十九話 楽園のブラム

 数週間後。月をまたいだ銀の日。


 ウィルガンドとエリンは、シルファに先導され共に回廊を進んでいた。先日、ラセニアが口にしたお茶会。日程を合わせ、その招待に応じる事になったのである。

 ウィルガンドはともかくエリンは勝手に貴賓室を出てはいけないのだが、見張りの衛兵にはシルファが一言ラセニアの命令だと伝えると、すごすごと道を開けていた。

 そのまま人目を忍ぶように三人は歩いていた。一体どこに向かっているのか例によって教えてはくれなかったが、どうも一階の城の奥へと突き進んでいる風。

 ラセニアが開くというお茶会は彼女の自室ではなく、どこか別の集会場所で行われるらしい。すでに将兵の詰め所や召使い達の住居がある区画は通り過ぎ、王族の私室などがある最奥部にまでやって来てしまっている。

 回廊も城らしい防備のための入り組んだ構造から、王宮のような優美な装飾がされた部屋が並ぶようになり、ひと気もなくなっていた。


「こちらです」


 曲がり角で立ち止まり、シルファが二人に言う。

 後を追っていくと一気に視界が開け、すがすがしい外の空気が流れ込んでくる。そこは回廊に面した庭園になっていた。城の中庭よりもささやかな規模だが、その分訪れる人を楽しませるための趣向がちりばめられている。

 瑞々しい芝生の絨毯。左右対称に形作られた青々とした生け垣のロード。咲き誇る花のアーチを光とともに風が吹き抜け、白い小鳥たちが歌うように彩りを添えている。


「わあ……すごいです」


 その牧歌的な情景に、エリンが感じ入ったようにため息を漏らす。


「気に入ってくれたみたいね」


 その庭園に、日よけの傘とテーブルを置き、ティーカップを手に静かに腰掛けるラセニアと、側に佇むシルファがいた。まるで一枚の名画を思わせる姿に、エリンは顔を赤らめ、はっと息を呑み胸に手を当てている。

 でもウィルガンドはずかずか近づいて行った。


「昼寝には良さそうな場所だな」

「よりによって感想がそれだけ? まあ、あなたにこの高貴な情緒を理解できるとは思っていなかったけれど」


 断りもせず用意されていた椅子へ腰掛けるウィルガンドに、台無しとばかりにラセニアが肩をすくめる。エリンも困ったように苦笑しつつ、とりあえずテーブルを囲んだ。


「まずはライオンハートへの昇格おめでとう」


 そう。ウィルガンドはこの短期間で、ホーククロウからライオンハートへランクを上げていたのである。驚くべきスピード昇格なのだが、これにもやむにやまれぬ理由があった。


「危ぶんではいたけれど、本当に現実になるとはね……」

「ホーククロウとは言っても、へっぴり腰ばかりか」

「……あのね。あなたみたいに神経の図太い人間には分からないでしょうけど。正常な人間だったら、戦車を素手で叩きつぶすような相手とは絶対に戦いたくないでしょうよ」


 怪我の癒えたウィルガンドは、ノルマが遅れた分を取り戻すべく手当たり次第にホーククロウへ挑戦を叩きつけていたのだが、なんとその全員が不戦敗として現れる事はなかったのである。

 極めつけがファンハイトの罠による公開処刑。あれを乗り越えたのをきっかけに、闘技場内でも明らかに避けられるようになり、気づけばノルマはあっさりクリアし、ランクの上昇が確定していたのである。


「一戦目はエキシビションマッチだから無効試合。二戦目は格上撃破で一段飛ばしでランクアップ。三戦目は八百長で無効試合。その後は全部不戦勝。……あなた問題起こしすぎよ。まともな試合の方が少ないじゃない。気が休まる暇もないわ」


 指折り数えてため息をつくラセニア。コロシアム史上前代未聞の異常事態であり運営側も弱り果てているようだが、ウィルガンドはどこ吹く風である。

 目に見えて変わった事といえばより上質な部屋へ移り、数人の召使いもついていよいよ貴族そのものといった暮らしだが、こっちはこっちで息が詰まっているくらいだ。


「別にいいだろ。いちいち戦う面倒が省ける」

「ええ、好都合なのは確かだけれどね……次の相手はライオンハートだから、一筋縄ではいかないと思うわ」


 ライオンハートになれば、対戦相手も同じライオンハート。どんな相手かはまだ聞いていないが、これを倒せばいよいよ御前試合なのだ。

 話している間に、シルファが人数分の紅茶を注いでいる。受け渡されたカップを口元へ近づけ、エリンは香りを吸い込んだ。


「ああ、いい香りです……繊細で親しみやすく、どこか懐かしさを覚えるような……」


 そして一口、舐めるように口にすると、感動したみたいに目を輝かせる。


「この心を落ち着けるすっきりとした風味と、ほのかに甘いけれど後に引かない清涼な味わい……とても美味しいです、シルファさん」

「お褒めいただき光栄です。エリン様とウィルガンド様のお好みは存じ上げなかったので、あまり癖のないニルギリをミルクでブレンド致しました。お口に合われて幸いです」

「でも、見れば見るほど素晴らしい庭園ですね……ファランパレスにも、ここまで美しさと安らぎを覚える場所はありませんでした」

「楽しんでもらえて嬉しいわ。事情があってあまり人は招く事のできない場所だから……」


 と、ラセニアが振り返り、背後の生け垣へ声をかける。


「さあ、そろそろ出て来て挨拶しなさい。分かったでしょう、怖い人達じゃないわ」


 え、とエリンがきょとんとしてその視線を追う。すると生け垣がだしぬけにがさがさ動き――ひょっこりと、一人の少年が顔を出したのである。

 きっちりと身なりの整った、十からそこらくらいの幼い少年。彼は目を丸くするエリンと、動じないウィルガンドを交互に見つめ、緊張したようにぺこりと頭を下げる。


「……こ、こんにちは。ブラムといいます」

「ブラム……くんですか?」

「は、はい。えっと……帝国の第二皇太子、です……」


 二人は驚いた。第二皇太子。つまり、ラセニアやファンハイトの弟にあたる人物である。 しかしそれが本当なら、どうしてこれまで一度たりとも見かけなかったのだろう。


「……この庭園に人を招けなかったってのは、こいつのせいなのか?」

「察しがいいわね。でもブラムのせいじゃない……周りの環境が悪いのよ」


 空になったカップへシルファがポットから紅茶を注ぎながら、引き継ぐように口を開く。


「ブラム様は皇帝陛下の嫡子であらせられます。ゆえにファンハイト様からは強い敵愾心てきがいしんを抱かれ、排斥はいせきしようとなされている……その御身に危害を加えてでも」

「そんな……家族同士で、命を奪い合うような事が……?」

「そうね。ファンハイトは血のつながった一族を手にかけてでも、王位継承権を独占しようとしている。私も狙われているし、まだ幼いブラムなんて、隙があればたちまち殺されてしまうわ」


 だから、とラセニアはブラムを安心させるように笑いかけて。


「私はブラムを守らなきゃいけない――姉として、絶対にね。だからこの庭園に隠して、ファンハイトの手が及ばないようにしているの。ここなら私の配下が警備しているし、シルファも庭の手入れがてら様子を見に来るから安全よ」

「そこまで大事な奴なら、どうしてアンガルス城まで連れて来たんだ」

「……皇帝の意向には誰も逆らえない。それにブラムを帝都へ一人残していくのは危険だから、連れて来たのよ」


 そういう事か。加えて、皇族が王国へ直接足を踏み入れるのは兵の意気を激励するという大きな意義がある。連れ出す理由はあれど、残していく意味は何もないのだ。


「でも、ブラムにはいつも窮屈な思いをさせてしまっている……たまには羽を伸ばさせてあげたいわ。ねえ、エリン。良かったらこの子と遊んであげてくれない?」

「は、はいっ。私で良かったら……」


 と、エリンがおずおずとブラムへ歩み寄って行く。するとブラムはもう緊張が解けたらしく、エリンの手を引き、はしゃぎながら生け垣の間を走り回り始めた。


「ふふ……楽しそうで良かったわ。遊び盛りだもの、ああして誰かとたわむれていたいわよね」

「城から出す事もできないし、遊び相手もろくにいない。……監獄だな」


 指摘すると、エリンを振り回して遊ぶブラムを微笑ましく眺めていた皇女の表情がかげる。


「そうね。――ここはブラムのためだけの秘密の楽園にして、監獄よ。後どれだけ、ここにこうして閉じ込めていなくちゃならないのかしら」

「……本当の用件はなんだ。ただ親睦を深めるためだけに俺達を呼んだわけじゃないんだろう。……ブラムに関係する事だな?」

「ご明察。でも、もちろん後でお姫様には説明するつもり。先にあなたに話を通しておくのが筋だものね。……時は来たわ。私の真意を伝える時が」


 真意。ウィルガンドと同じくひた隠しにされていた、ラセニアがこちらを支援する理由だろう。ついにそれが明かされるのだ。


「単刀直入に言わせてもらうわね。……ウィルガンド、私の部下になりなさい」

「……面白い事を言うな。冗談でもなさそうだが」

「もちろん、本気よ。あなたにはブラムを、すぐ側で守って欲しいの。だからこれまで援助して来た……チャンピオンになり、その願いで私の配下になってもらうためにね」

「まだ、話が見えないな。なぜ俺にブラムの護衛を頼む? 忘れてはいないだろうが俺は王国の騎士だし、守るだけならあんたが自分でやった方がいい――これまでのように」

「ブラムが危険な理由はさっき説明した通りよ。あなたが王国の騎士だっていうのも最初から了解してる。身分の問題に関しては皇帝への願いでどうとでもなるわ。そして、私はブラムの側にいるだけじゃなく、もっと根本的なところで守ってあげなければならない」


 一つずつ答えつつ、ラセニアは扇子を指先で弄びながら厳しい表情をする。


「……ウィルガンド。あなたはこの戦争についてどう思っている?」

「ろくでもないものだと思ってる」

「そうね……私も同意見よ。古くからの因縁や軋轢あつれき があるにせよ、父上のやり方は度が過ぎているわ。大陸を支配したとしても、いつまでたっても禍根は残る。戦いは永遠になくならない――誰かが止めるまでは、ね」


 その何かを強く決心したような口ぶりに、もしやとウィルガンドは身を乗り出した。


「まさか……皇帝に逆らう気か?」

「結果的にはそうなるかもしれない。父上に訴えて、王国から兵を引いてもらう――聞き入れられなければ、武力にすがってでも、クーデターを起こしてでも、意見を通すわ」

「……だが皇帝はお前達にとっては絶対の存在なんだろうに」

「戦争が続く限り命の危機にさらされるブラムを守るには、それしかないの。ファンハイトはこの遠征に乗じて私達を皆殺しにするつもりだから」


 私は家族を守りたい、とラセニアはひどく思い詰めたように呟く。

 ブラムを守る。それこそが行動原理であればここまでの行動に納得もいった。きっと嘘は言っていない。


「思った以上に途方もない目的だが……確かに言えるはずがないな、組んだばかりの俺には。だが今は晴れてライオンハート、やっとお眼鏡にかなったってわけだ」

「それくらい、このアンガルスには混沌とした思惑が渦巻いてる――畢竟ひっきょう 、何のしがらみもなく一番信用できるのが敵国の人間とは皮肉な話だけれどね」


 ウィルガンドを引き抜き、ブラムの守りにつかせ、その間に自分は皇帝を説得、あるいは武力による交渉を経て、王国とも停戦協定を結んだ上で戦争を終結させる。

 それがどれだけ荒唐無稽で苦難に満ちたものか、分からない者はいないはずだ。


「気になるんだが、なぜシルファに守らせない。俺よりはよほど信用できるだろうに」

「シルファは……もっと欠かせない、別の役割があるわ。だからとても手が足りないの」


 何か、うまくはぐらかされているような。


「まあいい……ならエリンはどうなる。必要なのが俺だけなら、王女の方はお払い箱か?」

「そんなわけはないわ。王国との融和にはエリンが必要不可欠ですもの。もとより、あなたに言われなくても守るよう手を尽くしていたし、あなたが私についてくれるならもっと護衛が楽になるわ」


 どう、とラセニアが尋ねて来る。

 ウィルガンドはゆっくりと息を吐き、頭の中で整理する。

 前提として、ウィルガンドはブラムの事などどうでもいい。

 あくまで達成するべきは帝国への復讐。そしてラセニアは王女を庇護し、皇帝に反旗を翻すという。本意の知れない相手だったが、明かされた答えは渡りに船の好条件だろう。

 ウィルガンドが帝国の皇女直属騎士として返り咲ければ、必然的に帝国軍の上層へ組み込まれる事になる。

 それはつまり、皇帝へ近づくチャンスの飛躍的な増大につながるのだ。この肩書きさえあれば、皇帝の暗殺をも思いのまま。

 皇帝の死は帝国の崩壊そのものと言っていい。ウィルガンドの内側で、復讐のためにコロシアムを利用するというおぼろげだった計画が実像を伴い具体的に形作られていく。

 だが、とその一方で不安もよぎる。皇帝にはゼディンがいる。ウィルガンドが願いをかなえるという事はゼディンに勝たなくてはならないわけだが、そのビジョンが見えない。

 そもそも、勇ましく皇帝への反攻を口にしているラセニアだが、本当にそんな真似が可能なのだろうか。今のところラセニアの策略には具体性がなく、ウィルガンドを手駒に加えた後の展望は割と出たとこ勝負な感じがある。


「――大丈夫?」


 不意に声をかけられ、弾かれたように顔を上げた。いつの間にかまばたきもせずテーブルを見つめていたようで軽く目元がひりひりするが、何事もなかったように声のした隣へ視線をやって。


「すごく怖い顔してるよ……大丈夫?」


 ブラムが立っていた。心配げに眉をひそめ、じっとこちらを見つめている。


「いや……平気だ」

「ほんと……?」

「ああ」


 じゃあさ、とブラムはポケットから何か小さなものを取りだし。


「飴、食べる?」


 小さな紙袋に包まれたそれは、色とりどりの飴だった。どれも一口サイズで、ちょうど喉が渇いていたウィルガンドはなんとなくその一つを受け取り、口へ放り込み噛み砕く。


「甘いな」

「そう? ……えへへ」


 ――ちょっぴりだけ嬉しそうに笑うブラムと、かつて生きて、こんな風に笑っていた弟の面影が重なり。

 強烈な頭痛と嘔吐感とともにぐらりと視界が反転しそうになった。


「ブラム、今は大事な話の途中だから、向こうで遊んでらっしゃい」

「ごめんなさいラセニアさん、ブラムくん、走るのが速くて……っ」

「おねーちゃんが遅すぎるんだよう」

「それでは、ひとまず休んでいかれますか?」


 皆が和やかに談笑し始めている内にウィルガンドは脂汗を拭い、意識して呼吸を整えた。


「あんたの話だが……しばらく考えさせてくれ」

「ええ……実質王国を離反するわけだもの、すぐに答えが出せるとは思っていないから」


 そうじゃない。そういう事ではないのだ。ただ――全てを明かした彼女の信念には敬意を表したい。だから。


「聞いてくれないか……ちょっとした、昔の話だ」


 ブラムが離れた後、エリンにも事情を説明し、ウィルガンドは三人へ自分の過去を語った。その至上命題も、余さず全て。

 エリンは気遣わしげにウィルガンドを見つめ、ラセニアは神妙に、シルファはいつもの無表情で、それを聞き終えた。


「そう……得心がいったわ。あなたの苛烈な闘志と、時折見せる妄執めいた情念の源が」

「ああ。だからあんたと組んだ場合、ブラムを護衛しながら、同時に皇帝を殺す機会を窺う事にもなる。……そういう話だ」


 それは、とラセニアが眉根を寄せて口ごもる。


「戦争を終わらせる……その一助になる事で、復讐も遂げられるとは考えられない?」

「無理だな。必要なら大陸を火の海に変えたっていい。だがあんたと――ブラムに免じて、皇帝の首一つで我慢してやろうっていうんだ。むしろ最大限の譲歩だろうが」

「……復讐さえ果たされれば後は野となれ山となれ……危険思想もここに極まったわね」


 その怒りは何にも勝り、皇帝抹殺こそ本懐。そんな俺を受け入れるのか、とウィルガンドは試すようにラセニアを睨む。

 針のむしろにも等しい沈黙が落ちて、やがて皇女は。


「……いいわ。その条件、受けようじゃない」

「ラセニア様」


 さすがにシルファがラセニアを止めにかかるが、それを扇子で鋭く制し。


「分かっているわ。私の見込みが甘かった。目的を阻む最大の脅威はゼディンだけと思っていた……でも違ったのよ。この男こそが一番の不安要素。とんだ伏兵よ」

「本人を前に言いたい放題だな」

「でもね、こうも思うの。この男ほどの狂気でなければ、父の狂気は止められないのかも知れない……毒を以て毒を制す。そうして初めて、新しい未来への道が開けるのじゃないか、って」

「ですが」

「この男が偽らざる本心を語ったのなら、私もそれに応えてみせる。――それにね、ウィルガンド。私からも条件を提示するわ」

「……聞こうか」

「私が皇帝を説得してみせたら、父の命を奪うのは諦めて。私は父も、それこそファンハイトも含めて、できれば家族の誰も死なせたくないし、手にかけたくない。ゼディンとの試合を、あなたが誰かを殺す最後にして欲しい」


 濁りのない、ラセニアの真摯な眼差し。皇帝を見逃す選択。合理的な観点からも、人道的にもラセニアの理想が正しいのだろう。

 なのに。


「何を……言ってる」


 わなわなと唇が震え、言葉を発せず押し黙る。かといって憤激というほど感情が高ぶるでもなく、明確な拒絶もできなかった。そこに、エリンが口を開く。


「……ウィルガンド。あなたはもう、憎悪だけに蝕まれた前のあなたではない、と私は思います」


 ウィルガンドは拳を握り、どこかこらえるような目線をエリンへ送る。


「そうでなければ、きっと迷わずラセニアさんの申し出を断っていたし……私達に、過去を話す事もなかったはずです」

「……そうだろうか」


 それはあるわね、とラセニアも同調した。


「出会った頃なんてとげとげしい雰囲気をのべつまくなしに放っていたけれど、それも若干薄らいでいるわ。ねえ、シルファ?」

「はい。お供をさせていただいていた間も、抜き身の剣を振り回しながら練り歩いているような感じでしたが、今は一応剣を鞘に収めた程度と存じます」


 褒められているのかけなされているのか、とウィルガンドはため息混じりに苦笑した。結局返答はまた後日という事になり、エリンとともに庭園を出た。

 回廊の途中、王女はしきりにブラムと遊んだ出来事を話している。長い期間貴賓室に閉じ込められて、やはりかなりのストレスが溜まっていたのだろう。

 このお茶会でわずかでも心安らぐ時間ができて良かった、とウィルガンドは思い、そんな風にエリンを思いやる心理が自然に出る自身へ戸惑いを覚える。

 彼女達の言っていた通り、何か自分の中で変化が起きているのだろうか。


「ウィルガンド?」


 思考に意識が割かれすぎて、斜め下から顔を覗き込まれているのに気づくのに時間がかかった。


「もしかして、ラセニアさんのお話について考えているんですか?」

「……まあな」


 やっぱり、とエリンは薄く笑む。


「突拍子もないお話でしたけど……ラセニアさんは、お父様を失ったばかりで気落ちする私を慰めて下さったんです。その後も色々、相談に乗ってくれました。だから、ご家族を思う気持ちにもきっと、嘘はないと思います」

「そうだな……」

「私は、ラセニアさんの力になってあげたいです。そして本当に戦争を終わらせられたなら……今度はちゃんと、お友達としてお話をしたり、お茶会をしたり……ブラムくんとも、また遊ぶのもいいですね。もちろん、ウィルガンドも一緒に」


 こちらの苦悩を見透かしたみたいに、エリンがいたわる微笑みを見せるのが辛かった。

 だからこの王女は苦手だ。どうしていいのか、分からなくなるくらい。


「エリンは――戦いが終わった後の世界を、もっと平和で豊かなものにするために――そうやって笑っていてくれ。そこまでの血路は、俺が開く」

「はい。……ウィルガンドに委ねます」

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