第六章 沈黙の森林 第四話 行商人エイラ

ゴクッゴクッ。


「ぷはー、生き返るわね」

シルファは布のシートの上に座り込み、水を飲む。

ヴィーリームを出て歩き続け、集落まで半分程進んだところで

休憩することになった。

「遠いな.....目の前にあるようで相当距離があるぞ」

僕は座り込んだまま俯く。

「そうね......。けど!最初に見たときよりは近くなってるわよ」

パシッ!

シルファは勢いよくリークの肩を叩く。

「自慢じゃないけど、体力には自信がないんだ」

そういいながら寝転ぶと、空は雲ひとつない晴天で

太陽が眩しくて目を細める。

「ねぇリーク、どこまで思い出したの?」

シルファも寝転ぶと、静かに話しかけてくる。

「......」

「最後に思い出したのは、父さんの声だな。

けど......途切れ途切れでよく聞き取れなかったよ。

まぁそんなことより今は」

「ええ、そろそろ出発しましょう。

お昼までには着きたいところね。よっと」

シルファは立ち上がると、僕の真上にくる。

「さぁ行くわよ。立ちなさい」

「あ.....水色......ふがっ!」

「口に出すな!」

シルファが僕の顔を踏む。

「ってて、旅するのにスカートなんて買うから」

僕はゆっくりと立ち上がると、シートを丸めて鞄に収める。

「あら?今、顔は喜んでたじゃない?」

シルファはにっこり笑うと、集落に向けて歩き出した。

「何があったか、ご機嫌良すぎじゃないか?」

小さい声で呟くと、荷物を持ちシルファの後を追う。

「何か言った!?」

シルファが歩きながら叫ぶ。

「いいえ、なんでもございません!!」

僕も歩きながら叫び返した。


草原をひたすら歩き続けると、お昼を少し過ぎた頃に集落に到着した。

集落の入り口には、小さな門がある。


「ねえ、あそこに誰かいるわよ」

「あー......おそらくシャルマだろうな」

「え?あいつも一緒に来るの?嫌よ」

隣を歩くシルファがこちらを向くと睨みつける。

「ここから先に、進むのが大変な森があるらしくて......」

「そう。なら、仕方ないわね」

ゆっくりとシルファの方を見ると、

シルファはすっかり、以前の凛とした表情に戻っている。


門に到着すると、ポンチョにフードを被った人物が近づいてくる。


「相変わらず、魔力を消しているんだな」

リークが話ながら近づいていく。

シルファは僕の後ろに隠れてついてくる。

「......うふふ。シャルマは天幕にいるわよ?」

バサッっとフードを脱ぐと、長い金髪の女。

あどけない表情だが、飄々とした表情で内面が伺えない。

「あたしはエイラ、行商人をやっているの。

あのコの相棒でもあるかしら。

あたしの天幕にいらっしゃい?うふふ」

エイラは集落の方を向くと、ゆっくりと歩き出す。

「あ・れ・に、着いていくのよね?」

シルファのご機嫌がかなり傾いているようなので、

あわてて返事をする。

「まぁ、うん!とりあえず話だけ......頼むよ」

リークが困り顔で答えると、シルファは少しため息をつき

「はぁ......わかってる。

あとでズボンを探すの一緒についてきて」

「わ、わかった。任せてください」

最後なぜか敬語になってしまったが、少し機嫌を直したようなのでホッとする。


エイラの後に続き、いくつかの天幕を通りすぎると

エイラは一際大きな天幕に入っていく。

僕とシルファも天幕に入る。

中には寝床が二つと、テーブルが二つに椅子が四つ。

大きな木箱が三つ置いてあるだけだった。


椅子に腰掛けているのはいつもの紫のフード、マスクで顔を覆っているシャルマだ。

「遅かったなリーク。今日はもう出発できんぞ」

「ああ、悪い。あんまり力は使えないんだ」

僕が疲れた顔を見せると、

「おや?人間二人はどうした」

「彼らは僕らと違う道を行く......」

「ふん、まぁあの森を抜けるのは人間には厳しいだろうからな。

ちょうどよかったんじゃないか?」

シャルマがそういいながらシルファに視線を移す。

「ああ、貴様も居たのか。

せいぜいリークを殺さんようにな」

「足手まといなのはわかってる。

あなたに迷惑はかけないわ。

いざというときは私を見捨ててくれて構わないわよ」

シルファはシャルマを睨む。

「ふん......貴様はまだ気づいていないのか」

シャルマはシルファを鋭い目で睨む。

「まぁまぁまぁ、とにかく出発は明日の早朝にしよう。

じゃ、これから少し買い物にいくよ」

あわてて僕がその場を制すると、

「俺は森に調査に向かう、ジーロの痕跡があったからな。

エイラ、二人を頼んだぞ」

シャルマは煙となって消えていく。

「もう、またすぐ消えるんだからあ」

エイラはため息をつくと椅子に腰掛けて、リークを見る。

「うふふ、まだお昼よ。少し見回ってくる?」

「そうしようかな、夜までには戻るようにするよ。」

僕がそういうと、後ろからシルファに手を引っ張られて外に出される。

「あの四人で天幕で寝るなんて絶対嫌よ。リークと二人でならまだしも......」

シルファの言いたいことはわかるが、宿屋なんてあるのかそもそもわからない。

「宿屋......あるのかな?」

「あっても無くても今夜私と二人でいて」

シルファがそういうと黙りこみ俯く。

「わかったよ。さて、買い物するかな」

そっと頭を撫でると、商人達が売り物を並べている天幕へと歩き出す。

シルファも僕のローブをつまんだまま後ろをついてくる。


しばらく歩いていると、あちこちに売店が見えてきた。

「なぁシルファ、あそこに服が並んでるよ」

「ほんとね。いい感じのズボンがあればいいけど」

シルファは足早に服屋に向かう。

しばらく外から眺めていると、

「ねぇ、これなんかどうかしら?」

店のなかで広げて見せるのは少しブカブカで、

足首のところでぎゅっと絞っているズボンだ。

「そういうの可愛いかもな。あんまり履かなそうな感じはするけど」

「そうね、こういうのは履いたことないわね。

これにしようかしら」

店の奥に行くと、支払いを済ませて外に出てくる。

「これで森でも安心ね」

シルファはにっこりと笑う。

シルファの笑顔を見ると、自分の非力さが嫌になる。

セレネに圧倒され、ただ見ている事しか出来なかった自分の無力さが。

命に代えてもこの笑顔は守るまいと、リークは心に誓う。

「どうしたの?難しい顔して」

「いやなんでもないよ。ほら、あっちに食べ物が並んでるよ」

別の店には、ここらではない食べ物が並んでるようだ。

「あれとか美味しそうじゃない?なんだか不気味だけど」

「行ってみるか」

二人は店に着く、並んでる食べ物を見て僕が商人に訊ねる

「これは?なんのお肉なんですか?」

「あーこれね。五つしかないんだけど......。

南東にある砂漠の国で、獣殺しって呼ばれてる旅人がいるんだが。

竜の子を狩って売りに来たんだよ......」

「竜の子......。なんてことを」

リークは険しい表情になる。すると店主は

「あーいやいや、まぁ私もいい気はしないよ?

ただ、牙が欲しかったからつい......。

竜人がいれば私も連れて行かれる所だね」

店主は苦笑いする。

「竜人?とはなんですか?」

僕が聞くと、店主は笑いながら答える。

「ははは、おとぎ話のようなものですよ。

竜と人間の血を引く種族が居るとか居ないとか」

「なんだか強そうね」

シルファは苦笑する。

「こっちの軟らかそうなお肉二つくださるかしら」

シルファは別の肉を指差して注文する。

「グランバッファの串焼きね。はい、毎度あり」

なんの名前かわからないが、受けとると店を後にする。

「グランバッファってなんだろうな。

見たところ牛っぽいけど」

「そうね、なかなか美味しそうな匂いもするわ」

「あそこで食べようか」

近くにある木でできた長椅子に座り食べ始める。

「森を抜けるのが過酷だと言っていたけど、

もう殺しあいだけは勘弁してほしいな。あ、これなかなか旨い」

リークはボーッと上を見ながら肉を食べる。

「......そうね。動物はいるんじゃない?

可愛い動物とかいればいいけど」

シルファもボーッと上を見ながら肉を食べる。

二人とも食べ終わると、僕は辺りを見回す。

「んー?あそこにコテージみたいな建物があるけど、

あれ宿屋じゃないか?」

「どれ?」

少し離れた所に五棟ほど円錐形の木で造られた建物が並んでいる。

「ほんとね、行ってみましょ。

あれが宿屋だったら私、一つだけリークの言うこと聞いてあげるわ」

シルファは立ち上がるとにっこりしながら振り返る。

「そうだな。じゃあできれば顔は踏まないで、という願いにしようかな」

「あれはあなたが悪いんでしょ?

見られるのは構わないけど、口に出されると恥ずかしいで、しょ」

ごちっ。

シルファはリークの頭をちょこんと叩く。

「って、悪かったよ。じゃ様子見に行くかな」

立ち上がるとリークとシルファはコテージに向かって歩き出す。


コテージに近づいていくと、一人の女性が声をかけてくる。

「お泊まりですか?」

「ということは、宿泊施設なんですね。一部屋お願いできますか?」

リークが女性に返すと、

「かしこまりました。今日は誰も借りていないので相場が金貨1枚になります。」

た、たかい!

声に出しそうになるがこらえる。

「え、えーと......」

ゆっくりとシルファの方を向くと、シルファは上目遣いでお願いの表情をしている。

数秒間葛藤したものの、シルファのご機嫌が鬼モードになることを考えたら選択肢は一つしかない。

「大丈夫です。お願いします」

トホホと肩を落としていると、シルファが後ろから手を握ってくる。

「ありがと!」

シルファはにっこり笑うと、女性に案内されてコテージに向かう。

僕もあとに続いてついていきコテージに入る。

ドアを開け中に入ると、ソファーとテーブル、ベッドが並んでいる。

コテージ内には便所とお風呂も完備されている。

「なかなか豪華な......」

「ええ、ここなら安心して寝れるわ。鍵もついてるし」

シルファはご機嫌でソファーに座る。

「お風呂をご使用の際は外のボイラーで薪を焚いてくださいませ。

それではごゆっくり」

そういうと女性は外に出てドアを閉める。

「ねえリーク。私先にお風呂に入りたいから薪、よろしくね」

シルファはご機嫌でソファーに寝転がる。

「そうだな。僕も早く流したいしな」

薪を焚いて交代でお風呂を済ませる。

リークがお風呂を出た時には、シルファはもうベッドに横になっている。

薄いキャミソール一枚で寝ているシルファを見て、

「それ、風邪引くんじゃない?」

僕が困り顔で言うとシルファは目を閉じたまま答える。

「これしかないの。寒いからは・や・く・き・て」

怒り半分になりつつあるので、そそくさと布団に入り、掛け布団を被る。

また左腕を枕にして胸の辺りに顔をうずめてくると、

「あったまるー。おやすみなさい」

シルファはそういうとスースーと眠り始める。

「まったく......ひとの気も知らないで。まぁ仕方ないか......」


いい匂いといろんな感触で悶々とするなか、

リークはぼんやりと懐かしい感覚を感じた。















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