第六章 沈黙の森林 第一話 大図書館の書物

すたっ


ルーシュは地面に降り立つと、セレネに歩み寄る。

セレネは険しい顔でルーシュを睨みながら

「あら?私を目の前にしてその余裕はなにかしら?」

セレネから二メートルほど離れたところで止まる

「ふん、余裕じゃったらよかったんじゃがの。

貴様が現れたおかげで、書物を持ち出すはめになるとはの」

ルーシュはそういうと左手に持っている小さな本を開く。

「、、、なるほど。そこそこ相手をしてくれるようね。

こちらも少し気を引き締めましょうか」

セレネはそういうと右手に水の塊を造り上げる。

「我に従う水の精霊よ、その力を解き放つ。

ウンディーネ、セイレーン。

力を貸しなさい」

水の塊はみるみる大きくなり、やがて二つの物体を形作る。

ウンディーネは美しい女性の姿をしており見るものを惹き付ける。

セイレーンは美しい人間の顔立ちだが、脚が鳥のように鋭い鉤爪

背中には青白い大きな羽が生えている。

ルーシュはウンディーネを見つめると

「四大精霊ともあろうそなたがこのような事に力を使うとは。

格が落ちたのではないか?ウンディーネよ」

ウンディーネはゆっくりとルーシュを見返し

「そうね、なれど今は誓約もありますので」

二人の会話を聞いていたセイレーンも口を開く

「セイレーンの守護獣であります私もお忘れなきよう」

セレネはよりいっそう冷たい眼差しに変わり、

「さて、鍵を頂戴しますわよ。

さもなくば八つ裂きにしてでも、、、」

ルーシュはしばらく無言でウンディーネと目を合わせていたが

一度ゆっくりと目を閉じ、次にセレネを見る目は別人のようだ。

「よかろう。光栄に思うがよい、貴様が最初の相手じゃ」

「大図書館の司書が告ぐ。別れし知よ、再び我に還らん」

ルーシュがそういうと、手に持つ本がぱらぱらめくれていき、

最後までページがめくれるとルーシュの体が光に包まれる。


光が消えていき、ルーシュの姿が露になった瞬間、リークは絶句した。

ルーシュの体は一回り大きくなり、背もリークと同じくらいになっている。

顔立ちも少し大人っぽく見える。

栗色の美しい髪は、足下まで伸びている。

「いつぶりか、、、。セレネ、手加減すると死ぬかもしれんぞ?」

セレネは一瞬驚いた顔をしたが、さっきより険しい表情に戻ると、

「なめないでもらいたいわね。

六賢者が一人、水のセレネいざ魅せましょう」


二人の気迫に圧されて、ただ見ているしかできないリーク達

目の前で賢者と大図書館の魔女の戦いが始まった。


「うふふ。さぁ、沈みなさい」

セレネがルーシュに向かい掌を向けると、

ウンディーネとセイレーンは五メートルほど浮き上がり

両手を天に掲げる。

すると空がみるみる水で覆われていく。

「一撃で決めるわよ?」

セレネはクスクス笑いながら、水に溶けていく。


「甘く見られたものじゃな」

ルーシュは肩をすくめると右手を空に向け、人差し指で魔法陣を描いている。

「地獄の業火」

青い空がみるみる赤くなっていく。


「このウンディーネを相手に火攻めとは、、、」

ウンディーネがそう呟くと、ルーシュはウンディーネに鋭い目を向け、

「これをそういう次元のものと同一視してはならんぞ。

セレネ、逃げるなら今のうちじゃ」

ウンディーネは掲げた両手を横に広げると

「もう遅い。

四大精霊ウンディーネが命ずる。

出でよアトランティス」

空を覆う全ての水が、地上に向かって降下を始める。

「師匠!この辺り一帯が水没しますよ!」

リークは空から迫る水を見て初めて言葉を発した。

するとルーシュは赤い空を見つめたまま、

「皆、私の傍に」

リークとシルファはルーシュの隣に駆け寄ると息をのみ赤い空を見上げる。

アラムスがレーネを担ぎ駆け寄ると近くにしゃがみレーネを降ろす。


「よく見ておれ。この世の触れてはならん力の存在を」

そういうとルーシュは最大限の魔力を出し、自分とリーク達を包み込む。


ゴゴゴゴ


赤い空がだんだん赤黒くなりつつ、空から地響きのような音が聞こえてくる。

ウンディーネは赤い空を見上げると、静かに

「セレネ、今すぐ退きますよ。これはムスペルの軍勢です」

水の塊が現れ、ウンディーネの前で実体化する。

「ムスペル!?古の巨人族がここに!?」

セレネも赤黒くなりつつある空を凝視する。

セイレーンは翼を広げ羽ばたくと、

「焼き消える前に私は町に戻りましょう」

水の塊となり消えていった。

ウンディーネが空を凝視すると

「、、、スルトが来たわ。ムスペルの軍勢も連れているでしょうね」

赤黒い空から巨人が一人、灼熱の炎を身に纏い姿を現した。

「な、、、あれは、、、ラグナロク?!」

セレネの目は大きく見開き、空を見上げたまま硬直している。

「セレネ!!時間がありません、ここまでです」

ウンディーネはそういうと、セレネを水の塊に変え、自らも水に変わると

うっすらと消えていった。

アトランティスはゆっくりと降下を続ける、地面まで二十メートル程まで迫っている。

「師匠、、、」

「案ずるな、じきに終わる」

そういうとスルトを見ている。

「かのラグナロクに、ムスペルから巨人族を引き連れ神々と戦い勝利した、、、。

あれがスルトという巨人族じゃ」


ゴアァァァ

スルトの背後に続々と巨人達が横一線に現れると、業火を纏う剣を地上に向かって降り下ろす。

後ろの巨人達もそれに続く。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ


「世界の終末、、、来るぞ」


ドゴオオオオオオ


爆音と共に灼熱の業火がアトランティスに降り注ぐ。

ジューという音ともにアトランティスが蒸発する。

一瞬で全ての水が霧に変わると空を覆いつくす。

「師匠!巨人達はどこに?」

リークは霧の向こうを凝視する

「ははは、脅えることはないぞここにはおらぬからの」

ルーシュは笑いながらそういうと、リークに向かい続ける。

「スルトが実体としてここに現れた訳ではない、

じゃがあの業火はまさしくラグナロクの業火じゃ。

私の書物に眠る歴史を呼び起こしたのじゃ、一瞬じゃったがの」


「魔法、、、ではない特別な力、、、ですね」

ルーシュは、んーと少し考えると

「まぁそんな所じゃな」

他の皆は空を見たまま固まっている。

アラムスがボソッと声を漏らす。

「なんだよ、、、これは」

レーネの体からスッと力が抜けるとその場に気絶し崩れ落ちる。

「レーネ!」

シルファは駆け寄ると、抱き抱えリークを見る。

「大丈夫、気絶しているだけだわ」

「人間にはちと刺激が強すぎたのかもしれんのう」

ルーシュがそう呟くと、

「ともかく宿に戻るぞ、話はそれからじゃ」


リークは空を見上げる。

どの魔法使いも知る大図書館の司書ルーシュ。

初めてみたルーシュの姿、力を目の当たりにし

過去の何かを思い出そうとしていた。







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