお爺さん。

「...お前さん......リーシアなのか!?生きておったのか!?」

老人は声を震わせながらリークの顔を覗きこむ。

「違う......のか。お前さんから感じる気配はリーシアとどこか似ておる」

息をのみ、シルファは小さく声を出す。

「いいえ、私たちは」

「リーシアは......僕の母さんです」

リークはそっと顔を上げ、老人を見つめる。

「なんと.....リーシアに子がおったのか...どおりで...」

老人はそう言うと、髭を触りながら何かを考えている。

「わしにはお前さん達の顔はよく見えんが......ふむ...ついてくるとよい」

そう言い、老人は振り返り来た道をゆっくり歩いていく。

「...大丈夫なの?あれ」

シルファがリークの耳元で囁く。

「わからない...けど悪い人ではない......と思うけど」

「そうね、後を追いましょう。砂漠の国に行くのかもしれないし」

「そうだね...急ごう」

二人は立ち上がり、老人の後を追う。

少し離れて、老人について歩いていくと

前方に建物らしき影が見えてくる。

「お爺さんの家かしら?」

「どうかな、家にしては少し大きい気がするけど」

老人は建物の入り口の前で止まると、松明を壁に据える。

「さぁ、中にお入り。大丈夫じゃ、わしは何もするつもりはない」

そう言うと、老人はドアを開けたまま中に入っていく。

「中に入れって言われても......」

シルファが立ち止まり考えているが、

僕はそのまま中に入っていく。

「ちょっとぉ...!何かあったらどうするのよ!」

シルファが小声でリークの背中に張りつきついてくる。

「大丈夫だよ、お爺さんだし」

真顔でそう言うと、リークとシルファはドアを通り中に入る。


建物の中は長椅子が綺麗に並んでおり、その先に階段が三段ほどあり

壇上には綺麗な女性の銅像が立ててある。


銅像の前で老人が手を合わせて拝んでいる。


「リーシア...お前さんの子だと言うものが会いに来おった」

老人が囁くと振り返り、

「お前さん達、これを見なさい。ここはリーシアが住んでおった屋敷じゃ」

リークとシルファは老人の近くに行くと、銅像を見上げる。

「これが...リークのお母さん......綺麗...」

「夢に出てきた.....同じだ...」

二人が銅像に見とれていると、老人が静かに口を開く。

「もう随分昔の話じゃ。

砂漠には砂の国と泉の国があったのじゃ。

泉の国には竜が宿っており、その竜の力で泉が涌き出ておった。

泉の国オアシスは、リーシアの屋敷を中心に栄えた。

リーシアは竜に認められ、泉の守り人となり、これを守るために国を作ったのじゃ。

光の女神の末裔、泉の守護者としてのリーシアは、それはとても力強く美しい姫君であった。

泉のおかげで植物はよく育ち、飢えに苦しむ事もなく、日照りが続いても泉が渇れることはなかった。

ここから東に進んだ所に砂の国があってのう、砂の国はオアシスを妬んだのじゃろうな...リーシアに投降せよと勧告してきたのじゃよ。

泉を奪うつもりじゃったのじゃろうな、じゃがリーシアはそれを拒否した。

民たちもそれに賛同し、立ち上がったのじゃ。

リーシアは国をあげて挙兵し、砂の国に迫った。

それはリーシアの意思ではなく、民の総意じゃったのじゃ。

リーシアは民の気持ちを汲み挙兵し、自ら先陣を切り開き攻めいった。

リーシアには光の女神の加護があり、本来ならば勝ち戦のはずじゃった。

じゃが......女神の光は輝くことなく、リーシアは最後まで剣を取り戦ったが......戦死したのじゃ。

生き残った者は誰一人としておらなんだ。

わしはリーシアと剣を交えた一人じゃ。

じゃがわしは戦争には反対じゃった。

リーシアは誇り高く、民を愛し、分け隔てなく施す......オアシスはまさに理想の国家じゃったからのう。

今思えば...リーシアに光の加護がなかった理由がわかる。

その時にはもう、お前さんが産まれておったのじゃろうな。

死を覚悟しておったのじゃろうな。

後に聞いた話では、リーシアは民に投降を薦めておったらしい......自らは死ぬつもりでのう。

あの戦は砂の国にも大きな変化をもたらした。

リーシアに心動かされた兵士たちが決起し、民の為に国王を討ったのじゃ。

それから砂の国は平和になりおった。

わしはオアシスの民たち、そしてリーシアに報いるべくこうしてここを守り続けてきた。

そこにまさか...リーシアの子が訪れるとは......女神の導きなのじゃろうな。

お前さんに見せる物がある、ついてくるのじゃ」

老人は壇上の脇にある部屋に入っていく。

リークとシルファは並んで老人の後に続く。

老人は壁に掛けてある一本の剣を取ると、リークに渡す。

「リーシアの形見じゃ。

これは集光の剣と言って、時には光を遮り、時には光を放ったりもする。

お前さんにしか扱えぬ世界に一本の剣じゃ。

あとあれも渡しておこう」

老人は部屋の隅にある机の引き出しを開けて何かを取り出すと、リークの前に戻る。

「これはリーシアがいつも身につけていた腕輪なんじゃが...もうわしには見えんが確か見たことのない紋章が刻まれておったはずじゃ」

リークは腕輪を取り確認して見る。

「「これは......」」 

二人は同時に呟く

「ああ、僕のローブにもある...果ての國の紋章だ...父さんのものなのか......」

老人は大きく頷く

「そうじゃったか......昔訪れた伝説の果ての國の旅人がリーシアと...お前さんは二人の子じゃと言うことか......これも導きなのかもしれんのう...」

老人はゆっくりと机の前にある椅子に座る。

「今日はここで泊まっていきなされ、明日砂漠の国に案内しよう。

あそこにリーシアの墓がある。

偉大な母に会いにいくとよい」

リークは剣と腕輪を見つめたまま静かに答える。

「......ありがとうございます、お爺さん。

ここを守っていてくれて...本当にありがとう」

「......」

シルファは無言でリークの腰に手を回すと、そっと抱き寄せる。



屋敷の寝室に入ってからしばらく、二人は無言でベッドに座っていた。

「僕が産まれた事で、オアシスが滅んだ......のかな」

「......それは違うわ。あなたのお母さんは、あなたを守り民を守り戦った。

決してあなたのせいなんかじゃない」

「......ありがとうシルファ」

「それよりその剣、どんな感じ?」

「......ああ、どうかな」

リークは鞘から剣を少し抜く。

刀身は半透明で、まるで鏡のように綺麗だ。

「......綺麗な剣だ.....」

刀身に反応してうっすらと腕輪が輝く。

その光が剣に吸い込まれていく。

「...なんだ......これ」

「......どうなってるの?」

「わからない......今はしまっておこう」

チャキンと剣を鞘に納めると、腕輪の輝きが消える。

腕輪を外し、剣をベッドの端に置くとリークは仰向けに寝転ぶ。

「あーあ......記憶が曖昧すぎて何がどうなのか、混乱するよ」

「...そうね...というか、こら!そのまま寝ないの!」

シルファはリークのローブとズボンを引っ張り脱がすと、自分も服を脱いでリークの隣に添うと掛け布団を被る。

「今日も色々あったわね......ゆっくり身体を休めましょう」

「そうだね......今日も煩悩と戦うわけか...」

「あら、強情ね。私はいつでもかまわないわよ?ふふ」

シルファはクスクス笑いながらリークの胸に顔を埋める。

「あのなぁ...まぁいいか、おやすみ」

リークはゆっくりと目を瞑る。

「......意気地無し」

シルファは小声で囁く。

「ん?なにか言った?」

リークは眠そうに答えると

「おやすみ、い・く・じ・な・し!」

不機嫌そうにシルファも答えると、疲れからか二人ともそのまま眠りについた。


ベッドの端では  

眠る二人のように

剣と腕輪も寄り添っていた。





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