第六章 沈黙の森林 第五話 死の予言者
......よ
......よ......って
.......リークよ......を守って
「母......さん?」
ゆっくりと瞼を持ち上げる。
部屋の中は静まり返っている。
どうやらまだ朝になっていないようだ。
「んー。まだ夜中だな」
上体を起こそうとして、腕に何かが乗っていることを思い出す。
隣を見るとシルファが、腕に頭を乗せてすやすや眠っている。
そっと枕に乗せかえると、布団を出てシルファに布団を掛けなおす。
ふいに森のほうから凄まじい魔力を感じとる。
「な......なんだこれは」
ゆっくりと玄関に向かい、そっとドアを開ける。
外を見た僕は、声を失う。
そこに立っているのは、死の予言者とも呼ばれる妖精
デュラハン。
自らの頭を抱える首なしの騎士である。
「......デュラハン。君の目的は......僕なのか?」
僕は息をのみ問いかける。
「いいえ、あなたではないわ。
ではまた、安らかに......」
そういうとデュラハンはゆっくりと消えていった。
森からはまだ魔力が溢れている。
「くそっ。あっちはどうなってるんだ」
コテージから出て、森に向かい歩き出す。
森に入る入り口で立ち止まり、魔力を高めていく。
すると森のかなり深いところで、凄まじく大きい魔力
それを取り囲む魔力がある。
「どうなっているんだ?」
「気になるか?」
すぅーっと煙が実体化し、隣にシャルマが現れる。
「夜になるとバシリスクという蛇の魔獣が動き出すんだ。
太陽が沈むまでは現れんがな」
「それがこの凄まじい魔力の正体か。
他の魔力は?」
「ああ、ここから北西の最奥にある森から魔法使い達が討伐に来ているのさ。
これで六度目だが......力及ばずだな。
もう二人も死者を出してる......」
シャルマが森を見つめながら拳を握る。
「そういえば、ジーロの痕跡は?何か掴めたのか?」
「いや、ただ奇妙な呪いがかけられていることはわかった。
昼間この森をうろうろしている狼たちにな。
狼たちも夜行性のはずなんだが、昼間に行動するようにさせられている。
まさかバシリスクに襲われないように、というわけではあるまい。
おそらく人間達がこの森に入らんように仕向けているのだろうな」
「なるほど、彼らしい。
だけど商人はこの森を通るんだろ?
その時はどう通り抜けてるんだ?狼たちがうろうろしてるのに」
リークは考える仕草をする。
「それぞれ商人達は傭兵を雇っているのさ。
もちろん、エイラのような例外も居るがな」
「ん?例外ってどういうことだ?」
「簡単な事さ。エイラは人間じゃない。
半人半魔の魔法使いさ」
「......そうだったのか」
「さて、もう寝ろ。あれは俺たちにはどうすることもできん怪物だ。
朝六時にここを出る」
そういい残すとシャルマは煙となり消えていった。
リークはコテージに戻りながら考えていると、急に頭が痛くなる。
「......蛇竜バシリスク......湖の守護竜......ガルグイユ......」
何かを思い出しそうになるが、コテージに着くと静かに記憶が薄れていく。
ドアをゆっくりと開け、中に入り静かに閉める。
「......遅かったわね。どうしたの?」
ふいに声をかけられさっと振り返ると、シルファがベッドに寝転んだままこちらを見ている。
「ああ、起こしてごめん。
ちょっと森の様子が気になって入り口まで見に行ってきただけだよ」
「そうなのね。出ていくときに話をする声が聞こえた気がしたけど、誰か来たの?」
シルファは不安そうにこっちを見ている。
「ああ、死の妖精が居たんだ。死人が出るという予言だよ。
大丈夫、僕達じゃないよ」
「......そう。あまり無理はしないでね」
「大丈夫さ。さて、もう一眠りしようかな」
そういうと僕はベッドに潜り込む。
「もうっ、冷たいわね。
もっとこっちに寄りなさい」
「ありがとう。......うん、シルファはいつもあったかいなー」
シルファに横から抱きつく。
「ひゃっ!もー...もうちょっと優しくできない?」
「はは、ごめん。おやすみシルファ」
「おやすみなさい」
そのまま二人とも眠りについた。
「リーク起きて」
耳元でシルファの声が聞こえる。
「んんー。ああ、もう朝か」
目を開けると、目の前にシルファの顔がある。
「ん?今起きたのか?」
「ええ、今五時半を回ったところかしら。
何か外が騒がしいのよ」
耳を済ませると、外から大勢の声が聞こえてくる。
かすかに魔力も感じられるが弱々しく、魔法使いのものではないようにも感じる。
瞬間、リークは飛び起きる。
なんと、深夜に感じ取った凄まじい魔力がすぐそこまで近づいてきているのだ。
「きゃ!なによ急に、ビックリするじゃない。寒いし」
リークが掛け布団をはねのけたため、シルファもゆっくりと起き上がる。
「シルファ、できる限り急いで準備してここから出ずに待っていてくれ!」
バタバタと着替え、ローブを羽織ると急いで飛び出す。
「どうしたっていうの!?」
シルファがベッドから降りると、玄関に歩いてくる。
「ダメだ出るな!準備だけして待ってるんだ、いいね?」
バタン
ドアを閉めると森の方に走りだす。
煙が実体化し、隣にシャルマが現れる。
「リーク、討伐隊がバシリスクを撒くのをしくじった。
ここまで連れてきたぞ。
隊の魔法使いはもう瀕死だ、俺たちも加勢に向かうぞ」
「夜明けまで後どのくらいだ!?」
走りながら、森の方に意識を向ける。
深夜に感じ取った凄まじい魔力は弱っている気配はない。
「バシリスクの活動時間はあと十五分程度だ。
日が登る前に奴は巣に戻ろうとするはずだ」
シャルマはそういうと、リークの手を握る。
女のような細い、しなやかな手。
「毒を食らっておけ。
万が一に毒に触れた場合、俺の毒がそいつが拒絶してくれる」
シャルマの手からリークに猛毒が流れてくる。
「ぐっ......。ああ、わかった。
そろそろだ、戦闘準備!」
バサッ
森の方から五人の魔法使いらしき姿が飛び出てくる。
五人は草原の方へと走っていくが、その途中には集落がある。
「くそ!そっちにいっちゃダメだ!」
リークが叫ぶが、五人は集落へと走り去っていく。
「恐怖で我を忘れてる。あと三人森から出てくるぞ」
シャルマは森の方へ向き直る。
森から三人が出てくると、二人が詠唱し障壁を作り出す。
あとの一人は地面に魔法陣を絵描きながら詠唱している。
「まだましなやつが残ってたとはな」
その時だった。
森から巨大な蛇が顔を出した。
ゴァアアアア
大口を開けると、口の前に魔法陣が現れる。
「シャルマ!あの魔法陣はまずい!急いで中断させてくれ!」
「魔法陣を読めるのか!?わかった、やってみよう」
シャルマは疾風の勢いでバシリスクの顔にめがけ飛び込む。
右手で左目の辺りに手をかざし
「射ぬけ、真空の槍」
キーンという音とともに真空の槍が飛ぶ。
巨大な蛇の目がギロリとシャルマを見る。その目には魔法陣。
「いけないわ。うふふ」
シャルマの前に飛び込んでくる一つの影はエイラだ。
「鏡よ、映しなさい。うふふ」
エイラが唱えると、目の前に巨大な鏡が現れる。
それとほぼ同時にバシリスクの目の輝きが、自身へとはねかえる。
だがバシリスクには効いていないようだ。
注意が逸れたのか、バシリスクの口の前にあった魔法陣は消えていた。
「自分の魔法は、効かないようね。うふふ」
シャルマがエイラを引っ張りながら距離を開けるように飛び退く。
魔法陣を描き詠唱していた女性の魔法使いが叫ぶ。
「援護感謝します!いきます!」
「我とともに生きるは風と森の精霊たちよ、力をお貸しください。
ジン、シルフ、エント!」
魔法陣が凄まじい光を放つと、そこには三人の精霊たちが立っている。
「ぐはっ」
精霊を呼び出した魔法使いが血を吐き、その場に倒れる。
「「ルーナ!」」
障壁を張っていた二人の魔法使いが倒れた魔法使いに駆け寄る。
「ほう?神獣バシリスク。これは本気で向かわねばな」
ジンがバシリスクに向かい両手をかざすと、凄まじい風がバシリスクを襲う。
風がバシリスクの顔を切り刻んでいくが傷はかなり浅い。
「わたくしも力を添えましょう」
シルフがジンとともに風を起こす。
「......これは無謀ではありますが...」
エントが森に話しかける。
「森の木々たちよ。応えなさい」
すると森の木がたちまち蛇の頭に絡みついていく。
「あれじゃダメね。うふふ」
エイラが自身の周りに障壁をつくる
「「ルーナをお願いします!」」
女の双子の魔法使いは倒れた魔法使いをエイラの障壁内に入れると、
バシリスクの前まで進んでいく。
「イース!いきます!」
「ミース!こっちもいけます!」
「「暴水牢獄雷轟!!」」
魔法陣が二つ重なり現れる。
バシリスクの顔全体が渦巻く水に包まれると、轟音とともに雷が撃ち抜かれる。
「やったか!?」
ようやく到着した僕は暴風に包まれるバシリスク見る。
「あれでは、全然ダメね。うふふ」
「ごほっ。イース、ミース下がりなさい」
ルーナが薄れゆく意識のなかイースとミースに向けて手を伸ばす。
ゴァアアアア!!!!!!
バシリスクは凄まじい轟音の雄叫びひとつで、精霊たちの魔法を吹き飛ばす。
ギロリと目の前の双子の魔法使いを睨むと大口を開ける。
口の前に現れた魔法陣が輝きだす。
「...ひ......死にたく...ない」
「もう...魔力が......」
双子の魔法使いの顔が恐怖で歪む。
リークは目を閉じ心の中で葛藤していた。
くそっ、あと五分だけなら。もつのか?僕の魔力で?
見殺しにするのか?自分より小さい魔法使いを?
何も守れないのか?......あのときのように
いいえリーク......あなたは守ったわ
大切な命をひとつ......命を賭して
できるわ...あなたにはクロノスが...
優しい女の人の声が頭の中で聞こえると消えていく。
「我が身に宿りし光よ、その光は時を超える。
この目に刻みし聖大樹の輝きよ、今解き放つ」
リークがバシリスクに向けゆっくりと目を開けると、凄まじい閃光がバシリスクを包み込む。
グルアァア
バシリスクは弱々しい鳴き声を出し両目を閉じる。
「押し戻すなら、今ね。うふふ」
「「風よ吹き荒れよ」」
ジンとシルフが凄まじい風をバシリスクに浴びせる。
「森たちよ、引きずり込むのだ」
エントが手を上げると、森の木々達が蛇を森へと引きずり込む。
ゴァアアアア!!!!!!
バシリスクは振りほどこうと暴れる。
「時間ね、夜明けよ。うふふ」
エイラがバシリスクに向け笑いかける。
ゴルルルル
バシリスクは静かに森に頭を引っ込め消えていく。
しばらく静寂が過ぎる。
バシリスクが現れた場所には、デュラハンが立っている。
「死の予言が...あなたは一体......」
デュラハンはそう囁くと静かに消えていった。
「やった......のか?」
リークの視界は真っ白で何も見えなくなっている。
そのままその場に膝をつき、目を押さえる。
「ああ、なんとかやり過ごした。大丈夫だ」
シャルマはリークに駆け寄ると、リークの肩にそっと手を置く。
「これが......沈黙の森と言われる理由だよ。
あれのおかげで狼以外の動物達がいないのさ」
シャルマがそういうと、エイラも近づいてくる。
「あなた、目がいけないわね。治療が、必要ね。うふふ」
「イース、ミース...無事......ですか?」
ルーナが仰向けのまま虚ろな目で声を発している。
「「ルーナ!!」」
双子はルーナに駆け寄ると、手を握り魔力を分ける。
ルーナの意識が弱まっているせいか、精霊たちはすでに姿を消している。
「みんな...無事で...よか......」
リークは前のめりに、ゆっくりと転がるように倒れた。
薄れゆく意識のなか
母さん......ちゃんと守れたのかな?...
頭の中で優しい女の人の声が聞こえてくる。
ええ...よく...できました......
また......あのこが...心配す.......
全てを聞き終えることなく、リークの意識は完全に闇に消えていった。
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